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ヘッドハンティング

 年が明けて1月になっていた。

 これまで銀行で融資担当として仕事をしてきた彼女は、経営分析に長けていた。そのおかげかどうか、年間1000万円の5年契約で、経営コンサルを主業務とするERYリサーチという会社にヘッドハンティングされ、彼女は悩んでいた。


 自分はもう31歳、このまま銀行に勤めれば、経済的に安定した環境が維持される中で、恋をして、たとえ結婚できなくても、不安を抱えるような人生にはならない筈……


 ここまで彼女はそう考えていた。

 しかし、波風の立たないその人生は、恋愛を横に置いてみると、あまりにも寂しくて魅力に欠けていた。

 その思いが、彼女のポテンシャルを目覚めさせてしまった。


 大きな転換を決意した彼女は、このオファーを受け入れ、新たな人生をスタートすることにした。

 しばらくは仕事に追われそうな感じだったが、それでも、彼女は今後の恋の可能性にかけて、せめて身体だけは美しさを維持しようと考えていた。

 昔から、自分でも、大きいとは言えないが胸の膨らみはきれいで、形がいいと思っていた。未だに垂れることなく心地よい張りを保っている。

 二の腕も、いつもバスで手当てしているだけあって依然として太くなっていない。

 問題はウエストだが、もともとの身体が細いため、くびれはさほどない。

 しかし、この細さでウエストがくびれてしまうと、かえって不気味かもしれない…

 そう思って、彼女はお気に入りのこの体系は40過ぎても維持できるように頑張ろう、鏡を見ながら微笑んでそう決意していた。


 新しい会社は、営業スタッフが5名、経営分析課は1係から3係まで、課長は社長の吉本一由が兼務している。第3係は彼女のためにつくられた係で、最も小さく、大学新卒の男性、相田翔と、入社3年目、24歳の女性、鈴木美菜の2名がスタッフである。

 相田はまだ社会人1年目で右往左往していたが、鈴木は相当に切れる女子であった。

第3係が現在抱えている案件は3件、とりあえずそれぞれが1件ずつ担当することとしたが、相田は当然彩が面倒を見ることが大前提となるものの、3年目の鈴木は、相当に勉強をしているようで、ほとんど手を取られることはなかった。

 彩は大学時代から経営分析を専門的に勉強していて、ソフトを使って分析、解析をした後、独自のプログラムにあてはめて、再度分析を行い、今後の方針を打ち立てていく。

だが、報告書には決して独自の解析部分は表記しない。従って報告を受けた者は、ソフトで解析後の提案力の鋭さに驚かされてしまうのだった。


 彼女の報告書を見た者は、皆一様に、この解析からこの提案ができるとは…… と感激するのである。


 これは彩が銀行に入って3年目、解析後の検証をしていた時に偶然気づいたもので、彼女自身はそんなに価値があるものと思ってはいなかったが、それでも思いもよらない成果が上がって行くので、ここは他人には絶対に示さず、自分だけのものにしておこうと考えていたのである。


 鈴木に任せていた案件が2日後に提出され、彼女はその夜、独自の分析を行い、翌日、今後の方針として鈴木が打ち立てていた計画の修正を指示した。

 驚いた鈴木は、その日から彩の崇拝者になってしまった。


 2月の終わり、全てが一段落し、彩は二人を連れて、和食の店、(いろどり)に出かけた。

8時に店を出た後、相田は帰宅したが、鈴木は強引に彩に言い寄り、行きつけのクラブへ女二人で出かけることとなった。

 そこは不思議と男性客がおらず、思ったより明るく、静かで落ち着いた感じのいい店だった。


「彩さん、恋人はいないんですか?」鈴木美菜が彩の顔を覗き込むように尋ねた。

「今はいないわよ、でも紹介なんてしていらないから……」

 彩も笑顔で返した。

「そんなもったいないことはしませんよ!」

 美菜は驚いたように目を見開いたが

「なにがもったいないの?」

「えっ、何がと聞かれても難しいですね。ところで今夜泊まりに行ってもいいですか?」

 美菜が微笑んで覗き込んだ。


「いいけど、お相手はできないわよっ!」

「えっ、知ってたんですか?」秘密を知られていた彼女は、逆に少し嬉しそうだった。

「そりゃ、解るわよっ! あんなに嘗め回すように見られたら、誰だってわかるでしょ!」

「でも、不快感は持っていない…… ですよね」

「確かに不快感がないから泊めてあげようかって思ったけど、だけどちょっとベッドインする気にはなれないわねっ!」

「それは残念です……」

「ごめんなさいね……」

「いいえ、とんでもないです」


 その夜、美菜は彩のアパートに泊まり、深夜まで飲んだ二人は、それぞれ別室で眠りについた。

 彩には少し不気味な感触があったものの、それでも自分同様、清潔感のある彼女にはとても好感を持っていたので、彼女がベッドにもぐりこんできてもそれは仕方ない、受け入れてあげようと思っていたのだが、結局目覚めると朝であった。

 その日以降、美菜は時々美味しいお酒を、あるいは食材をもって泊まりに来ることがあったが、二人の間に特別なものは生まれることは来なかった。


 仕事は比較的順調で、彩のチームはクライアントの評価が高かったことに加え、彼女自身の人対応もさることながら、二人の若い女性が対応してくれるので、クライアントの担当者も、この上ない満足感にしたっていた。

 時には、誘われることもあったが、

「私達のチームは女性二人で動いておりますので、いつも厳しい目にさらされております。場合によっては私達の行動が会社の信用を失墜させてしまうことも懸念されますので、ここのところは社長から厳しい制約がありまして、クライアントの方とお酒の席に同席することは禁じられております。もしこれを破った場合は、即刻解雇され、違約金を支払わなければならないこととなっております。私達も女性ですから、個人的な思いはございますが、ご理解いただきたいと存じます」

 こう言って、きれいにかわしていた。

 

 しかし中には強引な上役もいて、

「そんな付き合いもできないような企業とは話ができない」と言って、契約解除を匂わす者もいたが、そんな時はきっぱりと

「私どもの本意ではありませんが、もしそう判断されるのであればいた仕方ないと存じます」

 こう言いきってしまうので、これがいつの間にか、このチームのポリシーみたいになってしまって、逆にその噂がチームの評価を高め、彼女のチームを指名してくるクライアントが徐々に増えていった。


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