わたしと転生
剣、吸血鬼要素はまだまだ先です。
暗闇の中、わたしの意識は浮かび上がった。
「ねぇおきて!おきてー!」
幼女の声が聞こえる。
がくんがくんとすごい力で身体を揺さぶられている。
子供特有の甲高い声がガンガン頭に響いて、つらい。
頭が割れそうだ。
「おーきーてーなーのー!」
幼女(仮)の感情が高ぶってきたのか、揺れはどんどん強くなる。
……うーん、しつこい……。
いつまでたっても終わらない揺さぶりをこれ以上無視できず、わたしは目を覚ました。
「うぅ……」
最初に目に入ったのは、やっぱり幼女。だいたい6歳くらいだろうか。
さっきからの甲高い声はたぶんこの子で間違いないだろう。
栗色の髪のハーフアップと大きな青い目。
日本ではあまり見なかった色の組み合わせだ。
もし生きている時に会ったことがあるなら必ず記憶にあるはずだろう。
さらにフリルとリボンがもりもりの、ふわふわピンクロリータ。
かわいいけれど、ピンク色の自己主張が強すぎて似合ってない。
さらに、元はだいぶ整っているのだろうけど、年に合わない濃いメイクで相手に苛烈な印象を植え付ける。
メイクは、すればするほどきれいになるというものではない。
自分に似合うメイクをしなければ意味がない。
このままではかえってマイナスイメージだ。
ちゃんとすれば立派な美少女になれるのに、もったいない。
というか、日本でロリータ幼女に遭遇する確率はだいぶ低いのでは?
何より、目を引くのはその頭。
緑色のわりと大きい双葉の芽が、ぴょこんと幼女のつむじから飛び出している。
つむじの周りにピン等の留め具が見えないことから、本当に頭から生えているぽい。
でも、違和感は感じられない。
「え!?」
びっくりしてわたしはベッドから跳ね起きた。
思わず出た声は幼く、高い。
わたしの声は女性にしては珍しく低い方だった。
子供の頃だってこんなに高い声ではなかった。
少し慌てて、自分の体を見てみる。
つぎはぎだらけのボロボロな服。
痩せ細った手。歳は幼女と同じ位。
手だけでなくボロボロの服の下までガリガリで、まるで栄養失調だ。
いくら病弱な私でもここまでやせ細っていなかった。
でも、わたしの意思で握ったり開いたりできる、わたしの手だ。
そもそも、わたしは死んだはず。
あの状態から回復して寝たきりが続きすぎてこんな手になったとしても、日本の病院ではこんなボロボロの不潔そうな服を患者には着せることはないだろうし、あったらきっと潰れている。
ボロボロの服は硬く、ごわごわしていて、目の粗い素材でできている。
というか、目の前の幼女との差がすごい。
「ここ、どこ……?」
まさかと思って、周りを見渡せば、西洋風で、上品と言うよりは豪華、高価…と言う言葉の方が似合うような調度品がたくさん所狭しと置かれている部屋で、いかにも物置と言う雰囲気を醸し出していた。
明らかに現代の鉄骨ではない、レンガの壁の昔っぽい部屋の造りからもここが日本ではないことがわかった。
そんな部屋の一角の古びたベッドにわたしは寝かされていた。
埃も溜まり放題で、息をするたび埃の匂いでむせそうになる。
「シャン、やっとおきたぁ!」
ロリータ幼女はにぱっと無邪気な笑顔をわたしに向けた。
シャン?わたし?
聞き覚えのない名前だ。
でもわたしの名前だ。
あれ?
ーーーーーーーーーー突然、目の前が真っ白になった。
一気に数年分の記憶が頭の中に流れ込んだことで意識が一瞬弾け飛び、脳に直接、わたしのものではない「シャン」の記憶が焼きつけられた。
同時に、頭の中を全部誰かに見られているような不快感に襲われた。
でも不思議なことに、次の瞬間には熱さも痛みも不快感も消え去っていた。
一瞬のことだった。
流れ込んできた記憶が、目の前のロリータ幼女は貴族のお嬢様でわたしの友達だと訴えている。
これが、異世界転生というやつかな?
いや、確かに生まれ変われたら、とか考えたけれど!
