表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インビジブル・ラブネス  作者: a10 ワーディルト
5/32

【 4 】


    【 4 】


「 妥協するしかないですね 」

 誰も言い出せなかった結論を、おそらくキス禁止令を言い渡された職員室からこの講堂までを戻って来るあいだ中、ずっと考え抜いてきたであろう副部長がはっきりと口にした。

「 !! 」

 敗北宣言とも取れるその声に反応して物凄いスピードで振り返った先輩のウィッグが激しく乱れて顔のほとんどを覆い隠し、金髪の隙間から片目だけがギロリと覗く格好になる。 普通にしていれば表情豊かでぱっちりとした大きな瞳は彼女が持つ魅力のひとつだが、こんな状況では殺気の発信源でしかない。 ステルスゲーなら射程外の敵にも気付かれるレベルです先輩。

 かすかに 「 うぬぅ ‥‥‥ 」 と不満そうなうめき声までが絞り出されてきて、どう見ても絶対反対だと判る姿になっている。 鬼 、キスの鬼だ。 怖い。


 だが、副部長は眼鏡レンズ反射バリアを駆使して表情を消し、ひるむことなく冷静に続けた。 ‥‥‥ よく見ると少し震えてるし、正確には先輩にではなく先輩の足首に話しかけてるけど。

「 こっここは全暗転を使う、という事でどうですか。 主人公とヒロインは、向き合って互いの顔を近付ける。 台本通りに、です。

 そこまで進めたら、全部の照明をすーっと落とすんですよ。 非常口の誘導灯や機器類のインジケーターも、黒幕でその間だけ隠してしまいましょう。 そして真っ暗な中で一拍置いてから、また明るさを戻してキス後の会話シークエンスに入るんです ─── 二人はキスを見せない。 その代わり、観客にキスを、想像、させる。 そういう流れにしましょう 」


「 う、うぅ ‥‥‥ 」

 身構えている先輩が緊張を解いていく様子から察すると、これは副部長に渋々ながらも同意を示す、肯定的うめき声らしい。


 全暗転。 舞台だけでなく、観客席を含む劇会場全体を暗くする演出法だ。

 舞台はほとんどの場合その直前まで皓々(こうこう)と照らされているから、明暗の差が生む効果は日常の生活で室内を消灯したりする時などよりも大きい。

 平たく言えば、観客は突然光を奪われてしばらく何も見えなくなる。


 確かにその案は、次善の選択肢としては悪くなかった。 何より、この方法だと台本の手直しを人物の動きと照明の演出変更だけに留めることができる。 現実問題として、今からきっちり整合性を保ったキス無しバージョンの膨大なセリフを書き起こすのは無理というものだ。

 周りの部員にも台本をめくって小さなうなずきを示す数人の顔が見られるのは、これなら演出改変の影響は小さいぞ ‥‥‥ という事を確認しているからなのだろう。

 劇での役割りや受け持ちが同じ後輩に、小声でこのアイデアの利点を説明している上級生もいる。 雰囲気としては高評価な感じだ。


 そんな中で一応落ち着きを取り戻した先輩は頭をぐりぐりして雑に髪の流れを直すと、それでもどこか不満そうな腕組みポーズで、唯一の味方を探し求めるみたいにじっと僕の方を見た。

「 君はそれでいいのかな 」


 あ。 こっちに振られた。

 えっはい、えーと、上演をまず第一に考えるなら ‥‥‥ と慎重に言葉を選び選び、僕は副部長の解決策に賛成する。


 これについては、僕の方にも別の事情があった。


 文化祭が近付くにつれて校内に演劇部の演目と配役が知れわたってしまい、どうやら劇の中で先輩とキスできる許せない奴がいるらしいという話題で、クラスメートや一部の男子上級生は事あるごとに妬み半分で僕をからかい始めていたのだ。

 そんな興味本位の話題に対して、副部長が先生に説明して回ったのと同じように、リアルのキスなんてしませんよするわけないだろしないよしねえってしつけえんだよテメエ、と何回否定したか数えきれない。

 無駄に背が高いのが幸いしたのか、あからさまな嫌味やイジメ的な行為は無かったのだが、平凡な高一男子としてそういう自分の立ち位置がちょっとだけ重荷になっていた僕からすると、この新しい演出で注目シーンのハードルが低くなるのは正直ほっとできるところもあった。

 変更は学校側が決めた事だし、劇を丸ごと上演中止にしろというほどの乱暴な指示でもないし、ついでにそんな消極的な理由も手伝って、‥‥‥そのシーン、副部長の言うように暗転への演出差し替えがいいと思います ─── と僕は続けていた。


「 ‥‥‥ 」

 話の文脈から早々に結論を悟った先輩は僕からぷいっと顔ごと視線をそらすと、言い終わりを最後まで待つことなく 「 まあ君がそれでいいって言うなら私もそれでいいし別にいいんだけど 」 みたいな事をぶつぶつぼやきながら、折りたたみ式の半身鏡にかがみ込んで前髪を整え始める。

 多少、いやあからさまにブスっとした顔つきではあるけれど、形としては折れてくれたみたいだ。

 心の中で説得成功のガッツポーズを取っていそうな副部長が、天井の演壇用アーク灯を仰いで小さく息をついた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