わたしとリンス兼シャンプー
やっぱりこの世界にお風呂なんてなかった。
あのあと泣き止んだ母親に、「わたしお風呂に入りたいな。」といったら、「?」という反応をされた。
即座に「わたし水浴びがしたいな。」と言い換えてみたら、「わかったわ!」と笑顔ですぐ準備をしてくれた。
ほっ。
危ない危ない、ボロが出るところだった。
少なくともわたしの家にはお風呂がないことがわかった。
本当に中世みたい。
庶民の間にお風呂っていう文化もなかったからね。
この調子じゃ頭も水ですすぐだけかな?
石鹸……は流石にあった。
洗濯物にも使ったりするもんね。
「お母さん、リンスとシャンプーって知ってる?」
「りんすとしゃんぷー?」
あっ、ダメだった。
お母さんでも知らないなら市民文化には無いとみていいと思う。
ないという以上、このベタベタを解決するには作るしかないけど、リンスとシャンプーの作り方なんて知らない。
たしか髪の毛にいいのは、重曹、蜂蜜、アロエ、オリーブオイルだっけ。
あと石鹸。
昔いとこのにいちゃんに見せられた雑誌に載ってた気がする。
にいちゃんは練習中は雄々しくてかっこいいのに、わたしより女子力や美容意識が高くて、にいちゃんというよりはねえちゃんだった。
お母さんに一言ことわってから探し始める。
家のどこに何があるかはお手伝いでだいぶわかってたので、小さい容器と水、重曹、石鹸、を用意する。
オリーブオイルはもちろん無いのでトロみが強い、よくわからない油で代用。
アロエはなかった。
まあ、たくさん集まったでしょ。
蜂蜜は個人的に欲しかったが、中世の甘味は高価だったのでしょうがない。
諦めようと思ったら、なんとお母さんが持ってたてくれた!
鍛冶屋繋がりの奥様方にいただいたらしい。
わたしに無理をさせているから、とのこと。
ありがてえ。
量は結構たくさんあったので、少しだけちょうだいする。
ボディソープも欲しかったけど贅沢は言えない。
雑誌には作り方も載ってた気がするが、分量なんて憶えてない。
材料さえうろ覚えだったし。
容器とに水、重曹、石鹸、油、蜂蜜をぶっ込んでかき混ぜていく。
重曹は、入れすぎると必要な頭の油まで落ちてしまい良く無いので少なめに、気分で油を多めに投入。
完成!
適当だけどまあなんとかなるよね!
この量だと節約して使えば一カ月は持つと思う。
うまく作れてたらお母さんにも分けよう。
用意されたのは一杯の生暖かい水が入った桶と固いタオル。
水浴びは1人でもできるで、お母さんは家事に戻ていった。
お母さんの涙と鼻水でぐちょぐちょになったわたしの服を洗ってきてくれるらしい。
わたしは服を脱いですっぽんぽんになり、全身に石鹸をつけて丁寧に、泡が床に落ちないように気をつけながら洗っていく。
洗い終わったら泡を流さずにできたばかりのリンス兼シャンプーを髪につけて頭皮まで洗う。
この時わかったけど、わたしの髪の色は白だった。
お母さんとは似ているようで違う色だった。
肩より少し長い位で切り揃えれていた。
髪を洗っていると、右の耳からこめかみにかけて葉っぱらしき形のものが4、5枚ついていることがわかった。
色は直接見てないからわからないけど、形はお母さんの葉っぱとそっくり。
真祖とか大げさな称号はついているけれど、見た目はちゃんと両親から遺伝しているようだった。
生まれてきた子供が両親や親族に似ている分、わたしはこの人たちの子供だと証明できるので、余計な疑いを招かずに済む。
全部洗い終わったところで、余計な泡を捨てて、タオルに水を染み込ませ全身を拭いていく。
何回も何回も拭いて、体に残っている泡のベタベタを完全に落としてから、頭の方に取り掛かる。
頭をを桶の中に突っ込み、洗い残しのないようにゴシゴシする。
最後にタオルで全身を拭いて、服を着て、髪の毛は自然乾燥させる。
ドライヤーもないからね。
使った水は泡と一緒にトイレに流す。
トイレは手動の水流トイレだった。
臭くないし、ぼっとんトイレじゃなくてよかった。
ふー。
やっとスッキリできた。
髪からほんのり蜂蜜の良い香りがしてとってもいい感じ。
これでわたしの小汚さは解決したことだろう。
今日の一つ目の目標を達成したところで、もう一つの目標「ステータスを隠せるスキルを見つけること」について考える。
「隠密」はもうあるけど、似たような感じの名前だったりするかな?
