96話 王都脱出②~撤退戦では相合傘。
──サラ──
路地を駆ける中、黒雲が追いかけて来る。
大きさは、建物くらい。それが高度10メートルの低空飛行にて、高速で追跡してくるのだ。
どう考えても、自然のものではなく、魔法で造られた黒雲だろう。
マラヴィータの魔法が造り出した代物だ。
ならば、そんな魔雲が降らす雨も、無害ということはないだろう。
気絶したハニを抱えているのに、ローラのスピードは速かった。
サラとルーシーは、置いていかれまいと精一杯に走る。
その中で、サラは振り返りざま、〈ホーリー・アロー〉を魔雲に放った。しかし、聖なる矢は黒い雲に飲み込まれるだけだ。
サラは首を傾げる。
(〈ホーリー・アロー〉は、闇属性の魔法に効果覿面のはずですが──魔雲は、闇属性ではないのかもしれませんね)
前方を行くローラが、右折した。
サラが疑問を口にする。
「王都から出るには、直進コースのほうが早いですが」
並走しているルーシーが言った。
「ここを直進すると、夜中も賑わっている地区に出るから。市民を巻き添えにしない配慮だと思うよ」
サラは、自分を恥じた。そんなことにも考えが及ばないとは。冒険者として、ローラから学ぶことは多い。
そんなローラに抱えられていたハニが、目覚めたようだ。何やら暴れているのが、後ろからでも分かる。
(……ハニさん、いまは辛抱してください)
「サラさん!」
ふいにルーシーからの警告の声を受け、サラはハッとした。ついに魔雲に追いつかれてしまったのだ。
サラとルーシーの上方を、分厚い魔法の黒雲が覆ってくる。
サラは〈ホーリー・シールド〉を発動し、それを傘のようにして差した。
「ルーシーさんも、こちらに」
「ありがと」
相合傘して走る。魔雲からは、雨が降り出した。
一見、ただの雨滴だ。しかし、やはり違った。雨滴の落ちた路面が溶け出したのだ。物体を溶かす雨滴。それが大降りとなった。
(ですが、〈ホーリー・シールド〉を差している以上は、安心です)
刹那、魔雲から稲妻が放たれる。
この稲妻には、〈ライトニング・ブラスト〉5倍クラスの威力があった。直撃を受けた〈ホーリー・シールド〉に穴が開いてしまう。
ただ幸いなことに、稲妻そのものは〈ホーリー・シールド〉で防げた。
問題はシールドにできた穴から、物体を溶かす雨滴が降り注いで来ることだ。
「あっ!」
ルーシーが片手を突き上げる。
「大丈夫──〈祈りの25番:灰の盾〉」
ルーシーから放たれた煙霧が固まり、一種の魔法障壁と化す。これが溶ける雨滴から、サラとルーシーを守った。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
「あの、ルーシーさんの魔法は、とても変わっていますね」
「そうだね。魔導神官の魔法は、一般的な魔法系統とは異なるから。遠い昔に主流から枝分かれして、独自に進化してきたとか」
魔雲から身を守っていたため、自然とサラとルーシーの速度は落ちていた。
ローラが、ハニを抱えたままで、戻って来る。ハニは「こら、ボクをおろせ!」と暴れているが、ローラは無視していた。
「お二人とも、道草を食っている場合ではありませんよ!」
ローラが大声を出したのは、サラとルーシーのまわりだけ、魔雲によるザアザア降りだからだ。
つまり、雨音がうるさい。
ルーシーが不満そうに大声で返す。
「道草なんか食ってないよ! マラヴィータの魔雲に捕まっちゃったの! 物体を溶かす雨を降らしてきて、困っているわけ!」
「それでしたら──」
ローラが〈竜殺し〉の大剣を、一閃。飛ばした斬撃の衝撃波が、魔雲を吹き飛ばす。
しかし、吹き飛ばされた魔雲は、はじめこそ散り散りになったが、10メートルほど後退した地点で修復してしまった。
