97話 王都脱出③~パーティ・メンバーが増えると、高い確率で喧嘩になる。
──サラ──
エトセラはダメージ0も、傷ついた顔で戻って来た。
「あう。いきなりモノを投げてくるなんて、酷いよ」
サラは、ハッとした。敵は犬である。
では、犬の弱点とは何か。
サラは、近くに落ちていた棒切れを拾い上げ、遠くへ投げる。
「さぁ、ワンちゃん! 拾って来なさい!」
隣でルーシーが、残念な様子で言う。
「サラちゃん。さすがに、そんなので引っかかるはずが──」
エトセラが嬉しそうに吠えながら、棒切れを追いかけていった。犬の本能には逆らえなかったらしい。
とはいえ、飼い主であるアデリナが近くにいれば、こんな体たらくは晒さなかったのだろうが。
ローラが指示を出す。
「では、いまのうちに王都脱出に戻ります。私に続いてください」
走りだそうとするローラの前に、クルニアが立ちふさがった。
とっさにサラは思う。
(これは問題かもです!)
クルニアが言う。
「貴様、冒険者ギルドの受付係だな。ポーラといったか」
「ローラです。お久しぶりですね、クルニアさん。お話の続きは、王都を脱出してからでも、よろしいでしょうか?」
しかし、クルニアは動かない。
「貴様、以前スキャン魔法をかけられたときは、ステータス表示を偽っていたのか」
「ええ──現在のステータスが本物です。驚かれたでしょうが」
「驚いたというより、不愉快だな」
そう言ってクルニアは、戦闘槌をローラへと向ける。
「貴様は、敵だな?」
瞬時に、空気が張り詰めたものとなる。
ルーシーが、ローラのすぐ後ろまで移動する。戦闘が始まったら、補佐できる位置だろう。
ローラは困ったように言う。
「半日前は敵でしたが、今は味方なのです。信用ください」
クルニアは納得していない。
「そんな戯言が受け入れられるか」
ハニが、クルニアの傍まで移動した。いざ戦闘が始まれば、ハニはクルニアに協力するだろう。
ハニの表情からして、そうなることを望んではいないようだが。
ローラは、刃のない柄を持ち上げる。ルーシーが〈神刃剣〉と呼んだ、謎の剣を。
そして、冷ややかな口調で言う。
「クルニアさん、喧嘩腰なのは困りますね。あまり邪魔するようでしたら、あなたを討伐しても、よろしいのですよ」
クルニアがニヤッと笑う。
「やってみろ。GODランクのお仲間は、私が仕留めたぞ」
「……なるほど。バラスさんを殺害したのは、あなたでしたか。これは見過ごせませんね」
一触即発の事態だ。
しかし、サラが抱いていたのは苛立ちだった。ゾンビ討伐クエストのころだったら、オロオロして終わりだったろう。
だが、いまのサラは違う。さまざまな修羅場をくぐってきたのだ。
そんなサラは、ローラとクルニアの間に割って入った。
まずはクルニアに、鋭い視線を送る。
「クルニアさん、よく聞いてください。魔王城は、アデリナの手に落ちました。大魔導士マラヴィータも、いまやアデリナの配下。頼みのラプソディさんは、消息不明です。そして、わたしたちは敵の追跡を受けているのです。こんなところで、争っている場合ではありません」
それからサラは、鋭い視線をローラへと移動する。
「ローラさんも、大勢を見誤らないでください。リウ国の中枢である王城は、いまやアデリナの支配下にあるのですよ。それに冒険者ギルド自体が、アデリナに壊滅されたのでしたよね。ですのに、こんなところで戦っている場合ですか」
サラは一歩後退した。
「クルニアさん、ローラさん。望まずとも、いまや我々は同じ船に乗っているのです。アデリナを倒さねば、未来はありません。リウ国も、ルーファ国も。いえ、それよりも──この世界の危機です」
自分で口にしながらも、サラは戦慄した。
まさに、その通りなのだ。
たった1日のうちに、アデリナは全てを変えてしまった。
冒険者ギルドを使い、レイのパーティを追いつめた。仲間は離散し、中心となる2人──レイとラプソディは、安否不明だ。
冒険者ギルド自体も、壊滅したという。さらに第二王子コヒムを操り、王城をも支配下に置いた。そして、ルーファ国では魔王位を簒奪した。
しかし、これでアデリナの計画が終わったとは思えない。
その反対だ。これは始まりに過ぎないのだ。
サラは、そう確信していた。
「さぁ、お二人とも、仲直りのハグをしてください」
クルニアとローラは、冗談じゃない、という顔をした。
しかし、サラは許さない。
「早くしてください。これは〈聖なる乙女〉命令です」
仕方なそうに、クルニアとローラはハグする。
