第1章第1話・粘り憑く『死』
1905年の5月中旬から下旬。宇宙より小規模の無数の鉱物が、地球全土に衝突する。
青を基調とし、不規則な灰色の模様が描かれた鉱物だった。
この鉱物の成分は地球で発見されている、どの鉱物とも違うのだが、その事実は『最も大きい事実』の影に隠れてしまった。
『最も大きい事実』。それは、この鉱物を触った、或いは近づいた人間が、魔法を扱えるようになったことである。
1905年の6月上旬から中旬。混青水晶と呼ばれるようになった鉱物の研究に、研究者、一般市民問わず盛り上がっていた頃である。
宇宙より大規模の無数の軍艦が現れ、地球を攻撃した。
地球人たちの科学技術だけでは迎撃は難しかったが、混青水晶によって魔法が扱えるようになった人間たちの活躍によって、宇宙人たちを撃退することができた。
この宇宙人の襲撃によって、大日本帝国とロシア帝国は戦争を継続することが困難になった。
日本海海戦で勝利を収めたばかりの大日本帝国は、アメリカ合衆国を仲介国家として頼み、ロシア帝国と日露講和条約を締結した。
それは、ロシア帝国と陸続きである満州や朝鮮半島をロシア帝国に譲渡し、戦争賠償金に応じないロシア帝国の要求も呑むという、ロシア帝国すら困惑したロシア帝国有利の破格の内容だった。
ロシア帝国以外の各国政府も日露講和条約に困惑していたが、海外新聞各社は『バルチック艦隊を倒した国、大日本帝国に世界が驚愕』や、『自国政府に納得がいかない帝国民が、各地で決起集会を開催』と淡々と現状を伝えた。
この直後、満州や朝鮮半島の上書き統治にロシア帝国が本腰を入れるのだが、直後に中華民国と領土問題で事件が発生。両軍が睨み合いになると、ロシア帝国の植民地だった国がこの隙に独立を次々と表明する事態にまで発展した。
その事態を対岸の火事のように見ていた大日本帝国は、決起集会に参加していた国民と対話しつつ、混青水晶の研究に赤字予算を投じる。
これが功を奏した。第2次宇宙人襲撃時に、大日本帝国はほぼ無傷で宇宙人を撃退した唯一の国になったのである。
この大日本帝国の快挙に世界が羨み、大日本帝国は研究成果を他国に売り渡して大幅な経済成長を遂げた。
しかし、他国と宇宙人の成長は大日本帝国の予想より早く、腐敗や傲りによって国内の混青水晶研究は、早々と低成長を迎えてしまった。
それを最初に知らしめたのは、1938年サッカーワールドカップ・フランス大会のアジア予選である。予選開催地に向かっていた大日本帝国サッカー代表とサポーターが、宇宙人に襲撃されてチームは全滅。サポーターもほぼ全滅という醜態を晒してしまった。
次に知らしめたのは、1939年である。
年に1回催される財閥会合の会場を宇宙人が直接襲撃し、全ての当主を含む大多数の死者が出てしまったのだ。警護に当たっていた民間警備会社も全滅してしまった。
たまたま休日で近くにいた、大日本帝国海軍軍学校所属の学生2名が一騎当千の活躍をしなければ、確実に全滅していただろうという見解が発表されたほどである。
決定的だったのは、1940年の夏である。
「いやぁ……。現最大野党の国交革新党党首のポスターが、現最大与党の民主保守党党首のポスターより多くなる日が来るとは……。勝守坊ちゃんは予想できました?」
「大日本帝国――ではなく、日本オリンピック委員会の会長なんです。当然でしょう」
1939年に起きた財閥会合襲撃事件によって、大日本帝国の経済の行方が不透明になってしまった。
当時の与党で現在野党の国交革新党は、事態を打開する秘策の1つとして、『日本という国のリーダーシップは誰がイニシアチブを示すのか』を明確化させようとした。
つまり、『天皇陛下は、内閣総理大臣の任命者であり、国の象徴である。ただし、それだけの存在であり、政治の主導権を握っているのは、現内閣である』という姿勢を打ち出そうとしたのである。
宇宙人の来襲から徐々に今上天皇の発言力や立場が、政府によって抑えられつつあったという事実は、国民の誰もが分かっていた。
それでも、イギリスやオランダなどの王室が外務大臣ではなく今上天皇を招待するように、『日本の象徴』としての地位は揺ぎ無かった。
しかし、当時の国交革新党党首にして内閣総理大臣のリーダーシップ発言の後に、同党の議員たちが相次いで失言をしてしまった。
それだけならば回復の余地があった。その直後に、致命的な真実が明るみになった。
内閣総理大臣が、宇宙人が財閥会合を襲撃する宇宙人の仕業に見せかけて襲撃したという事実である。逮捕された襲撃者の、録音・録画魔法水槽が解析されて判明した事実で、日本弁護士協議会が告発したのである。
検察と弁護士から追及された内閣総理大臣は全てを認め、在任中の緊急逮捕となった。
直後に大日本帝国の名は、日本革新法によって日本、或いは日本革新主義島和国へと改称された。更にその直後の内閣不信任決議案可決後に、国政院総選挙で国交革新党は野党に戻り、民主保守党が与党に返り咲いたのだった。
