83話 討伐対象『魔王の娘』⑮~第二形態。
ハニとサラからの討伐宣言に対し、プライドの高いルティがブチ切れる。
「劣等種族どもが、わらわを侮辱するか! 最後の一滴まで、血を吸いつくしてくれるのじゃ!」
サラは、ルティの御託を聞いてはいなかった。すでに〈ホーリー・アロー〉の呪文詠唱を始めている。
〈ホーリー・クロス〉が使えれば、ルティに大ダメージを与えられただろう。黒龍ムシャムシャさえも撃破した、強力な白魔法だ。
ただ残念なことに、今のサラはまだ使えない。
そこで次に強力な〈ホーリー・アロー〉だ。
詠唱完了と同時に、サラは〈ホーリー・アロー〉の聖なる矢を放つ。
このとき、ルティとの距離は、20メートル。
ルティが刀を構え、聖なる矢を待ち受ける。
「無駄じゃ! オリハルコンの刀身は、すべての魔法を無効化するのじゃぞ!」
「その刀身に当たれば、ですよね」
サラが指先を動かす。
刹那、聖なる矢の軌道が変わる。矢は、オリハルコンの刀身をかいくぐって、ルティの右足に突き刺さった。
「な……んじゃと」
「〈ホーリー・アロー〉は、軌道の操作が可能です。さらに、一発目の詠唱だけで、あとは好きなだけ連射ができますよ!」
サラは〈天使の杖〉で狙いを定めて、〈ホーリー・アロー〉を連射。聖なる矢の嵐が、ルティを襲う。
「人間ごときが──」
ルティは、特殊スキルで蝙蝠へと変身。
蝙蝠の小ささと敏捷さを生かして、聖なる矢の連射を回避していく。
この連射の弱点は、一つ一つの聖なる矢が操作し辛くなることだ。
ついに蝙蝠ルティは、〈ホーリー・アロー〉の弾幕を突破した。
そのときだ。
下方から巨大な火柱が噴き出、蝙蝠を飲み込む。
ハニの〈ゴッド・フレイム〉だ。
「蝙蝠の丸焼きが出来上がりだね」
ヒト型に戻ったルティが、〈ゴッド・フレイム〉から這い出て来る。全身に酷い火傷を負っていた。
「……下等な種族どもが、わらわを傷つけるとは──許さん、許さんぞぉぉ!」
ハニが、焦りの声で言う。
「〈リザレクション〉スキルが、発動されてしまうよ!」
吸血鬼は致命傷を受けると、自動で〈リザレクション〉が発動する。〈リザレクション〉によって、全回復するのだ。
この特殊スキルが、吸血鬼の最大の強みだ。
だが、そんな吸血鬼にも天敵はいる。
〈聖なる乙女〉だ。
サラは〈天使の杖〉を回転させ、〈聖なる乙女〉の特殊スキルを発動。
「本当は、こんなスキルは使いたくはありません。ですが、今ばかりは心を鬼にします。特殊スキル〈癒されぬ領域〉!」
全身に火傷を負ったまま、ルティは這い進んで行く。狼狽した様子だ。
「ど、どうなっておるのじゃ。致命傷を負ったというのに、わらわの〈リザレクション〉が発動せんじゃと!」
「〈癒されぬ領域〉の効果です。わたしの周囲50メートルでは、回復系の魔法・スキルは使用できません。あなたの〈リザレクション〉スキルも、無効化されています」
ハニは、ルティ目がけて跳躍。ここで畳みかけると、必殺技スキルを発動。
「必っっっ殺! 〈ペチャンコ礫波〉!」
ハニの両方の拳に、高出力エネルギーが充填される。
その両拳を、ルティの身体へと叩きこみ、エネルギーを解き放つ。
さらに、拳を連打。
ルティの全身の骨を砕き、内臓を潰した。
〈ペチャンコ礫波〉の連打を終えたとき、ルティは絶命していた。
ちなみに〈ペチャンコ礫波〉は、ハニの必殺技スキルの中では最強。そのため、発動するときは、わざわざ『必っっっ殺』と言うことにしている。
言ったところで意味はないのだが、気分の問題だ。
サラがハニの隣まで来て、ルティの死体を見下ろした。
「討伐……完了ですね。正しいことと分かっていても、ヒトを殺せば、心が痛むものですね」
ハニは、ルティの死体を指さす。