こうして別人になると、改めてわたしは死んだんだ、と実感が湧いてく
る。
今頃大将はまた「だから無理すんなっていつも言ってたじゃん!」と泣いて怒り狂ってるのかな。
だめだ、考えると涙が出てきそう。
できればもっとちゃんともうみんなと会えないことを悲しみたい。
でも、もし本当に転生したなら、私はこの世界で生きていかなくてはいけない事は変えられない。
早く切り替えなくちゃ。
意識を現実に戻す。
それにしても頭痛がひどい。
わたしを転生させた神だかなんだかよ、情報をくれるのはありがたいが、情報量が多すぎて頭がパンクしそう。
体の負担って言うものをを考えましょうよ。
脳を焼かれるような痛みは一瞬で済んだけれど、余韻がまだ残っていて頭がガンガン痛む。
病み上がりにこの痛みはちょっと勘弁して欲しかった。
「ここはねぇ、アンリのおうちだよ!シャンは入ったのはじめてかな?」
そうしていると、ロリータ幼女もといアンリは、頭の双葉をぴょこぴょこいわせ首をかしげながら私の質問に答えてくれた。
そうだ、思い出した。
わたしはアンリが無茶をして木から落ちたところを受け止めて後頭部を強打したのだ。
なんとなくわかる。
多分その時「シャン」は死んで、かわりにわたしがこの体に入ってきたのだ。
「いつもはね、セバスたちがシャンは平民だから家に入れちゃダメって言うんだけどね、シャンはあたしを助けてくれたから今回は特別に入ってもいいって!」
「そ、そうなんだ…。」
アンリはすごくうれしそうに話すけど、まだ色々受け止めきれなくて、生返事しかできない。
というかそれは本人を目の前にして言ってはいけないやつのでは。
子供の無邪気さって怖い。
「あ、シャンが起きたら声掛けてってセバスが言ってたなぁ……。セバスー!セバスー!」
アンリが呼ぶと、部屋の前から声が返ってきた。
大人の、男性の声だ。
「お目覚めになりましたか。」
「うん!」
わたしが答える前にアンリが嬉々として答えた。
「そうですか。よかったですね、お嬢様。」
「うん!また遊べるね!」
セバスさんは、グレーの髪と黄緑の瞳を持つアンリの専属執事で、左耳のあたりから青々とした葉っぱが数枚生えた50代くらいの男性だった。
その眉間にはセバスさんの性格を物語るようなシワが刻まれている。
どうやら、セバスさんは最初からわたしでなくアンリに話しかけているようだった。
少しシャンの記憶を探ってみる…どうやらシャンの中ではセバスさんは怖い人、逆らったらいけない人、みたいな評価らしい。
記憶の中では、この2人が会話している時、いつもシャンは黙っていた。
「もうじき夕食のお時間です、お嬢様。その平民は他の使用人に任せますので、そろそろお部屋へお戻り下さいませ。」
「えー、アンリもっと遊びたい!」
「続きは明日にいたしましょう。夜更かしは美容の天敵でございます。」
「むふぅ……」
アンリはまだ不満そうだったけれど、美容の天敵、と言う言葉には勝てない性格だった。
まだ美容とか、気にする歳じゃないのに。
意識が高い系幼女なんだな、と心の中でわたしは感心した。
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私が暮らしているハルアレ領は、中心部に領主様の家、その周りを領主様の部下の貴族街が取り囲み、さらにその周りを一般市民の街が取り囲み、その一般市民の街をスラムが取り囲んでいて、中心部に近づけば近づくほど豊かになっていき、端っこに行けば行くほど貧しくなっていく仕組みである。
形としては、○4つが重なっている構造になっている。
また、1番広い街から、市民街→貴族街→スラム→領主宅の順になっていて、同じく人口も多い順から、市民→貴族→スラム→領主一族となっている。
ちなみに、同じ街でも格差は存在し、やはり中心に近づくほど地位が高かったり、お金持ちだったりする。
よって、より中心部に近いところにす住む事はステータスになるのだ!
その後、わたしはアンリの家の使用人によって、貴族街から市民街の入り口まで馬で送り届られた。
お友達とは言え、アンリは私のために馬車を動かしてくれなかったらしい。
シャンの記憶から察するに、アンリの脳内は既に夕飯と美容の、楽しいことでいっぱいだと思われた。
そんなわけで、ユイは茶色の馬に2人乗りでパッカパッカと送ってきてもらったのだ。
初めての馬は想像以上に大きくて、上下に揺れた。
使用人につかまっていなければ、落馬していたに違いない。
それでも楽しかった。
以前であればすぐに体調を崩してしまうところなので初めてとも言えるスポーツに胸が高なり、今の状況さえ忘れて楽しんでいた。
貴族街の大きな屋敷や、豪華な別荘や、街の所々に花が飾られていたりしていて、見ていて飽きなかった。
使用人は終始無表情で、一言も会話はなかったけれど。
使用人は入り口につくと、ユイを下ろしてさっさと帰ってしまった。
……ユイがしがみついた時、露骨に嫌な顔したのは見間違いじゃなかったとユイは確信した。
「……これ、アレだわ。」
身分制社会、と言う奴ではないだろうか。
貴族と平民、で身分差があるのは納得できる。
生まれ持った役割の重さは生活の質に反比例するからだ。
でも、今日ユイが見た貴族やその使用人たちの態度は、明らかに差がある位のものじゃなかった。
もしかして、アンリの一言で、わたしはどうにでもなってしまう存在なのかもしれない。
……アンリに加虐性とか暴力的趣味がなくてよかったー!
まだわからないことが多すぎる。
やっちゃいけないダブーとかも結構あるかもしれない。
それに、明らかに地球の人々にはなかったもの。
頭に生えている葉っぱ。
アレは一体何なのだろうか。
シャンの記憶をたどってみればわかるかもしれない。
今のところわたしが見た人全員に生えている。
もしかしたら私にもあるかもしれない。
でもちょっと怖いから今は触らない。
記憶を整理する必要があるなぁ。
わたしは入り口からまだ1歩も動いていなかった。
幸い、入り口から家までの帰り道はわかる。
市民街の入り口からシャンの家までは子供の足ではだいぶ距離がかかる。
それに慣れている事は、ここに置いてかれるのもシャンにとってはよくあることなのかもしれない。
それってつまり……シャンはだいぶ体力あるのでは?
シャンの体がユイの体より頑丈であればーー今度こそわたしも剣で戦える日が来るかもしれない!
向こうに置いてきてしまった人たちには悪いが、この手で剣が振れることを考えると、ニマニマが止まらなくなってしまう。
ごめんなさい。
もう日は沈みかけ、辺りは暗くなり始めていた。
いつもよりだいぶ遅くなってしまった。
晩御飯の時間だ。
そろそろ帰らなくちゃ。
そう思いユイは覚えている家の方向に走り始めた。
が、すぐに息切れを起こし、歩いてしまうのだった。