「隠蔽」とか。
昨日はかくれんぼとかしたら、わたし自身を隠蔽したことになってもしかしたら手に入るんじゃないかと思っていた。
そんな簡単にうまくいくはずないとも同時に思っていた。
でも、これ以外の方法も思い浮かばないし、やってみなくてはわからないということで、手初めにさっき作ったリンス兼シャンプーをベッドの下に隠してみた。
ピコン
お?
ゲームでよく聞くような音がした。
《スキル「隠蔽LV.1」を獲得しました。》
機械的で無機質な女性の声が脳裏に響いた。
おおおおお!!!
やった!
今日の目標達成!
「隠蔽」、ゲットだぜ!
早速ステータス画面を開いて確認する。
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「隠蔽LV.1」:物などを隠蔽するスキル。
取得条件:スキル「隠蔽」を目的としながら、希少で高価、あるいは持ち主にとって大切なものを見つかりづらい場所に隠すこと。
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うん、そのまんま。
確かにリンス兼シャンプーは大切だからね。
この世界にまだ広まってないものだから希少で高価なのも納得できる。
次に、称号「吸血の真祖」と固有スキル「吸血」「悪食」「真祖の風格」を隠蔽することを念じてみる。
《称号「吸血の真祖」、固有スキル「吸血」「悪食」「真祖の風格」に、》
スキル「隠蔽LV.1」を使用しますか?
YES/NO
また新しいウインドウが出てきた。
もちろんYES!
《スキル「隠蔽」のレベルが足りません。スキル「隠蔽」の使用を中止します。》
…………。
やっぱりそうだよね。
そんな簡単にいくはずないもんね。
はあ。
わたしはガックリと肩を落とした。
あと、どのくらいレベルを上げればいいんだろう。
この家に高価なのもはないし、あっても子供が触っていいような物ではないと思う。
それに下手に隠したものが仕事道具とかだったら、迷惑をかけてしまう。
隠す場所だって足りなくなるかもしれない。
……綺麗な石ころとか拾ってきて隠そうかな。
本当にそれぐらいしかできる事が無い。
しょうがない。
ちょっとずつやっていくしかないか。
そんなことを考えていると、かいつの間にかやってきたお母さんが、わたしのいる寝室のドアを開けた。
「ここにいたのね。探したわ。シャン、そろそろ貴族様のお屋敷に向かう時間でしょう?ちょっと急いだ方がいいわ。お腹が空くでしょうからこのパンを食べて行ってね。…あら?なんだか今日は髪の毛がとっても綺麗ね。きらきらしてるわ。」
「あっ、ほんとだ!こうこんな時間!ありがとう、お母さん。帰ってきたらお母さんにも教えるね!」
窓の外を見ると、太陽が真上に近いところまで迫っていた。
シャンの記憶では、いつももう少し前から出発しててると思う。
わたしの家からアンリの家までは、結構距離があるはずだった。
昨日みたいに途中まで送ってくれる事は本当に稀なのである。
急がなくては。
きれいな石ころは帰り道で探そう。
わたしはお母さんがくれたカチカチのパンを片手に、家を飛び出した。