12 Everlasting②
モールはクリスマス目前の活気に満ち満ちて、なによりずっと暖かかった。冬場の猛烈な寒さにおさらばして、ようやくヒトの活動可能領域に足を踏み入れたといえる。入ってすぐのATM付近でとにかく待つことにして、わたしは光海さんに「着きました」とラインする。既読がつく。こっちももうすぐ! とのこと。
どこで待っているかだけ伝えて、はたして待つと、数分後に現れた。しなびた緑色のコートを羽織る光海さんと、彼女に手を引かれている髪の長い女の子――ひよりちゃんが、寒い外界から逃げ込むようにして自動ドアを抜けてきた。
で、ひよりちゃんはそのまま駆けて、結良の腕のなかに飛び込んでいく。感動の再会である。やっぱり仲がいい。
「おはよう、いつきちゃん」と、ワンテンポ遅れて光海さん。「ごめんね、待たせちゃって」
「さっき来たとこですから。外、寒かったですよね」
「うん。明日がこわいな」
「積もりそうですもんね」
「電車動くといいけど……と、もう行ってる」
見ると、すでに離れたところから結良とひよりちゃんが手を振っている。世間話もそこそこに、ふたりのあとを追うことにした。あの子らはすぐエスカレーターに乗るから、とりあえずその数段下で見守りつつ、光海さんは、
「今日は誘ってくれてありがとうね」と微笑む。「ひよりも喜んでて。ふたりに会うの、ひさしぶりだから」
「わたしもですよ。結良だって、昨日からそわそわしてたし……あ、いちおう発案者はあの子ですから」
いもうとの背中を指さすと、タイミングよくこちらを振りかえるところだった。結良がたのしそうに手を振って、それにつられたひよりちゃんも手を振ってくれる。まえ見ないと危ないよ、なんていいながら、光海さんは口元を綻ばせる。
二階に着き、そのまま三階行きのエスカレーターへ。
「そういえば、いまどこに向かってるの?」
「どこ行こっか、ひより」と、結良。
「どこに行こうね?」と、ひよりちゃん。
「決まってないんだ……」
光海さんは苦笑して、
「いつきちゃんは今日行きたいところとかあるの」
わたしは口元に手をやりながら考える。とくに思い浮かばない。
「お昼にはちょっと早いですよね」
「ふふ、どうかな。ふたりはおなか空いてる?」
「なに食べる、ひより」と、結良。
「なに食べようね?」と、ひよりちゃん。
「空いてるそうです」
「空いてるそうですか」
三階にレストラン街があるから、そこで早めの昼食を済ませることにした。十一時を過ぎたばかりで、飲食店はどこもまだフルスロットルとはいかない。どうせすぐに通されるからゆっくり見て回って、ひよりちゃんの意向を尊重し、ここはピザとパスタのうまそうな店に決まる。
思ったようにすぐ通されて、四人掛けのボックス席をあてがわれた。わたしは光海さんと隣どうしで、真向いにはちょこんと結良が座っている。メニューを開き、各々ですきなパスタを選んでいく。わたしはアラビアータ。光海さんはジェノベーゼ。結良とひよりちゃんは、冬季限定のクリームソースパスタと決まる。で、ピザはマルゲリータとビスマルクを頼んでシェアすることになった。
注文をとってくれたウェイトレスさんが早足で去ると、昼食後は結局どこに行くのかという話にまずなる。めいめいに行きたい場所はあるようで、結良はゲームを買いたいし、光海さんは百均に用があるらしいし、ひよりちゃんはおしゃまさんなので服が見たいという。ともあれショッピングと銘打っての今日この日であるからして、やはりひととおりの店舗を見て回るほかあるまい――というところに落ち着く。わたしは帰りに、本屋に寄れたらいい。
それにしても、この四人だけで買い物に繰り出すというのはなかなか珍しいかたちである。思い返すと、わたしと光海さんがふたりで――という機会は近くにいることが多かったのでままあった。わたしの大学と彼女の職場が目と鼻の先だから、時間をつくれば会いやすいし。これにひよりちゃんが加わることもまれにあって、お昼を一緒に食べたことも一度ある。
ただ、さらに結良を加えて四人、というのは今回が初めてだろうか。結良まで揃うとなると、たいていここに父も入って頭数はちゃっかり五人になるのだが、今日は都合がつかなかったので不参加。女子オンリーの集いになった。
たまにはこういう会もいい。どころか四人のほうが楽しいまである。いや、父が嫌いとかそういう話ではなく、あの人がいないほうが盛り上がる話もあるというもの。
