第1章第4話・粘り憑く『初陣』
弾童勝守の死は医者と血縁者、一部の社員、諷上愛依、警察に確認された。
弾童勝守の蘇生も、同じ人物たちが確認した。
この事実から、『謎の女による襲撃から、蘇生まで』を弾童カンパニーの芝居だと考えた警察は、連日勝守を強制的に取り調べた。
勝守は正直に供述しても信じてもらえないと考え、芝居であったことを否定するしか出来なかった。
業を煮やした警察は裁判所に令状を申請し、闇属性魔法で記憶や心を覗いたり、水属性魔法で水面に真相を映したり嘘発見水を使ったりした。
結果。容疑は晴れた。
警察官たちの心は晴れなかった。
勝守から得た情報が、理解できなかったわけではない。
勝守の視覚情報から、謎の女の正体が判明したのだが、その謎の女は『第3勢力の対抗手段として、日本国に必要な女性』だったのである。
つまり、『政府が絶対に守ると思われる女性』だったのである。
日本国政府はこの報告を受けたのだが、誰もが困惑した。
特に、内閣総理大臣――幽退甚五郎は、人目も憚らずに頭を抱えた。
何故ならば。
前外相の『オリンピック村事件』の無謀な撤退拒否。
2代前の外相の外遊費問題を当時野党の国交革新党が批判する過程で、3代前の国交革新党政権下の外相にも外遊費問題が確認された事。
前述した話だが、『財閥会合襲撃事件』の実行犯が宇宙人ではなく、野党派の民間警備会社であること。その黒幕が、前内閣総理大臣にして前オリンピック委員会会長であることが、日本弁護士協議会の告発で白日の下に晒された事。
野党の3つの不祥事による自滅によって、政権与党である民主保守党への国民からの支持が盤石のものとなったからである。
つまり、自分たちが1つでも不祥事を起こしてしまえば、次の国政院選挙の結果が全く見えなくなってくるのである。
側近の1人はこう思った。
一寸先がこんな闇なら、総理なんかになりたくない。と。
1907年に発足した国際連盟の動きは早かった。
オリンピック村を襲撃した正体不明の第3勢力の敵は、勝守の記憶を読み取った日本政府の報告を受けて名前を決定した。粘性を意味する『viscosity』と、怪物を意味する『monster』から『viscoster』という単語を造りあげた。日本・中国語名は『粘魔』である。
名前の決定と同時に、非戦闘員の地球人を守る為に『国際粘魔対策宣言』を採択。加盟各国に、粘魔への対策を盛り込んだ法律の制定を催促した。
日本は『名を決められない対策法案』として衆議院を通過し、国連の宣言を持って『日本国粘魔対策法案』という名称に変更して、参議院を通過。法律を制定、即施行させた。
その1つとして裁判所の警備態勢の見直しがあり、また、母親の死や、謎の女性による襲撃があったことから、弾童尽守の再審続行は無期限の延期となった。
同時に、装天騎鎧の完成披露は、開発局が開発中の『対粘魔武装外骨格・神閃』と、同時期にして欲しいと命令された。
完成時期は今年度中。報道陣からの取材も拒否すること。尽守の件は無関係案件なので、訴えを取り下げるつもりはない。とのことだった。
開発局の意思は政府の意思でもあるので、弾童カンパニーは従わざるをえなかった。
その時間を費やして、『愛依専用・蒼天騎鎧』の強化や、追加装備の完成。『量産型・蒼天騎鎧』完成の目処が付いた。完成披露と同時に、政府が一部を買い取る契約も交わした。
同時に、助けることが出来ない尽守への贖罪として、尽守の魔力戦車の改修作業や、開発途中の新型魔力戦車の進行も加速した。
尽守と海郷円華との婚約関係は破談となってしまったが、海郷家との仲は良好である。円華が21歳の若さで対粘魔軍陸上車輌科三尉に昇進し、装填手から戦車長兼装填手へと担当が増えて忙しくなったことから、白紙に戻すことを決定したからである。
ちなみに、階級が少尉ではなく三尉なのは、人同士との戦いではなく、粘魔との戦いのみを想定した部隊であることから。日本国が批准した、『対粘魔戦力による対人戦闘の国際禁止条約』を遵守していることの表明にも繋がっている。
そして、1941年1月初旬。
完成披露式を翌日に控えたこの日、愛依と勝守は、対粘魔軍陸戦隊より要請を受けて、釧路湿原へ向かって浮遊移動を行っていた。もちろん、それぞれの蒼天騎鎧を装着している。
魔力戦車では釧路湿原の景観を損ねる可能性があり、開発局の神閃は東京で待機することが決定したので、2人に協力要請が下されたのである。
