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インビジブル・ラブネス  作者: a10 ワーディルト
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【 1 】


    【 1 】


「 ここはキスだよ! キスするの! この劇で一番大事なシーンなんだから、校長の通達なんて関係なく、当然の流れとしてキスになるんだよ! それ以外、考えられない! キス! キ ── ス ────!! 」

 ヒロインの役を演じる先輩は罠にかかった猛獣が暴れるみたいな勢いでそうわめいて、軸足を支点に体を回転させながら講堂の床を怒りにまかせ何度も踏み鳴らした。


 傍らにポツンと立っている相手役の僕にも、彼女の全力ストンピングが生み出す殺人的な振動がズシズシ伝わって来る。

 キスさせやがれと先輩が足をひと踏みするたび、その動きにつれて頭に仮付けされている金髪のクリップウィッグ( 房に小分けされた演劇用カツラ )だけは優雅に波打った。


 キャラ崩壊だ。 先輩その役、悲しみに耐えて気高く生きる貴婦人の代名詞なんですけど ‥‥‥。 着付け作業を買って出てくれている服飾研究会の女子生徒があまりの剣幕に当てられて、先輩のために用意された濃紺のラバノワドレスを広げかけた状態で固まっていた。 怯えきった他の部員、特に上級生の人たちが、チラチラ僕に視線を送って来る。 お前、主役として何とかしてくれよって目だ。 うーん。 ダメ元で、まあまあ落ち着いてください、って軽くなだめてみようかな。 ズシン。 いや無理です危険です。


 劇のリハーサルは大詰めの段階に入っていて、もう多少の個人的な不満や意見は胸にしまい、今は各人が演技の総合的なすり合わせを行なうべき時だ ‥‥‥ とは言え、上演寸前までこぎ着けた劇作りを、堅苦しい横やりで突然に邪魔されてしまった先輩がダークフォース感にあふれた激情を爆発させるのも無理はない。

 いつもは演劇部のリーダーとして部活動全体のバランスに目を配る人だが、事が学校からのクレームごときが原因であっさり変更されてしまう劇の演出となると話は違ってくる。 社会的には半分子供扱いの高校生ではあっても、一人の女優としては決して譲れない矜持きょうじにも似た部分が出て来るのだろう。

 今がそうだった。


 間近に迫った今年の文化祭、そこでの劇は、先輩を始めとする三年生の演劇部員にとっては高校生活で最後の作品発表の機会となる。 悔いの無いよう、出来る限り納得いく物に仕上げようとするのは当然だった。

 特に先輩は今回の上演を自分の学年だとか部長としての立場だけでなく、入学してから今まで、同好会落ち寸前の弱小集団だった演劇部を盛り上げ育ててきた彼女自身の集大成としても位置づけているようだ。 熱意が違う。


 演目は一般にも広く知られる戯曲で、王道恋愛もののジャンルでは定番のひとつだ。

 愛し合う男女が戦火に引き裂かれ、主人公の男は戦いの中で落命し、残されたヒロインは人生を一人で強く生きていく ─── 何度か映画化もされている筋立てのはっきりした物語だから、観客は展開や伏線に気を配る必要がない。 気構えなく、誰でも一度は何かの形で見た事のある場面の数々を楽しんでもらう ─── そういう趣向だった。


 主人公役は、一年生にも関わらず、この僕に任される事になっている。 理由は単純で、男子部員の中で一番背の高いのが僕だったからだ。

 そして、先輩がもう一人の主役とも言うべきヒロイン役をつとめるのは、普段からの圧倒的な校内注目度を考えればこちらは順当な人選と言えた。

 " 金髪の美少女 " という原作設定通りの役作りにも無理を感じさせないほどに整った顔立ちで、しかもスラっと脚の伸びたプロポーションに恵まれた先輩は舞台映ぶたいばえがするという意味ではこの劇のヒロインとして理想的と言って良い存在だが、ただでさえ男子に引けを取らない背丈に加えて、今作ではドレスをまとう役柄に合わせ、ヒールタイプの靴をコーディネートする必要がある。

 相手役に求められるのは経験や演技力よりも、まず第一に、舞台で並んだ時にヒロインと釣り合うに十分な身長というわけだった。



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