第1章第3話・粘り憑く『最悪』
話は弾童勝守が謎の女性に撃たれた直後まで遡る。
弾童の意識が鮮明になった時、自身は宇宙空間としか思えない場所にいた。
辺りは暗く、無数の星らしき光が点在している。
そして自分は、何かに引き寄せられている感覚を覚えていた。
身体の向きは変えられるので、自分がどの方向に向かっているのか確認すると、目線の先には太陽があった。
太陽の近くにある光は、水星だろうか。
「…………」
これが夢だったら良かったのに。
焼かれたくない! と叫んで目を覚まし、目を覚ました場所が自分の部屋で、恐る恐る股の方を見ると失禁している。
高校生にもなってオネショは嫌だなあ……。と普通ならば思うだろうが、いまはそんな普通の時ではない。そっちの方がマシなのである。
「うん! ここは前向きに考えよう! 愛依さんと結婚する前に死んだから、愛依さんが未亡人にならずに済んだ! うん! これだ!」
そんな大きい独り言を言っているが、目からは止めどなく涙が零れ続けていた。
本音を言えば、自分を撃った女性を殴りたかった。
もっと言えば、兄を逮捕した警察官や、兄を起訴した検察。責任を兄に擦りつけた開発局の全ての人間も殴りたかった。
しかし、いまの自分にはそれが出来ない。
だから泣きながら現実を受け入れるしかなかった。
歯を食いしばって、太陽らしき天体を見つめる。眩しくないので、もしかしたら太陽ではないのかもしれないし、幽霊だから眩しさを感じないのかもしれない。どちらでも良かった。
太陽を見ていると、新たに分かったことがある。
赤い汚れがこびり付いた人型の光が太陽に吸い寄せられると、綺麗になって太陽の中を素通りするのである。
綺麗になった人型の光はそのまま何処かへと流されていき、人型の光から剥がれた赤い汚れは赤と灰色が蠢き合う不気味な色になり、水星へと吸い込まれた。
自分もああなるのか。覚悟はまだ決まっていなかったが、頑張って受け入れようと思った。
そんな時だった。
「俺は……キミに世界を見てもらいたいんだ!!」
聞いたことのない少年の声だった。
キミとは自分のことだろうか? そう思ったのだが、返事ができない。事の成り行きを見守るしかなかった。
「手を取ってくれ! 俺が!! こんなつまらない世界から出してやる!!」
その声は、水星に見える星から聞こえてきた。
今更気づいたのだが、水星の周りにも天体があり、アレが本当に水星なのか勝守には判別できなくなっていた。
「行こう! 俺の世界へ! 俺とキミの世界へ!!」
うるさい男だなぁ……。
そう思っていると、水星から二つの光が浮かび上がり、どこかへと飛んで行った。
なるほど。片方が煩い少年の方で、もう片方が『キミ』と呼ばれていた人(?)の光か。
そんなことを考えながら光を見守っていると、沸騰したヤカンのような音が、水星から聞こえてきた。
水星の方に視線を戻すと、水星は様々な色が蠢き合う不気味な色になり、心臓のように脈打っていた。
気持ち悪っ!
間髪入れずにそんな感想を顔で表してしまうと、どんどん水星が膨張していった。
そして、爆発した。
その衝撃は凄まじいもので、強風が襲い、太陽に引き寄せられていた身が簡単に太陽から離されていったのである。
この後どうなるのか。勝守には全く分からなかった。
やがて目の前が真っ暗になった。
目の前が明るくなると、自分は図書館の中の机に身体を預けて寝ているのだと自覚できた。
「なんでだよ!」
すぐに姿勢を正してそうツッコミをいれると、言葉を発する事ができることに気づいた。
次に、正面に白いレースと銀色の剣型の装飾品が目立つ漆黒のドレスの女性が立っていた。
大変失礼なことだが、美人中の美人と認めるが、愛依さんの方が美人だと思った。口数が少なそうで、儚そうな雰囲気は愛依さんにそっくりだが。
「御目覚めになられましたね」
口は笑顔なのに、目からは物悲しそうな訴えをヒシヒシと感じた。
「貴方は多くのことを私から訊きたいと思っているはず。ですが、大変申し訳ございませんが、私からの説明を優先させてくださいますよう、お願い申し上げます」
「は、はい……。どうぞ……」
「ありがとうございます。少し長いので、地の文で説明させて頂く無礼もお許しください」
「はい?」
ここは異世界図書館【オルアイン】で、私の名前はリブレンテを申します。
この図書館では、司書を務めております。
この図書館に訪れた客へ、客が所望する物語を貸し出す役割を担っております。
その客へ貸し出す物語に、深刻な異変が起きてしまいました。