「面倒な魔法ですね。黒雲は破壊できず、その雨滴は物体を溶かす。市民が巻き込まれたら、犠牲者は大勢でるでしょう」
サラが提案する。
「ローラさん、〈スキル殺し〉の長剣を使われては?」
「残念ながら、〈スキル殺し〉で無効化できるのは、必殺技・特殊スキルだけです。魔法には効果がありません」
こんなときだが、サラはあることを考えた。
ローラの〈スキル殺し〉ならば、アデリナの〈パーフェクト・キャンセル〉も無効化できるのだろうか、と。
〈パーフェクト・キャンセル〉は、特殊スキルであるため、理論上は〈スキル殺し〉で無効化できる。
ただし、〈パーフェクト・キャンセル〉が先んじて、〈スキル殺し〉を無効化してしまうかもしれない。
このように、双方の能力で矛盾がある場合は、発動してみないと結果は分からない。
ちなみに、初回特典時のサラの〈純白ラ界〉は、〈パーフェクト・キャンセル〉で無効化されることはなかったが。
いまだローラに抱えられていたハニが、言った。
「ボクに考えがあるよ。とりあえず、ボクを下してくれるかな!」
ローラに下ろされると、ハニは不満そうに言う。
「無力な受付係だと思っていたのに、まさかキミがGODランクだったとはね。精霊玉でボクのランクを見たとき、あんなに驚いていたけど。あれも演技だったわけだ」
「いえ、演技ではありませんよ。ハニさんは、第1職業がSSSランク魔導士、第2職業がAランク格闘家でしたよね。わたしは第1職業こそGODランク剣士ですが、第2職業はIランクの料理家です。第2職業もAランクとは、さすがですよ」
サラはふと思った。
(Iランクの料理家……Iランクなんて存在したのですね。それはもう、一般レベルよりもマイナス数値なのでは?)
魔雲が再び向かってきた。
サラは、いつでも〈ホーリー・シールド〉を出せるようにしてから、言った。
「ではハニさん、お願いします!」
「了解。──〈ゴッド・フレイム〉!」
ハニは、塔のごとき火柱〈ゴッド・フレイム〉を、斜め方向へ射出する。結果、火柱はまっすぐ、魔雲へと伸びて行く。
ローラが指摘する。
「無駄です。〈ゴッド・フレイム〉の直撃では、魔雲は消滅できません」
ハニが鋭く言い返す。
「誰が直撃させるって、言ったのさ。『拡散』!」
刹那、〈ゴッド・フレイム〉が先端から、どんどん広がっていく。ついには火炎の巨大な膜となって、魔雲全体を包み込んでしまった。
「ふぅ。これでボクのMPが切れるまでは、マラヴィータ様──じゃなくて、マラヴィータの魔雲は、火炎膜の中だ」
ルーシーが拍手した。
「やるね、君!」
ローラが指示を出す。
「さあ、いまのうちに王都脱出を──」
そのときだ。4人の真上を、黒い影が飛び越えた。
その影は、先回りした地点に着地する。モフモフした小型犬が。
エトセラだ。
「追いつかれましたか。止むを得ません。皆さんはお逃げください。ここは、私が足止めしますので」
そう言って、ローラは大剣〈竜殺し〉を手放した。〈竜殺し〉は、複数の剣に混ざる。
その中から、ローラが新たに右手に握ったのは、刃のない剣だった。
すなわち、柄だけなのだ。
サラは小首を傾げる。
「ローラさん?」
ルーシーが低い声で言う。
「ローラ、〈神刃剣〉を出したということは──全力で行くつもりだね」
ローラがうなずく。
「マラヴィータが追い付く前に、エトセラを倒さねばなりませんので」
そのときだ。
どこからともなく、物凄い速度で、戦闘槌が飛んで来た。エトセラに激突し、吹っ飛ばしてしまう。
それから戦闘槌は、ブーメランのようにして、戻って行く。
その先には、クルニアが立っており、戦闘槌をキャッチした。
サラたちを見るなり、クルニアは首を傾げる。
「女子会の最中か?」
サラは律儀に答える。
「いいえ」