ふつうに考えて、ひとりだけ五十を過ぎたおじさんが輪に入っていると、話しづらいことがらはどうしても出てくる。自明である。でも父が抜ければ、つまりいまこの四人のうちで最年長は光海さん、三十歳。平均年齢がぐっと下がる。しかも同性。ずいぶんやりやすい。
もちろん、内実としてはもっとも下が小学生なのでそうこみいった話題は出ない。あくまでちょっとばかし気楽にいられるというだけ。それで充分楽しいといえば、そう。
たとえば、恋の話。身構えるようなものではない、まさかわたしがつらつらと先輩とのいきさつを語るわけでもあるまいし……こういう場だと、だいたいいちばん年下のかわいい子が犠牲になる。つまり、「ひよりのクラスにはさ」と結良。
「かっこいい男の子とかいるの?」
「えー、いないよ!」
「またまたぁ」と、光海さんが楽しそうに、「ユウトくん……だっけ。いってたじゃん、このまえ」
「シーっ、おかあさん!」
「ふふ、なにいってたんですか? 気になるなぁ」
「気になるねぇ」
「えっと、たしかねぇ」
「もう、だめ、セイシュクに!」
思わぬ口調にもれなく笑ってしまう。反面、ひよりちゃんは牙を剥く勢いで威嚇。小学四年生が出しうるかぎりの全力で「ノー」を意思表示している。
わかったわかった、わかったからと光海さんは苦笑しつつ、でもユウトくんというキーワードが出た時点で、もうひよりちゃんは逃れられない。結良とわたしの波状攻撃。ユウトくんってどんな子? 髪型は? 誕生日とか訊いた? 仲いいの? 人気者だったり、もしかしてライバル多かったりする?……
が、しかし、こうして追い詰められつつある者が、一縷の望みにかけて攻勢に転じようとするのは世の常である。わたしたちの質問攻めに「知らないもん」とだんまりを決めていたひよりちゃん、いよいよ「だったら!」なんて歯向かって、
「結良おねえちゃんは、すきなひととかいるの?」
「え、わたし?」
おぉ、と心のなかで叫んだ。それは正直、姉としてもかなり気になるところ。すぐさま標的を切り替えて、ひよりちゃんに加勢することにした。ひよりちゃんが口を割りそうにないと思ったからでもある。彼女はまるで高度な訓練を受けたスパイのようだった……
「で、結良。そこのところはどうなの?」
「おねえちゃんまで……」結良は肩をすくめて、「あると思う、わたしにそう色っぽい話が。もし仮にネタがあったとしたら、明日はヤリイカが降るけど」
「ファフロツキーズ」光海さんが肩を揺らして、「ちょっと見てみたいかも……」
「わたしも見たい。ネタ出して、恋バナの」
「えぇー」
へんなところで喰いつかれたなぁ。結良は困ったように人差し指で頬をかく。と、そこでちょうどパスタが運ばれてきた。
「ジェノベーゼになります」
「あ、わたしです」
「運のいいやつめ」
「運も実力のうちってね」
「おかあさん、フォークとスプーン」
「ありがとう」
「こちらはアラビアータです」
「いつきちゃんだよね」
「あぁ、すみません、ありがとうございます」
「はい、フォークとスプーン」
「ふふ、ありがと、ひよりちゃん」
クリームパスタ二皿もすぐに運ばれてきた。ピザはもうすこし時間がいるらしい。イタリア発祥の平たいパイについてはおとなしく待っていることもないので、先に手を合わせる。
「アラビアータってどんなの」
「一口いる?」
「おいしいの」
「うーん」
色の濃いトマトソースで真っ赤になっているパスタを巻き取り、口に放り込んでみる。酸味のある香りと唐辛子のぴりつく感覚がほどよく調和して、うまい。
「おいしいよ」
「よし」
結良が一口ぶんよそっていく。それを目の当たりにしたひよりちゃんが、
「わたしも食べてみたい!」
「ひより、辛いの苦手でしょ」
「え、これ辛いの」と、既に口に運んでしまった結良。一瞬で顔をしわくちゃにする。
「そこまでじゃなくない?」
「わたしやめとこっかな……」
「結良のも一口ちょうだい」
「いーよ……」
詳細な名称は忘れたが、季節限定の実際はカニとキノコのクリームソースパスタ。もうすこし色気のある品名だったとは思う。結良がそうしたようにわたしも一口ぶんよそってみる。べつに取るつもりはなかったものの、カニとキノコがパスタについてきた。我ながら大人げない。
実のところ――唐辛子が悪さをして、あまり味はわからなかった。いくらアラビアータがたいした辛さでないといっても、多少なりとも辛いという味覚、というか痛覚は舌にバグを起こす。なんとなくカニの香りがするなというところで落ち着いた。
で、すこししてピザが二枚きた。うまかった。