世界観の話はこれで終わり、会話中の2人に主点が戻る。
社用乗用車に、運転手を務める20代中頃の男と、助手席に座る10代中頃の少年がいた。
男の方は作業着を着ているが、手ぶらである。
少年の方も作業着を着ていて、膝の上にはアメリカ製の厚いカバンが乗っていた。
主役は選手のはずなんですけどねー。そう運転手の男が言って、会話は終わった。
しかし、すぐに運転手は別の話題を投げかけた。
「オリンピック村外相会談が始まる直前に……、えーっと……、実戦可能段階まで出来上がって良かったですね!」
「優秀な皆さんの御力の賜物です。私が経営者一族として参与していたならば、泣いて謝意を表明していたと思います」
「いやいや! 坊ちゃんも企画に加わっていたじゃないですか! デザインとコンセプトは坊ちゃんの案で、『日本国軍・対宇宙人用・武装外骨格・開発局』……が、制作中の武装外骨格と差別化が出来たじゃないですか! あの天才少女に速さで……。と言っても、坊ちゃんは『私は制作に関わっていないので、皆さんの努力の結果です』って言うんですよね……」
「当然です。皆さんが汗水流して作っていた時、私は高校で授業を受けていましたから」
「ですが……。デザインとコンセプトを坊ちゃんが打ちだしてくださったから、開発局の連中より早く製造を始める事ができたわけで……」
「技術教育係である母から、『素人のガキが会社に口を出すな』と言われましたがね」
「それは……。アレ以上坊ちゃんに参与させますと、『開発責任者欄』に坊ちゃんの名前を書かざるをえなくなるわけで……、学生の本分を全うしてもらいたい親の心から出た言葉で……」
だったら『ガキ』ではなく『学生』と言うと思いますがね。
そう勝守は呟き、それを運転手の男は拾ったのだが、それには反論できなかった。
普段の勝守を知っている運転手の男は、勝守を何とか元気づけたいと思っていた。
それと言うのも、勝守の兄である尽守が警察に逮捕されたからである。
尽守は高校を卒業した後、一族が経営する弾童カンパニーに入社した。
そこで尽守は才能を発揮して、『日本国製・対宇宙人用魔力戦車』の開発を主導した。
政府が資金面による支援したこともあり、世界で初めて『搭乗員が10人未満の対宇宙人用魔力中・軽戦車』の開発を成功させた。
この中・軽魔力戦車の量産が決まると日本国政府は、旧ナチス・ドイツ(現ドイツ連邦共和国。以下ドイツ)が大安売りを始めた戦車と潜水艦を購入。二つを会社に無償提供し、日本国製の重魔力戦車と魔力潜水艦の開発を会社に依頼した。
それと同時に、炎・水・土・風・樹・雷・闇・光属性魔法それぞれに存在する『傀儡魔法』。これを科学技術で再現せよと命令を受け、尽守を開発責任者として制作を開始した。
間もなく『傀儡丸(仮称)』が誕生し、開発局に披露した。
しかし、『1体あたりの製作期間が長い』、『鉄や混青水晶などの必要量が多い』、『武骨な見た目に反して脆い』、『傀儡丸の遠隔操作可能距離が短い』等の理由から、採用が見送られた。
採用は見送られ、政府から開発計画の凍結も言い渡されたので、傀儡丸と必要書類は全て開発局に譲渡することとなった。
その開発局は独自に傀儡丸を改造し、日本国政府は開発に成功したと喧伝した。
早速イギリスが購入に名乗りをあげたので、イギリスに輸出した。
イギリスが日本国外務省・国軍省と共に試験運用を行うと、動かして1時間も経たないうちに『放熱不足による部分劣化』によって背部の部品が噴出。ケガ人は出なかったものの、イギリスは誇大広告等の罪で日本国を訴えた。
これを受けて日本国は、傀儡丸の開発責任者である弾童尽守を『国家信用失墜罪』で起訴し、現在裁判中(一審は有罪判決を受け、いまは控訴審の最中)である。
間もなく妻との間に子どもが生まれる運転手の男としては、弾童一族の気持ちが痛いほど分かり、双子の次男の勝守と三男の護守に寄り添いたかったのである。
勝守坊ちゃんや護守坊ちゃんを癒せるのは、彼女たちだけか。
その結論に至った直後の事だった。
暗い道路上に人が立っているのが分かり、慌ててブレーキを踏んだ。
幸い、ブレーキを踏んだ時点で、その赤い服の女性との距離は長かったので、安全に止まることができた。
しかし、気づくのが少しでも遅れていたら、女性を轢いていたのかもしれなかった。
運転手の男は車から降りて注意しようとした。
その直後だった。
女性は懐から拳銃を取り出し、8発もの弾丸を勝守に浴びせた。
運転手の男は何が起こったか分からなかったが、女性が弾倉を足下に捨てた場面を見て、一気にアクセルを踏んだ。
女性は避けて無事だったが、運転手の男は女性を気にせず走り続けた。
走り続けて走り続けて、病院への案内板を見つけると、それに従って病院に向かった。
駐車場に着いて、ようやく勝守に視線を向けた。
勝守は額と右眼、右頬から血を流していた。
全く動いていなかった。
「痛い」とすら言えていなかった。