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インビジブル・ラブネス  作者: a10 ワーディルト
3/32

【 2 】


    【 2 】


「 ふーん。 君が主人公やるんだ 」

 夏休み直前、期末テスト明けに開かれた配役ミーティングで部員それぞれに演じる担当人物が決定した日、先輩は 『 この世にこんな下級生いたのね 』 と言いたげな表情で僕に近寄って来ると、「 ふーん。 ほほう。 へー。 ふむふむ 」 みたいな声と一緒に時々爪先立ったり前かがみになったりしながら、僕の体のかなり近くを尋問前のゲシュタポ風にゆっくり一周した。

 ランナー用の青い極細カチューシャが、セミロングより気持ち長めにした先輩の深黒い髪を飾り気なくまとめている。 肌は遠めにうかがい見ていた時の勝手なイメージとは違って意外に少し日焼け気味で、それが活発そうな眉と、知的なラインを描く鼻梁の陰影を明るく健康的に際立たせていた。

 やがて先輩はくすっと笑うと僕の正面で向き合い、値踏みするように少し首を傾げてから、さらにぐっと一歩、間を詰めて来ると眼と眼を合わせたまま 「 それじゃ別れのキスシーン、私は君としちゃうってことね 」

 ─── 何げなさそうに、パイナップルミントの息でボソリとつぶやいた。


 緊張で少しどもり気味によよよろしくお願いしますと言いかけていた僕はそのひと言にびっくりして、思わず挨拶の言葉を飲み込んで先輩の唇を凝視ぎょうししてしまう。


 あーっ、そうだそうなのそうだよそう言えば、と今さらだが思い至る。 この劇って、主人公とヒロインがキスするとこあんじゃん ‥‥‥ ! ! て事は ! するのキス ?!


 そこは最も有名なシーンだ。

 戦場へとおもむく主人公と故郷に残されるヒロインが、別れ際に初めての口づけを交わす場面だった。 物語前半のエピソードはその瞬間に向かって収斂しゅうれんして行き、後半においてはそれを感情的背景として登場人物たちが終幕へと導かれる。

 映画化された作品のポスター類などは、ほとんどがそのシーンをモチーフとしてデザインされているはずだ。

 極論きょくろんするなら、これは恋人たちがキスして戦争して泣ける劇ですよと言ってもいいかもしれない。

 キス ‥‥‥ っ ‥‥‥ !


 あせりまくる僕の反応をちょっと楽しそうに見守っていた先輩は、いかにも年上のお姉さん然とした余裕ある態度で気づかうように微笑んだ。

「 本当にキスするわけじゃないよ。 私と君は抱き合ってからくるっと回って、少し角度を変えるの。 私は、客席に背中を向けて立つ君の後ろに隠れる事になってるわ 」


 えっ ‥‥‥ 。 ‥‥‥ じゃ ‥‥‥ なんちゃってキス ? フェイクキス ? 嘘キス ? VRキス ?


「 がっかりした ? 」

 あれ。 なんか今の会話で上下関係が確定してしまった気がする。 まあ最上級生ヒロインと低レベル一年の僕の立場じゃ、それが当然ではあるんだろうけど。

「 ねえねえ、がっかりした ? 」 先輩、容赦なく追撃。

 自覚できるくらいポカンとした顔からなんとか復帰した僕は平静を装って、いえ別に ‥‥‥ と応じるのが精一杯だ。 その言い終わりに先輩の大人感アップな 「 フフっ 」 が被せられて、上下ギャップはさらに広がった。

「 凡コメントだね。 君って、とことん普通なタイプの一年生 」

 でもそういう性格の方がこの役には合ってるかもしれない、頑張るのよ、と言い置いて、先輩は立ち去って行く。


 ま、高校生の部活演劇だしそんなもんだろうな、と僕は納得し、肩すかし感と安堵とパニック恥と草原号泣疾走欲求をやわらげるため、心の嘘記憶に 『 知ってたし 』 と付け加えた。


 なんちゃってキスかあ ‥‥‥。 いえ別に、いいんですけど。



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