【 8 】
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舞台で両腕を広げ、集まるアーク灯の光の中で僕は
『 ─── 離れはしない! 』
と叫ぶ。 はい暗転来た。 講堂全体が、一斉に暗くなる。
もう一度。 『 離れはしない! 』 ほら暗転。 ぴったりだ。 僕のセリフがトリガーになっているせいか、魔法の呪文みたいでちょっと気持ちいい。
上演直前にすべり込ませた新規演出という特殊な事情はあったが、全暗転キスシーンはどうやら心配なく劇の一部になりつつある。 その部分だけをピックアップしての練習がノーミスで出来るようになったのは勿論、劇全体の進行を通して見ても、前後の流れを壊さず自然にまとまっていた。
「 君、楽しそうね 」
舞台中央で僕と向き合っている先輩が、暇そうに絡んできた。 あれから数日経って、腕組み威圧にも飽きてきたみたいだ。 今は本番と違って講堂の窓にカーテンを掛けていないから、ライトを消しても外からの明かりで暗さの効果は中途半端だった。 先輩が無意味に体を左右にゆらゆらさせているのが見える。
「 た ー の ー し ー い ー ? 」
暇そう、と言うより彼女の場合は本当に暇だった。 暗転入りのセリフに気を張る僕と違って、する事がない。
本来ならこの後で、ヒロインには主人公と抱きあって感動的な ( 実際にしないとは言え、キスとセットになった ) 名場面が待っているはずだったから、注がれてきて結果として無駄に終わってしまった熱意と現在の落差はかなり大きい。 表現の機会を失った無念さは先輩にしか分からないもので、他の誰かが軽々しく想像する事はできないだろう。
「 あのさ 」
窓の光を振り仰いだ先輩の横顔が見せたシルエットの寂しさと繊細な美しさに、僕は思わず目を見開いた。
「 ‥‥‥ 暗転してる間、舞台に私がいる意味ってあるのかな 」
一時的に作り出された半闇の中で、金髪を微かに光らせた少女は静かに自問する。
ここで無責任に、 あります、 と口出ししてしまうのは簡単な事だ。 でもそれは、先輩の葛藤が小さなものだと決め付けるのに等しい。
僕は無言を貫くしかなかった。