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玉の切れ程、頭は切れない男

 3月上旬、営業から同席を求められた彩は、企業実績などを説明するため、山河精密機器㈱に出向いたが、そこで高校時代の同級生に出くわしてしまった。


「えっ、藤原彩さんて、埼玉第3高校出身の藤原さんですよね?」

「はっ、はい、そうですが……」

「俺だよ、高橋隼人、3年の時、同じクラスだったでしょ、覚えてくれていないか……」

「あっ、あの野球部だった高橋さん?」

「そうそう、なつかしいなー、でも、なんか変わってしまったね、すごく輝いているっ!」


「そうでしょ、うちのエースですからね」

 手掛かりのできた営業の山口は微笑んで口を挟んだ。


「10年ぶりぐらいですか?」彩が微笑んで尋ねると

「そうだねー、でもすごい仕事しているんだね……」

「いいえ、そんな……」


 この高橋隼人は、身長180㎝、細身できりっとした顔立ちをしていることに加えて、高校時代は野球部のエースということもあって彼のファンは数えきれないほど多かったが、彼と何度か話したことのあった彩は、玉の切れ程、頭は切れないこの男に魅力を感じたことは全くなかった。

 しかし、彼にしてみれば他の女性のように自らに興味を持ってくれない彩のことが妙に気になって、何かあるたびに自分のすごさをアピールしたのだが、還ってそのことが彩には不快で、相手にするのさえ馬鹿らしい、そんな思いを彼女に持たせてしまった。


 彼はその夜、早速に誘いの電話を入れてきたため、彩はクライアントとはそういった関係になってはいけないという会社のルールを説明し断りを入れたが、彼も簡単には引き下がらなかった。

 電話で話をしてくれるだけでもいいからと言う彼に、彩は戸惑いながらも何とか日々をやりくりしていたが、根本的に彼を嫌がっていた彩はこの仕事を美菜に担当させ自らが彼の前に現れる事はしなくなった。


 その後電話がかかってくることはほとんどなくなり彩も一安心していたが、美菜が担当したこの仕事が完結した4月初め、再び彼から電話が入ってきた。

 1度だけでいいから会って欲しい、一緒に食事をしてほしいというあまりにもしつこく切ない彼の希望に彩はついに根負けしてしまい、ある金曜日の夕方彼と夕食を共にすることになった。


 和食の店で向き合った二人は静かに話し始めた。

「アルコールはやめてね」

「それは大丈夫、俺は元々飲まないから……」

「 えっ、そうなの?」

「何度もしつこく連絡してごめんね、だけど一度でいいから俺の気持ちを伝えておきたかったんだ」

「あなたの気持ちって?」

「オレはさぁ、頭が悪いから、何か流されてしまって、くだらない人生を生きているんだよ」彼が眉をひそめる。

「どうしたの? 何か辛い事でもあるの?」


「何が辛いのかもよくわかんないんだ。高校の時 俺は君のことが好きだった。でも君は全く振り向いてくれないから、何かあるたびに君にアピールしてそのたびにだんだん嫌われて行って…… 嫌われているのは分かっていたんだけど、君のことがどうしても忘れられなかったんだ」彼が遠くを見つめながら語ると

「結婚はしていないのっ?」彩が尋ねた。

「いや、大学の時に付き合っていた彼女と卒業したらすぐに結婚したんだ。だけど彼女の実家は大金持ちで、.結婚して2ヶ月ぐらいしたら俺の給料は要らないって言われて、生活費は実家からもらうから気にしないでって……」

「それってすごいわねっ!」

「その辺まではまだ我慢していたんだ。だけどそのうちにお互いに合コンは有にしましょうって言い出して……  もうダメだと思った」

「そうなの……」

「周りのみんなからは結婚に反対されたんだ、あんなお嬢様はやめとけってみんなから言われたんだけど、かわいいし明るい子だったからいいかなって思って、みんなが羨ましがっているだけなんだって思って、やっぱり俺は頭が悪いんだなー」彼の虚しさみたいなものが伝わってくる。


「……」


「頭の悪い男と頭の弱い女が一緒になったっていいことにはならないよね、結婚生活は4ヶ月だけだった」

「それは大変だったわね、でも今はちゃんと仕事して今回の商品の販売は、あなたがリーダーなんでしょ」

「そうだけど、 30過ぎてももまだ自分のやってることがよくわかんない……やっぱり頭の悪い奴はどこまでいっても頭が悪いんだなっ」

彼が苦笑いすると

「……」彩は言葉が出なかった。


「高校の頃、君は頭のいい人だなといつも思ってた。だから好きだったわけじゃないけど、告白してくる他の女性とは全く違っていた。会って話をしていても君の賢さだけがすごくて、なんかとても惨めになった。だけど頭が悪いからなんとか振り向いて欲しくて自分をアピールすることばかり考えていた。家が貧しかったから人生は甘くないっていうことは十分にわかっていたつもりだったんだけど…… 頭が悪いから賢い人にあこがれていたのかな」

「……」

「だけど頭の悪い男のところに寄ってくる女はやっぱり頭の弱い女ばかりでね、人生って面白いよね、だけどあの頃の君の軽蔑したような眼差しがいまだに頭から離れなくて、結婚していた時も同じだった」

「……」


「何か月か前に、和食の店で君を見かけたような気がして、その時から、ずっと君のことを考えていたんだけど……」

「和食の店?」

「いや、でも君じゃないと思うよ、服装ももっと地味な感じだったし、表情ももう少しおっとりとした感じだったかな、それに女の子みたいな美少年と一緒だったから……」

「あっ…… たぶん私だよ。姉の子なのよ、本当に女の子みたいな顔しているのよ」

「えっ、そうなの……? でも、あの時と比べたら雰囲気が……」

「あの頃はね、銀行に勤てめていたのよ、だけど今の会社から誘われて……」

「へえー、ヘッドハンティングされたのか…… すごいね」

「そんなこともないんだけど……」


「だけど、久しぶりに君に会って、頭が悪いなりに考えたんだ。この想いだけを告白してここにけじめをつけないといつまでたっても俺は頭が悪いままなんだろうなぁと思ったんだ。だから嫌われているのはわかったけどけじめがつけたいって思って何度も電話したんだ。本当に申し訳なかったと思っている」


(馬鹿だけどなかなか可愛いところもあるじゃん、人としてはまっすぐ生きていきたいんだ、だけど頭が悪いから何をどうしたらいいのかわからないんだ……)


「いいよ、あなたがまっすぐに生きて行きたいんだってことがよくわかる」

「えっ、そんなかっこいいものじゃないけど……」

「彼女にはなってあげられないけど、時々、食事くらいは付き合って上げるよ」

「同情はいいよ、そうじゃなくても君の前では惨めだから……」

「まあ、そんなに深く考えなくてもいいんじゃないの……」

「ありがとう」


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