「現在交戦中の軍人さんとの情報共有とか、引き継ぎの打ち合わせとか無しに、いきなり戦って良いそうです! 留意点は1つ! 『景観を損なう戦いはするな!』」
「お任せください。初陣を勝利で飾って見せます」
「…………! 粘魔と軍人さんが見えましたね!」
「巨大サンショ……。いえ、粘魔と違って、動き難そうですね」
「『景観を損なうな』の一点張りで、許容範囲を示してくれませんでしたからね! 同情しますよホント!」
「科学魔法を使います。闇属性に耐性がある個体がいるかもしれませんので、魔力供給をお願いします」
「どっち使います!?」
「『十六』です」
「了解! 供給を開始します!」
勝守は愛依の背後に回り、愛依の背部武装外骨格に掌を向けた。
掌から勝守の魔力エネルギーが愛依に注がれ、同時に愛依はプリーツスカートの山折の影に隠した追加武装――『浮遊剣身』を十六枚全て飛ばした。
浮遊剣身は上空高くへ上がり、切先を前方に向けて剣身が並列になるように動き続け、隙間が無ければ大きな筒の様な形になった。
大筒状になると高速回転し、剣身から零れ続ける魔力が、筒の中央へ塊になるように集まり始めた。
大筒の後ろに愛依が飛び、模造刀の切先を塊に向けた。
「音声入力。十六連鬱金香筒。発射します」
塊は前方へ向けて爆発し、そのまま黒と茶色が混ざった色の爆風が放射され続けた。
対粘魔隊員や土草花には悪影響を及ぼさず、サンショウオ型粘魔にのみ被害をもたらす。
事前の打ち合わせがなかったので、驚いた対粘魔隊員から狙撃されたが、それは爆風によって跳ね返った。本人の魔力なので、ダメージはない。
放射が終わり、直撃を受けた粘魔たちの消滅を確認すると、対粘魔隊員たちが残存粘魔の掃討を開始し、間もなく戦闘は終わった。
極めて呆気ない戦闘だったが、初陣だからこんなものだろう。先に軍人の皆さんが戦っていたのもあるし。
そう勝守は納得することにした。
粘魔の駆逐の完了を隊長が宣言し、2人は対粘魔部隊と共に帰還した。
その途中で、大量の粘魔が東京を襲撃した報を聞いた。
しかしそれは、『神閃』を装備した32人の対粘魔隊員によって、無事駆逐されたとの報も添えられていた。
「1部隊8人の運用……と、お聞きしましたが……」
「でーすーねー……。それが4部隊あると聞いていましたが……。初陣だから8人全員出撃させたんですかね? 普通は交代制のはずですし……」
その答えは、聞く耳を立てていた対粘魔隊員たちにも分からなかった。
翌日。旧オリンピック村。現集合住宅地。
この場で、神閃と蒼天騎鎧の量産型の披露式典が行われた。
先に幕が除かれた神閃は、武士の甲冑を思わせる重厚な物だった。
『外骨格』らしさは、あちらの方が上ですね。
愛依は特別観客席からそんな感想を抱いていると、蒼天騎鎧の除幕が行われた。
蒼天騎鎧の装甲は、兜、腰を含めた背部、肩部、肘部、膝部のみ。各装甲は電線によって繋がれており、混青水晶は各装甲の薄い球体の中に格納されている。
装甲の下には、手足の指先にまで這った電線が目を引く全身タイツの着用が、必須となっている。
貧相。貧弱。手抜き。混青水晶の無駄遣い。タイツはアウト。つまらないデザイン。利点は軽さのみ。
こんな感想と失笑が聞こえてきたのだが、愛依は無言を貫いた。
その後、予想通り蒼天騎鎧の購入を表明した国はなく、外国企業もなかった。
買い取ると約束していた政府との手続きも、いまはまだ開始されていない。
幸い魔力戦車や、軍艦に設置される魔力機銃による収益で巨額の富を築けていたので、企画の凍結の判断は先送りとなった。
社長で伯父の弾童龍王臣は蒼天騎鎧を評価しており、勝守を励ましていた。
現に、水面下では対粘魔軍海戦白兵科との交渉が始まっているそうである。
『暗殺事件の救世主』や、『日本国の宇宙船殺し』。『後ろから撃てども殺せぬ強者』と名高い、乱洞孝宏三尉が仲間と共に試着に訪れたのが、その証左と言えるだろう。
いずれは周りも分かってくれる。そう社員たちは信じているのだが、軍属ではない愛依が自由に戦える範囲が本社及び支社敷地内と、日本国各地工場敷地内のみである。
他の場所は軍から要請を受けない限りは戦えないので、宣伝力が圧倒的に低かった。
そんな会社の運命を大きく変えた一報が……届いてしまった……。