うさぎとかみさま
_夜の空には2つの月が浮かんでいる。赤い月と青い月。
あの月の片方、青い月は、わたしたちが住む土地のおおがみさまが作ったんだって父さまと母さまが言ってた。わたしの村のかみさまは、おおがみさまから生まれた子供のひとりなんだって。
わたしはまだ小さなうさぎの妖。名前はれいか。「麗」しい「火」って書いて、麗火。わたしの父さまも母さまも、とっても強い火のちからが使えるの。きっとわたしにもそうなってほしかったんだろうなぁ。父さまたちと違って、わたしは火のちからがほとんどないんだ。ちからは「妖力」って呼ばれてて、それが妖の価値をきめると言っても過言じゃない。
わたしたちは、「東の地」って言われてる場所に住んでいる。わたしはここしか知らないけれど、西にずーっとずーっと歩けばいろんな街や国があるんだって、ちょっと前にここに来たたびびとさんが教えてくれた。
そして、わたしが住むのは「東の地」の真ん中にある小さな村。そこにはわたしたち「妖」と、人間と、そしてかみさまが住んでいる。
かみさま。村の人たちよりもきれいでごうかな服を着て、長い銀色の髪を束ねた美しいひと。髪と同じ色の狐耳と尻尾が生えていて、多分男。ふだんはお面で顔を隠してるけど、この前たまたま素顔を見た。そのときから、わたしはその顔を思い出すだけでなんだかどきどきする。よくわかんないけど、顔が熱くなる。そんな子が、人間、妖関係なしに村に何人もいるんだから、かみさまはすごい。
かみさまは毎日村の人の話を聞いて、問題を解決したり、なやみを聞いたりしている。かみさまはとっってもやさしくて、わたしみたいなちっぽけでなんにもできない子とも一緒におはなししてくれる。それだけじゃない。水不足の年は雨を降らせ、わたしたちをたすけてくれた。
かみさまは人間じゃない。多分妖だと思う。妖力は信じられないぐらい強いけど、頭にある狐耳とか尻尾とか見ると、きっと妖なんだろうなぁって思う。わたしにもうさぎの耳と尻尾がついてるから。でも、わたしなんかと一緒にするのはなんだか申し訳ないな。
かみさまの名前はげっか。「月」の「華」って書いて月華。とってもきれいな名前。かみさまはきれいな方だから、ぴったりの名前だ。わたしと「か」の音が一緒で、それがちょっと嬉しい。それに、わたしとかみさまは仲良しだと思う。よくおはなしするし、時々お菓子くれるし。村の女の子たちからは「なんであんたが」って目で見られたり、ほんとに言われたりするのは悲しいけど・・・
でも、それはわたしたちのかみさま、月華さまがほんとうに慕われているってこと。悲しむことじゃない。だってわたしはちっぽけで、しょうもなくて、親の期待に応えることもできないだめな子。悪口言われたって仕方がないの。わたしができることなんて、ちょっとだけ癒やしのちからがある歌を歌えるぐらい。ほんとうに役立たずで、なんにもできなくて、それで、それで_
「ええやん別に。癒やしの妖力使えるんやろ?」
はっとして顔を上げた。目の前には呆れたような顔をした月華さま。役立たずの自分がいやで、相談に乗ってもらってたの。ここは月華さまの祠。日中はだいたいここにいて、いろんな人の話を聞いてくれている。
愛用の扇でわたしの顔をぱたぱた扇ぎながら月華さまは続ける。
「俺は麗火ちゃんの歌、好きやで?それに、他にも麗火ちゃんの歌のこと好きになってくれるひとが絶対おるとおもうわぁ」
お面をつけてないきれいな顔が、ふわっと笑った。ほんとうにお花みたい。きれいな花が、満開の花びらを開いたみたいで、めったに素顔を見せない月華さまのこんな顔を見れるだけでこころがふわふわする。それに歌のこと好きって_
_好き!?月華さまが、わたしの歌が好き・・・どうしよう。嬉しい。こころだけ空まで飛んでいきそう。今なら多分飛べる。
いや違う。そんなはなしをしに来たんじゃなくて。
「でも。父さまも母さまも、わたしに火のちからを期待してたので・・・胸を張って歌のこと言えないんです。歌えないんです」
目にじわっと涙があふれる。なんでわたしはこんななんだろう。両親みたいに火のちからが使えないんだろう。もし火の妖力がわたしにあれば、堂々と歌えるのかな。
しばらくわたしも月華さまもだまった。鳥が鳴く声だけが聞こえる。瑠璃にも似た色のきれいな鳥がこっちに飛んできて、月華さまの肩に止まった。動物にも好かれるなんてすごいなぁってぼんやり思ってると、月華さまがおもむろに口を開いた。
「なぁ麗火ちゃん。麗火ちゃんは歌いたいんやな?でも蒼炎が納得しとらんのやろ?」
蒼炎はわたしの父さまの名前だ。その言葉にうなずくと、目からぽろぽろ涙がこぼれた。父さまは村でも強い戦士で、わたしが自分のように戦い、村を守ることを望んでいる。
「なら蒼炎を納得させるぐらい上手くなったらええやん。あいつが火を使うんと同じぐらい」
「でも」
「できんことやって苦しむより、楽しくできる得意なことやった方がええと思わん?」
琥珀色の宝石みたいな目がキュッと弧を描くように細められる。月華さまの言うことはもっともなのかもしれないし、わたしだってそうしたいけど。
「それは、そうですけど・・・でも歌を歌わせてくれる場所もひとも・・・」
「そう?ところで、いつも宴会の席で歌っとるお姉ちゃんがおるやん?」
村にいる人間のおねえさん。お祭りとかのときにいつも舞台で歌ってる、とっても歌が上手なわたしのあこがれの人のひとり。でも、おねえさんがどうしたんだろう?
わたしが首を傾げていると、月華さまが口のはしをつり上げ、目をさらに細めて笑った。何を言いたいのかはわかんないけど、とにかく次の言葉を待つ。
「おめでたいことになぁ、彼の子供を身籠ったそうや。で、歌姫辞めるって言っとるんやけど、すると歌い手がおらんくなるやろ?で、村の歌姫の席が空くんやけど、興味_」
月華さまが言い終わる前に、わたしは勢いよく立ち上がって目の前の白くて細い手を握っていた。
「あります!やりたいです!」
つい、思いっきり叫んでしまった。でも、やらせてくれるって言うんだったら。わたしだって自分がやりたいって思ったことを堂々とやってみたい!
「食い気味やなぁ・・・ま、そう言ってくれればこっちも助かるわ。あと、もう一個お願いが」
わたしの手をそっと解きながら、月華さまの目がわたしの顔をそっと覗き込む。手を握ったことが今になって恥ずかしくなってきた。顔が熱くなる。
「はい!なんでしょう!」
その恥ずかしさを隠すように、また大きな声で答えた。そんなわたしを見て楽しそうに笑いながら、月華さまの三日月型の口が開く。
「俺の神様業、手伝ってくれん?」
「・・・はい?」
月華さまの肩の上で、瑠璃色の美しい鳥がぴよぴよ鳴いた。
_これは、わたしが父さまを見返せるぐらいの歌姫を目指しつつ、東の地に迫る驚異を月華さまその他ほかの村のかみさまと一緒にがんばって対処し、平和な地を目指していく物語、である!
初投稿、第一話です。これからも読んでいただけると嬉しいです。