私は貴方が見た光景を、模型化した物を用意しました。
貴方を燃やそうとした太陽の様な天体は、『ホマモン』という世界です。
次に、水星の様に見えました天体。ホマモンによって燃やされ、魂から剥がれた大まかな記憶などを含む『強粘性の灰』を吸収し、浄化する世界。名前は『キーダスター』です。
本来ならば、ホマモンによって燃やされた魂は、大まかな記憶を失い、異世界、或いは同一世界に転生を果たします。
キーダスターは灰を浄化して消滅させることで、世界が灰で溢れる事態を防ぐ役割を担っております。
そのキーダスターには女神様がいらっしゃって、灰を浄化してくださるのですが……。その女神様が、キーダスターに飛ばされてきた少年によって、どこかの世界へと出奔してしまったのです。
キーダスターという空間には浄化能力は無く、灰が溜まり、許容量を超えてしまったので、キーダスターが破裂してしまったのです。
現在、キーダスターを作った神がキーダスターを再創世している最中です。今度のキーダスターは、女神様だけでなく、他の世界のように『一般人』も創りあげられます。
これによって、長き年月を経て膨大な数が必要になってしまった世界の灰の浄化量を、極短期間で上げようとしています。また、もう一度女神様が連れ去られても、一般人たちで浄化を続行できるようにするとのことです。
話を戻しましょう。
キーダスターが爆発したことで、灰を浄化することが出来なくなってしまいました。
灰は元の世界へ、或いは見知らぬ世界へと降り、人間を求めて彷徨い続けております。
その灰が、既に様々な物語で悪影響を及ぼしているのです。
もちろん、貴方がいた世界も例外ではありません。既にオリンピック村で、多数の死者で出ているようです。
「愛依さん!!」
「御安心ください。諷上愛依さんは、貴方の御遺体の傍におります」
「そ、そうですか……」
椅子に座っているという安心感からか、勝守は余計なことを考えてしまった。それは――。
「念の為に明かさせて頂きますが、貴方が死なずに愛依さんがオリンピック村で戦っていたとしても、『全く問題は無かった』のですよ……」
…………。
「えーっと……。説明をお願い出来ます……か……?」
「地球人の皆様は、『混青水晶』という物で魔法が使えるようになっておりますが、その魔法は浄化の能力も持っているのです」
「いやいやいや! 確かにあの……『灰』? を倒す事が出来ていますけど、死んでいる人だっているじゃないですか!」
「死ぬ人は死にますが、生き残る人は生き残ります。愛依さんは『生き残る側の人間』ですので、戦っていたとしても生き残っていたんです」
「スゴッ……」
「もっと言わせていただければ、愛依さんが戦場で戦えば、警備隊の強者たちの負担が軽くなり、彼らと力を合わせた結果……。一騎当千、八面六臂の活躍により多くの方々が生き残ったことでしょう」
「そんなに愛依さん強いんですか!?」
「はい。貴方の国で……、10番代くらいの実力はあります。事実、貴方の国最強の方が首相官邸から離れることが出来れば。或いは、開会式の警備の為に絶対休養の命令を受けていた強者たちが、もっと早く駆けつけることが出来ていれば……。ゼロに抑えることすら可能でした」
「そ……、そうですか……」
「事実です。司書の私を信じてください」
「はい……」
「では最後に、貴方様には『灰』と戦っていただきます」
「はいぃ!?」
「御安心ください。技術者の方々が貴方の為に造った『勝守専用・装天騎鎧』の複製品を用意しております」
「えっ……!?」
「では、死を気にせずに、存分に戦ってくださいませ」
「いや、ちょっ……、嘘ですよねぇ!?」
「…………。そんなことがあったんですか」
会社へ向かう社用乗用車の中で、愛依は勝守の話を真剣に聞いていた。
勝守の話は信頼できる話だった。それは勝守の人柄を知っているだけではなく、勝守の遺体が眩く光り、完全な状態で蘇生された光景を目の当たりにしたからである。
「愛依さん。確認しますが、オリンピック村の戦いは……」
「その司書の方が言う、『強者』の方々が来たからかなのかは分かりませんが、先ほど戦闘が終わったようです」
「そうですか……」
「開発局が開発した武装外骨格が大々的に披露される可能性があったので、番組の録画はしていたそうです」
「じゃあ、社内に入ったら、まずはそれの閲覧ですね」
「ですね」
…………。
「勝守さん」
「はい……」
「お帰りなさいませ」
「ただいま帰りました」
今です! 手を! 手を握るんです! 坊ちゃん!! 重ねるだけでもいいですから!!