とりあえず、休戦協定だ。
ルーシーが感心したように言う。
「サラちゃん、凄いリーダーシップだよ。いまばかりは、ローラも負けたね」
ハニは誇らしそうだ。
「そうだよ。サラは、本気だしたら凄い子だよ」
ローラは神妙な様子で、言った。
「申し訳ございません。私としたことが、頭に血がのぼってしまいました。お恥ずかしい──そこでサラさん、折り入ってお願いがあります」
「はい?」
「この即席パーティのリーダーは、あなたに努めていだたきたい」
「え! そんな、わたしなんかが──」
「いいえ。サラさんが適任でしょう。理由は、2つあります。私がリーダーでは、魔族サイドが納得しないでしょう。ですが、私とルーシーも、クルニアさんがリーダーでは、指示に従う自信がありません。サラさんならば、そのような軋轢が生まれることはない。そして、何よりも、サラさん。あなたには、生まれもったリーダーの素質がある」
「ですが、わたし達のパーティのリーダーは、レイさんです。これは譲れません」
ハニが提案する。
「それなら、レイとラプソディ様が戻るまでの、代理のリーダーでいいんじゃないかな? クルニアさんは、どう思う?」
クルニアは肩を揺すった。
「私は構わん。私は軍勢を指揮するのは慣れているが、このような小規模パーティでは、また勝手が違うからな」
ルーシーが挙手した。
「あたしもOKだよ」
サラは決断した。
ローラの言うことは正しい。誰かがリーダーを務めねばならないのだ。少なくとも、王都脱出に成功するまでは。
サラは頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします」
刹那、天空から飛来するものがあった。
巨大な黒い龍だ。
サラは一瞬、黒龍ムシャムシャかと思った。しかし、形状が違う。こちらの龍は、黒龍とは違って、蛇に似ている。
それにどうも質感が、生物ではないようだ。
「あれは黒い雲ですよ──魔雲で造られた龍です!」
魔雲の龍が滑空して、サラ達を狙う。
サラは〈ホーリー・シールド〉で、全員をガードした。
するとクルニアが〈ホーリー・シールド〉を足掛かりにして跳び、戦闘槌を魔雲龍に叩きつける。
「〈魔劣斬〉!」
魔法を破壊する一撃で、魔雲龍が墜落した。
クルニアは着地。
魔雲龍の残骸から現れたのは、マラヴィータだった。
「若いころのようには、いかんな。わしの〈クラウド〉魔法の動きも、だいぶ鈍ってしまった」
ローラが顔をしかめる。
「追いつかれましたか。さすがに長話が過ぎましたね」
クルニアは、ハニに問いかける。
「マラヴィータの爺さんがアデリナ側に回った、というのは本当なのだな?」
ハニは戦闘体勢を取りつつ、言った。
「うん。残念ながらね」
「ならば、都合が良い。ここでマラヴィータを仕留めて、アデリナの戦力を削るとしよう」
ローラが注意する。
「パーティの決断をするのは、サラさんですよ」
「……分かっている。サラ、どうだろうか?」
さっそく大きな選択を迫られた。
サラは、考える。
敵は、マラヴィータとエトセラの2体だ。
クルニアも加わったこのパーティならば、勝てるのではないか。
だが、サラは何かが引っかかった。
なぜ、マラヴィータは追いついて来るまでに、こんなにも時間を要したのか。先ほどの魔雲龍による移動ならば、もっと早く現れてもおかしくなかった。
(つまり、追跡を始める前に、別の作業をしていたのですね──そう、たとえば援軍を呼んでいた、とか)
「──敵の援軍が駆け付けてくる可能性が、高いです。ですので、わたしの指令は撤退です。少なくとも、戦うのでしたら、王都の外です」
ローラが剣を取り換える。刃のない剣〈神刃剣〉から、刀身が極端に曲がった剣へ。
「では、こちらを使いましょう。皆さん、私の近くへ、どうぞ。いきますよ、〈跳躍剣〉」
ローラが、刀身の曲がった剣〈跳躍剣〉を振るう。
とたん、サラ、ローラ、ルーシー、ハニ、クルニアは、別の場所にいた。
サラは感嘆する。
「ローラさん、空間転移ですか?」
「ええ。ですが、300メートルしか転移できない上に、連続使用も不可能です。ワープ系魔法には、及びませんよ」
確かに、まだ王都内であることには、変わりがない。
サラは次の指示を出す。
「ハニさん。皆さんに〈スピード・スター〉をかけてください。王都の外まで、駆け抜けます」
そのときだ。
夜空を飛ぶ黒い影を、サラは見たような気がした。
(いまのは──蝙蝠でなければ良いのですが)




