76話 討伐対象『魔王の娘』⑧~弱肉強食は覆らない。
【運命の日】──18時38分。
リリアスの〈タイム〉が強制発動され、時の流れが止まった時だ。
パーティ・メンバーのリガロンも、時の流れからの除外者だ。
つまり、時間停止の世界でも、普通に行動できるわけだ。
だが〈タイム〉発動中、リガロンは、王都への途上を歩いているだけだった。
つまり、サラのように、時間停止の恩恵をあずかることはできなかった。
やがてリリアスの〈タイム〉が解除され、時の流れも正常に戻る。
このときリガロンが進んでいたのは、街道ではなかった。街道とまでは言えぬ、小道の一つ。
整地されている街道と違って、小道は不整地で歩きづらい。
ただ、それでもリガロンは、こういう道のほうが気に入っていた。
リガロンの歩みは速い。
リリアスの〈タイム〉が起きたということは、王都で何かが起きているのだ。
〈蜥蜴王〉から授けられた必殺技スキルを、さっそく生かすときだ。
ようやく王都ルクセンが見えて来た。
さらに速度を上げようとした、そのときだ。
リガロンは立ち止まった。
嫌な感じがしたのだ。この感覚は、能力とは関係はない。言うなれば、野生の勘といったところだ。
リガロンは荷物をおろし、装備している戦斧を構えた。どこから攻撃を受けても、対処できるように。
しかし、視認できる限りでは、この場にいるのはリガロンだけだ。
虫一匹いない。しかし、草木の多い場所であることを考えれば、それは異常なことではないか。
「おい! どこにいるのか知らねぇが、出てきやがれ! 腰抜けが!」
リガロンの挑発に乗るようにして、敵が姿を現した。先ほどまでは、完全に気配を消していたらしい。
敵は、ハーフ・エルフの男だ。18歳くらいに見えるが、長命なハーフ・エルフだ。実際の年齢は定かではない。
そして、氷のような冷たい目をしていた。
「失礼した。様子を伺っていただけだ。不快な思いをしたのなら、謝罪しよう」
「てめぇ、何者だ?」
「そうだな。名乗らないのは、無礼というものか。私の名は、バラス。冒険者ギルドに所属している。職業は、GODランクの魔戦士だ。君たちパーティを、討伐させてもらう」
「GODだって? そんなランク、聞いたことがねぇぜ」
バラスという男は、冷ややかに笑った。
「君ごときでは、知るはずのないランクだ。それに覚えなくても良い。君は、これから死ぬのだから」
リガロンは戦斧を向ける。
「おい、調子にのるなよ、エルフ野郎!」
〈蜥蜴王〉から教えを乞うため、リガロンは母国に向かった。
そのとき、リガロンのレベルは183だった。
そして、今。〈蜥蜴王〉に鍛えられ、リガロンのレベルは423まで上がった。
戦況によっては、Sランクの敵にさえも勝てるかもしれない実力だ。
しかし、今回ばかりは相手が悪かった。
リガロンは突進し、バラスとの距離を詰める。そして必殺技スキルを放つ。
「唸れ〈白雷〉!」
雷を纏った戦斧を、バラスへと叩きつける。
対してバラスも、必殺技スキルを発動。
「〈反転〉」
刹那、〈白雷〉のダメージを受けたのは、リガロンだった。
「なん、だと」
バラスは退屈そうに言う。
「〈反転〉。すなわち、敵の攻撃を、敵自身へと跳ね返す必殺技スキルだ。たいした技ではないが──君のような小物には、これで充分だろう」
「てめぇ、舐めやがって!」
「〈閃剣〉」
バラスの右手に、閃光で構成された剣が生まれる。
〈閃剣〉の速度は、閃光そのものだ。間合いに入れば、回避は不可能。
〈閃剣〉が一閃されたとき、リガロンの戦斧は破壊された。
さらにリガロン自身も、左肩から斜めに斬られていた。剣傷から血を噴き出させながら、片膝を突く。
リガロンは悟った。
──オレは、ここで敗れ去るだろう、と。
しかし、一つの意地も見せずに、死ぬわけにはいかない。
リガロンは、代償スキルを発動。右の拳をバラスに叩き込んだ。
「〈封殺〉!」
バラスが嘲笑う。
「〈反転〉が発動しなかった。つまり、君の最期の攻撃は、不発に終わったということだ」
だが、バラスは間違えていた。
不発になど終わってはいなかったのだ。代償スキル〈封殺〉の発動には、成功した。
その代償として、リガロンは50歳ほど老いた。
だが、リザードマンの年齢は、他種族には見分けられない。よって、バラスも気づかなかった。
