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わたしと家族の事情

 まだ重い瞼を開くと、そこには見慣れない天井があった。

 そうだ、わたし転生したんだった。


 まぶしい。

 完全に開いた窓から太陽が見えた。

 日本だったら8時ぐらいかな?

 そのくらい太陽が傾いていた。

 

 一番端っこにあるわたしのベッドと、レンガがむき出しのひびわれた壁の一部が太陽の光に照らされている。

 昨日見えていた通り、やっぱり我が家はボロボロだった。

 わたしの服も相変わらずボロボロだった。


 ちょっと周りを見回してみる。

 わたしの家は狭く、部屋の数も少ないため、家族全員で1つの寝室を使っている。

 なので、もう誰もいないことから、家族たちは既にみんな起きていることがわかる。

 この世界は魔法があるからどうかわからないが、地球の中世は、照明の技術がろうそくぐらいしかなかったので、日の出とともに1日が始まり、日が沈むとともに1日も終わるので、朝がとても早かった。

 シャンの記憶も日の出か、それより前から始まっていることが多かった。


 今が8時だと仮定して、日の出が5時から6時だとすると、2、3時間も寝坊してしまったことがわかる。

 

 母親によって起こされていないとはいえ、この貧しい家のことだ。

 子供でも何かやらなくてはいけない仕事があったかもしれない。


 ちょっとまずいかも。

 

 よっこらせ、と日本に比べると大分高いベッドから落ちないように慎重に降りて、リビングに向かう。

 足音は立てないようにする。

 

 「……お母さん?」


 「あら、シャン。おはよう。起きてたのね。昨日は頭を打ったって聞いてたし、なんだかいつもより疲れてるみたいだったから起こさなかったのよ。うん、だいぶ顔色は良くなったわね、調子はどう?」


 「あっ、うん、大丈夫。もうよくなったよ。」


 やっぱり、この人がまだ本当の母親だとは思えなくて、わたしはまた少し戸惑ってしまった。

 この人が、わたしにとっての本当の母親になるには、まだまだたくさん時間がかかりそうだ。


 今日もくすんだ白色の髪を1束にくくって背中に流している。

 その長さは腰まで届くほど。

 たくさん働く貧しい平民には珍しく長い。

 たくさん動く仕事に長い髪は邪魔だからね。

 母親は、あまり動かない、座りっぱなしで作業をする仕事なのかもしれない。


 昨日はあまり見ていなくて気付けなかったが、くすんだ白色の髪は、小汚さが目立つもののちゃんと洗ってくしで梳けば間違いなく輝く一級品だとわかる。

 ……もったいねー!

 美形な分ますますもったいない。



 私の返事を聞いて、嬉しそうにきれいな緑の瞳が細められる。


 母親は忙しそうに皿を洗う手を止めて、昨日の夜と同じようにわたしの頬を撫でようとしたが、母親の手は、泡と水でびちょびちょだったので、わたしがちょっと避けるような動きをすると、少しだけ困ったような顔をして、手を引っ込めてくれた。

 

 きっとすごくいい人なんだろうけどな。

 ごめんなさい。


 「よかった。心配してたのよ。昨日の夕飯も食べてないから、お腹すいてるでしょ。もうできてるわ。テーブルに置いてあるから、たくさん食べてね。」


 「うん、ありがとう。」

 

 これまたボロボロな木製のテーブルまで行き、椅子に座る。

 母親はにこっと笑うと、皿洗いを再開した。


 質素なスープとパン。

 スープは若干冷めていて、生ぬるく、パンはカチカチだった。

 肝心の味は……無かった。

 ん!?と思い、もう一度確認すると、初見では気づかない位、味付けが薄いことがわかった。

 ほんのり塩の味がする。

 具材は緑野菜?らしき小さな塊が入っている。

 こちらも味はほぼ感じられない。


 たしか、地球の中世でも、香辛料やコショウとかはかなり高価だったはず。

 この世界でも調味料が高価ならこの味付けでも納得だ。


 なんだか食べているうちにお腹が空いてきたので、何も考えず無心でパンとスープをお胃に収めていく。

 

 「ねえ、お母さん。いつもみんないつぐらいに起きているの?それに、お父さんとシュウはどうしたの?」


 「うん?」


 情報収集は大切だ。

 それに、わたしが転生してから一晩も経ったのに、4人家族の内の1人しか会っていない。

 他の人の気配がしないので、今も家には母親しかいないと思われる。

 お父さんは仕事かな?

 

 「そうね……。うちはいつも太陽が出てくる少し前位にみんな起きてくるわね。シャンとシュウはもう少しあとの日もあるわ。あと、お父さんはいつもみたいに仕事よ。鍛冶屋の工房。シュウもお父さんのお手伝いについて行ったわ。夏はモンスターがたくさん出て、忙しくなるからね。」


 魔物!!

 本当にいたぁ!!!


 架空の存在だった生物。

 その生物を、魔物を倒すための剣!

