第1章第2話・粘り憑く『オリンピック村事件』
混青水晶によって、地球人は皆が魔法を扱えるようになった。
しかし、これにも得手、不得手があった。
正確に言うと、魔法を扱える量を示す魔法量と、魔法の強さを示す魔法力、そして1人が唱えられる魔法の種類や、扱える属性に個人差があった。
東京のとある高等学校に通う女学生、諷上愛依はどうだっただろうか。
愛依は魔法量と魔力が平均より遥かに下だった。それ故に唱えることができる魔法の種類は判別不能であり、『闇属性が得意なだけの最下級女子』だった。
それでも愛依は戦って勝つ為に努力を重ねてきた。
愛依の学力は平均的であり、持久走と水泳が得意なのだが、愛依は中学生の時点で上の中程度であり、黄金期の上の上たちの競争に入ることが出来なかった。
それ以外に長所が見つからなかった愛依だが、高校入学直後に転機が訪れた。
経緯は不明だが、火炎瓶を投げつけられて火達磨になった警察官2名を見かけた。
警察官2人がのたうち回って苦しんだからか、愛依が近づいた時には火は消えていた。
愛依は2人を両肩に担いで1キロ先にある病院へと走った。
警察官2人のうち、1人は亡くなってしまったが、もう1人の方は助かった。
これによって愛依は警察から表彰を受けるのだが、その時に表彰式に参加した国軍兵士から高校卒業後に入隊しないかと、勧誘を受けたのだ。
その後、彼女は高校生活を送ると同時に、国軍が開校している『魔法力養成学校』(学費は無料。身分証明書さえあれば、外国人も入学可能)にも通った。
しかし、高かった身体能力はそれ以上顕著には上がらず、低かった魔法能力すらも向上が見られなかった。
その事実に背を向けながら訓練に励んでいると、後ろから声を掛けられた。
全く知らない、自分と同い年くらいの男児だった。違うところと言えば、少し顔が赤いところだった。
弾童勝守と名乗った男児から、『対宇宙人用武装外骨格』の開発計画を聞かされた。
自分の魔力を底上げすることができるかもしれない。
愛依は藁にも縋る思いで、開発計画のテストパイロットに立候補した。
開発途中にプロトタイプを装着したのだが、プロトタイプに組み込まれた混青水晶の力と自分の力を併せて使うことで、自身の予想以上の成果を出した。
そして。
オリンピック村外相会談の『民間協力枠』として会社が応募し、見事当選した。
愛依は完成した『愛依専用対宇宙人用武装外骨格・蒼天騎鎧』を身に着けて、華々しく参戦するはずだった。
しかし、予定時間を過ぎて、間もなく日付が変わり外相会談の日になろうとしていた。
渋滞に巻き込まれたか、交通事故に遭ったか。
そんな想像をしていると、弾童カンパニーの車が宿舎の前に止まった。
既に入り口で待っていた愛依が車まで駆け寄ると、そこには知らない社員の人間と、勝守の双子の弟の護守がいた。
護守の説明を要約すると、こうである。
朝方に会社へ出勤途中だった弾童房子が階段を下りようとした時、新聞記者を名乗る男がインタビューを求めてきた。もちろん主題は息子の尽守についてである。
房子は記者を避けたのだが、逸った記者は腕を強く掴んだ。
房子は足を滑らせ、記者は反射的に腕を押し出してしまった。
それによって房子は階段から転げ落ちてしまった。
記者は駆け下りて房子がまだ息をしていることを確認すると、保身の為に、近くの大きい石を手に持って振り上げた。
洗濯物を干していた主婦がその光景を目撃して大声をあげると、驚いた記者は一目散に逃げていった。
弾童一族は尽守の件で警察から監視を受けており、当然事の顛末も見ていたので、仲間に記者を逮捕させた。
国と、逮捕された記者が所属する新聞社にとって、外相会談が翌日に控えた日に起きたこの事件は、絶対にあってはならないものだった。
なので、複数人の政府高官と、新聞社の会長と社長がすぐに電話会談し、この事件の発生日を後日に動かすことで一致した。
母親の事を知らない勝守は装天騎鎧を完成させ、社員に運転を任せて愛依の泊まる宿舎へと急いだ。
その車が、40代前半の日本人女性と思われる何者かによって襲撃を受けてしまった。
車は女性を轢いても構わない気配の急発進をして、病院へ逃走。監視していた警察官たちが女性を殺人未遂及び銃刀法違反の現行犯で逮捕しようとしたが、女性の反撃で殉職した。
すぐに増援の警官たち総勢二千名が駆けつけたのだが、女性の仲間と思われる複数人の男女の襲撃によって全滅した。なお、この他に拳銃を所持する国籍不明の外国人数十人の遺体も発見された。