「コイツは、これまでに何千人という人間の血を吸ってきたんだよ。人間の奴隷商人のお得意様は、どこだと思うのさ。そう、ガラキ国の王女様だよ。サラ、キミが罪悪感を抱く必要はないよ。コイツは、討伐されて当然だった。サラは冒険者として誇りに思っていいよ」
サラはうなずいた。
「ありがとうございます。ハニさんは、お優しいですね」
ハニは頬を赤らめた。
「か、からかうなよ。ボクは魔族だぞ」
「種族は関係ありません」
「とにかく、もう行こう。国王が殺されたことを、誰かに知らせたほうがいい。信用できる王族とかにさ」
王の間の出口まで行ったときだ。
背後から、ふいに音がした。
ハニは、ハッとして振り返る。
すると、ルティの死体が浮かび上がっていた。
サラが驚きの声を発する。
「ルティは、死んだはずですよ! 〈リザレクション√〉も使わず、生き返るはずがありません!」
「生き返ったわけではないよ……ルティは、死んではいる」
ハニは、嫌なことを思い出していた。
あれは3年ほど前。ルーファ国内で、複数の吸血鬼を狩っていたときだ。
狩りの対象となった吸血鬼は、ガラキ国の犯罪者たちだ。〈ヴァンパイア・ロード〉の裁きを恐れ、ルーファ国内へと逃走してきた。
そのため、これらの吸血鬼たちを狩ることは、〈ヴァンパイア・ロード〉からの許しも得てある。
こういうとき張り切るのが、ラプソディ親衛隊の一人、人狼のバルバだ。
人狼は、長らく吸血鬼と敵対関係にある。そのため吸血鬼を堂々と狩れるとき、バルバは実に楽しそうだ。
そんなバルバの望みが、ガラキ国の殲滅なのは言うまでもない。いまのところ実現しそうにないが。
とにかく、ハニはバルバと共に、吸血鬼狩りに参加。
このとき、吸血鬼に詳しいバルバから、あることを聞いたのだ。
吸血鬼には、第二形態がある、と。
しかし、ハニは信じなかった。吸血鬼は何体と殺してきたが、第二形態など見たことがない。
その点を指摘すると、バルバは詰まらなそうに答えたものだ。
「まぁな。俺も現物を見たことはねぇ。ただ親父から聞いたことがあんのさ。で、親父は、じいさんから聞いたんだと。そうやって代々受け継がれてきた、法螺話だな」
「どんな法螺話さ?」
「一定数の生命から血を吸った吸血鬼は、高次元の種族へと進化する。そいつは死んだとき、第二形態へと変化するんだそうだ」
やはりハニには、信じられない。それでも尋ねたわけだ。
「一定数の生命って、具体的にどれくらいさ」
「生命と言っても、家畜とかじゃ数に入らねぇ。そうだな。人間なら、万単位じゃねぇか」
「どんな大食いの吸血鬼でも、万単位の人間の血なんか、吸えるものか」
そのとき、バルバはもう一つの可能性を口にした。
人間なら万単位。
しかし──魔族ならば、数百で済むだろうと。
そして、現在。ハニは驚愕の真実に辿り着いていた。
「ルティ! オマエ、ボクの同胞たちの血を吸っていたのか!」
刹那、ルティの死体が破裂した。
体内からは、信じられない量の血液が、まき散らされる。滝のような血液が。
ルティの小さな身体に、これほどの血液が溜まっていたはずがない。
だとするなら、どこから、これほどの血液量が噴出しているのか。
ついに数トンもの血液が、まき散らされ──そして、一気に収縮した。
最後には、球体となる。
血液によって作られた、巨大なる球体に。
ハニとサラは、愕然とした。
やがて血液球体が、脈打ち始める。
そして、この世のものとは思えぬ雄叫びが、血液の中から放たれる。
ハニは、バルバとの会話を想起した。
第二形態の話を聞いた後で、ハニがこう尋ねたのだ。
「万が一、その第二形態とやらに遭遇したら、どうしたらいいの?」
吸血鬼を殺すことに喜びを感じるバルバは、こう答えたのだ。
「悪いことは言わねぇ。死ぬ気で逃げることだな」
そういうわけで、ハニはサラに向かって、叫んだ。
「逃げるよ!」