 思わず興奮して、思わず椅子の上でピョンと跳ねてしまった。

 

 お行儀悪いね。

 気をつけます。


 無理矢理に、高ぶる感情を抑え冷静になる。

 きっとシャンにとってはこんな話日常茶飯事なのだ。

 だって鍛冶屋の娘だもん。

 がまんがまん。


 「お父さんって、ナイフとか小さいのしか作らないんじゃなかったの?」


 「本当はそっちが専門なんだけどね。弁当を届けに行ったらね、今は人手が足りないんだって親方に捕まってたわ。」


 くすくすと、母親が笑う。

 わたしもつられてふふふと笑う。

 なごむー。

 お弁当を職場まで届けに行くことや、この反応から、夫婦仲は良好かな。  

 家が平和なのは助かる。

 というかお父さん、お弁当忘れてたのか。


 「シュウは偉いね。そんなに朝からお手伝いするなんて。わたしは何かお手伝いすることないの?」


 あわよくば鍛冶屋の店番とかできるんじゃない?

 だって鍛冶屋の娘だもん。

 まだちっちゃいけどできることがあるんじゃないかな。

 それで壁とかに飾ってあったりする非売品の剣をじっくり眺めるのだ。


 「シャンは大丈夫よ。昨日もお嬢様の相手をして疲れてたでしょ。ところで、今日はお貴族様と遊ぶ約束はしてないの?」


 なんだか母親の雰囲気が変わった気がする。

 少し怯えているようでピリピリしている。

 わたしは昨日のことを思い出し、答える。


 「また明日ねって言われたけど、なんというか、アンリじゃなくて執事のセバさんに言われたんだよね。アンリの中では遊ぶことになってると思うよ。」

 

 「シャン、アンリ様って言わなきゃだめよ。失礼になっちゃうから。」


 早口に注意された。

 急に口調が変わって、ちょっとびっくりした。

 どうしたんだろう。

 母親は申し訳なさそうに続ける。


 「ごめんなさいね。本当はあなたにもシュウみたいに普通に友達を作って、普通に学校にいかせてあげたいんだけれどね。お父さんのお店は、あの貴族様のおかげで成り立っているの。だから、失礼をするわけにはいかないの。」


 母親の話を聞いていくと、母親が申し訳なさそうにする意味がわかった。


 父親の務める鍛冶屋は、わたしが4歳の時に1度、倒産の危機に陥ったらしい。

 商業ギルドや他の敵対する鍛冶屋にはめられたらしい。

 わたしも店のお手伝いをよくしていたらしい。


 そんな時、幼いアンリの乗った馬車が、たまたまお父さんの鍛冶屋の前を通り、店番と呼び込みをしていたわたしの珍しい色の髪の毛と瞳を、ひと目見て気に入ってしまったらしい。

 わたしが欲しい欲しいと手がつけられない位暴れたそうだ。

 とうとう折れたアンリの父親は、わたしをアンリの遊び相手にする代わりに、当時1人前の職人から毛が生えた程度の職人だった父親の鍛冶屋に、鍛冶屋を立て直して再出発できる位の大金を渡した。

 わたしは買われたのだ。


 それから今に至るまでの2年間、父親は必死に腕を磨き、今では工房の若頭にまで上り詰め、店もまだまだではあるが客足も入り始め、貴族がパトロンだと言うことでちょっかいもだされなくなった。


 道のりは遠いが、父親の鍛冶屋は、アルハレ領で今急成長している店の1つらしい。


 なので、店を守るためにわたしはその貴族様のアンリの遊び相手をするという家族にとっても店にとっても、ものすごく重要な役目を任されたということだ。


 

 これが、わたしたち家族の事情。


 いつアンリから声がかかるか分からないので、わたしは基本的にいつも貴族街の入り口に待機しているらしい。

 貴族のコミニケーションのお茶会だとか、パーティーだとか、そんなものには呼ばれないけれど、たまにアンリが客にわたしをみせびらかす時があったりもする。

 そのためわたしは、本来なら午前から読み書きや基本的な計算を習うために通うはずの教会にも通えず、めったに近所で遊べないため、友達も1人もいないらしい。

 

 母親が申し訳なさそうにする理由はこれだった。  



 この世界では、教会は寺子屋みたいなものかな?


 というか、……あっっっぶねーーーーーーーーーーー!!!!!

 アンリナイス!!!!!!


 教会に通ったら吸血鬼だって即バレだったじゃん!

 わたしがまだ生きてる理由、これだったのか!


 アンリに向かって全力で合掌したい。

 ロリータ幼女を連呼してごめん!



 「お母さん、わたしは大丈夫!全然大丈夫!毎日たのしいよ!読み書きとかは自分で頑張るし、頑張ってお友達も作るよ!だから大丈夫!心配しないで!」

 

「シャン……!ごめんね…ごめんね……!」


 お母さんの両眼から涙がぽろっ。

 ぽろぽろ。

 あっ、泣かしちゃった。

 ………えーい!


 小汚いとか、気にしてられない!

 泣かしてしまった罪悪感から、わたしは急いで椅子から駆け下り、お母さんの腰をぎゅっとした。

 端から見れば腰にしがみついてるように見えると思う。

 だって届かないんだもん。


 「シャン……!」


 お母さんは膝から崩れ落ちて号泣し始めた。

 涙はどんどん溢れて、きれいな顔を濡らしていく。

 でもわたしをぎゅっとする力は緩めない。

 お母さんは、相当追い詰められてたのかもしれない。

 

 愛だなあ。


 わたしの新しいお母さんは、すごくいいお母さんだった。

 綺麗で、優しくて、愛情深い人。

 ……本物のシャンが、もういないってわかったら、すごく悲しむだろうな。


 チクッと、胸が痛んだ。




 ……絶対、大切にしよう。

 シャンの分まで。




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