警察を侮蔑した日本国軍が2両の戦車と4両の装甲車、50両の兵員輸送車を動かして捜索した。
……の、だが。
その車輌が全て捜索途中で原因不明の爆発を起こし、車内の日本国軍兵士は全員死亡した。
予想外の報告を受け、政府は開発局を疑い、開発局はいまも無実を訴え続けている。
「…………。犠牲者の数が多過ぎませんか?」
愛依が率直な感想を護守に投げかけると、護守は泣きながら頭を振った。
「明日は外相会談だから、全国の優秀な警察官が集まって、軍も戦力を集中させていたって……。そう言ってました」
「宇宙人から要人を守る為に招集されたのに、結末は見知らぬ日本人集団と戦闘の末の殉死ですか。責任者はどう遺族に謝るのでしょうか……」
「分かりません……」
「それより、勝守さんと房子さんは……」
「母さんは命に別状はありません。全身に傷を負い、首は目立った外傷はないものの痛みを訴えていますが、安静にしていれば大丈夫だと」
「…………」
「勝守兄さんは……。に……いぃ……」
「分かりました」
愛依は護守の頭を抱き、優しく後頭部を叩いた。
「分かりました…………」
愛依は病院に着くまで、ずっと護守の頭を抱き続けた。
病院に着いて、社員は兵士と共に車に残り、2人は霊安室に向かった。
霊安室に向かっている間、院内を走る弾童カンパニー専務と鉢合わせた。
「護守坊ちゃん!」
「笠原専務……。どうかしたんですか?」
「落ち着いて聞いてください……。どうか、落ち着いて聞いてください」
「兄さんの死は知っていますが……」
「それは私も存じ上げております。勝守坊ちゃんではなく……」
その後に続く言葉を察した愛依は、護守の口を腕で塞いだ。
突然の愛依の行動に護守が混乱していると、笠原専務は愛依に深々とお辞儀をして、続きを言った。
「房子様が……。房子様の脳内で出血が起き……。お亡くなりになられたそうです」
…………。
「外傷を癒やすのに治癒魔法は効果的ですが、脳内は勝手が違うそうで……。頭部に治癒魔法を用いても、破れた血管から出た血や、酸素が行き渡らなかった箇所を治すのは……。不可能……とのことです」
…………。
「また、言語障害とかが見られなかったことから、早期発見もできなかったそうで……。容体が急変した時は……。手遅れだったそうです…………」
ここで護守は、なぜ愛依が自分の口を腕で塞ぐのかが分かり、思いっきりそれに甘えた。
この日、愛依は予定していた外相会談の警護に不参加を表明。
政府は理解を示した。示すしかなかった、と言った方が正しかった。
その外相会談夜の部において、警備部隊の6倍の数の侵略軍が攻めてきた。
最大野党一の外国通と評される眞館外務大臣は、撤退せず、日本国軍、及び警察、及び軍学生、及び民間協力者、及び外国人護衛部隊たちに迎撃を任せた。
結果、外相たちは無傷で済んだのだが、外相会談会場を守る盾となって死亡する者が大勢でてしまった。
しかし、最も多くの死者が出てしまった要員は、別にある。
それは。
突如現れた、第3勢力の出現である。
形は人間や獣の類だが、その中身は粘性の高い粘土質なのである。
人間を飲み込むと、人間の質量と同じだけ巨大化し、そのまま次の人間を吸収するか、分裂してから次の人間を吸収するかに分かれる。
ただの火器や冷器では飲み込まれてしまう。魔法か、魔力を帯びた火器・冷器による攻撃で初めて傷を負わせることができる。
しかし、傷を負わせるだけではすぐに完治されてしまうので、完全に殺さないといけなかった。これが警備部隊に重い負担として圧し掛かった。
悪魔の様な形の宇宙人たちは、為す術も無く第3勢力に飲み込まれた。宇宙船が戦場を離れた時も、宇宙船の上から突然粘土質の怪物が現れ、侵食されつつあったのである。
結局、増援として駆けつけた兵士や警察官たちも含めて、総戦力の9割が死亡する大惨事になってしまった。
この様子を、外相会談を取材する報道カメラが撮り、社内のテレビで勝守と愛依が社員たちと共に見ていた。
「勝守さん。アレが、勝守さんが仰っていた……、『死後に戦わされた怪物』でしょうか?」
「はい。アレと戦う為にも、開発中の『愛依さん専用追加装備』を急ぐ必要があります」
「分かりました。遺族の為にも、テストには最大限協力する所存です」
「技術部の皆さんも、よろしくお願いします!」
2人が深々と頭を下げると、技術部のみならず、全社員が雄叫びを社内に轟かせた。