(バラスって野郎は、オレの仲間たちを狙っているようだ。レイやラプソディたちを。なら、誰かがコイツと戦うとき、いま発動した〈封殺〉が、役立ってくれるだろうぜ)
「ワリぃな、レイ。オレは、ここまでだ」
再度、〈閃剣〉が一閃された。
リガロンの首が刎ね飛ばされる。
※※※
バラスが去ってから、少しの時間が経った。
一頭のワイバーンが、リガロンの死体のそばに着地した。
テグスだ。
軽装鎧に身を包んだクルニアが、テグスから飛び降りる。
城郭都市ピープルにいたクルニアも、〈タイム〉が発動されたことを知った。リリアスが〈タイム〉を使ったということは、王都で事件が起きたのだ。
ラプソディのもとに駆け付けるため、クルニアはテグスに飛び乗った。
王都を目指す途上、はじめにリガロンの死体に気づいたのは、テグスだった。
もちろんクルニアは、降下を命じた。
クルニアは、リガロンの死体のもとに屈んだ。
ラプソディのため冒険者になったクルニアだが、いまやパーティ・メンバーは仲間だ。その一人が、こうして殺されてしまった。
クルニアは怒りに拳を握る。
「すまない、リガロン。私は遅かったようだ。だが、貴様の仇は取ってやるぞ」
※※※
時は少し遡る。
リリアスの〈タイム〉が強制発動され、時の流れが止まったときだ。
レイもまた、世界が時間停止した中を移動していた。
ルードリッヒを倒したレイは、ラプソディとリリアスと合流するため、路地を駆けていたのだ。
レイは焦りを覚えた。
(リリアスが、切り札の〈タイム〉を発動した。それだけ、ピンチということなのか?)
〈タイム〉の唯一の弱点は、MP消費が激しいことだ。
乱発していては、すぐにリリアスのMP量は空になってしまう。
よってラプソディは、余程のことがない限り、リリアスに〈タイム〉を温存させるはずなのだ。
(一刻も早く、ラプソディ達に合流しなくては!)
そのときだ。
レイは、有りえないものを見た。
全身を包帯で巻いた、小柄な人物が歩いて来る。その人物は、顔まで包帯で覆っているため、性別さえも分からない。
しかし、重要なのは包帯ではない。
『歩いている』ということだ。
〈タイム〉はまだ、発動されている。
リリアスの仲間であるレイは、時の流れから除外されているので、時間停止の中でも移動が可能だ。
だが、この『包帯の者』が除外されているはずは無い。
だというのに、時間が停止した世界を歩いている。
異常だ。
『包帯の者』は、レイの目の前で立ち止まった。
レイは悟る。
『包帯の者』もまた、討伐パーティの一員だろう。
しかも、並みの敵ではない。時間が停止した世界を、普通に移動できるのだから。
間違いなく、GODランクの強者だ。
レイは固唾を呑んだ。
レイが強くなったことは、間違いない。Sランクのルードリッヒさえも倒せるほど、成長した。
だが、GODランクは、あまりに相手が悪い。
たたでさえ、〈魔装〉も使えないというのに。
それでも、諦めることなどはできない。
レイは改めて決意する。
何としてでも、戦って、勝つ。
ラプソディとの、再会の約束を果たすために。
「行くぞ──え?」
レイは両ひざを突いた。両手剣を落とす。
戦おうとしたのに、身体が動かない。
視線を下げ、自分の腹部を見た。そこには、ポッカリと穴が開いている。背中まで貫通しているようだ。
(……致命傷だと。いつ、攻撃を受けた? 『包帯の者』は、立っているだけなのに?)
それでもレイは、両手剣を取って、立ち上がろうとした。
(負けるわけにはいかない。ラプソディと約束したんだ。おれは──)
しかし、両手剣を取ることは、不可能だった。
レイの両腕は、肘のところで切断されていたのだ。
「……冗談……だろ……」
気づけば『包帯の者』が、さらに接近して来ていた。
(……ラプソディ。こんなところで、死ぬわけには、いかない)
レイの腕の切断面からは、血液が噴き出している。
瞬間、噴出する血液が、蛇のようにのたくった。ついで鎌首をもたげ、『包帯の者』へと襲いかかろうとする。
だが、血の蛇は力尽きたのか、『包帯の者』へと達する前に砕け、地面へと流れ出した。
薄れる意識の中で、レイは混乱する。
(……? なんだ、いまのは? おれの血が勝手に──)
『包帯の者』が、片手を突き出す。その掌には、禍々しいエネルギーがあった。
レイは受け入れざるをえなかった。
(おれは、こんなところで死ぬのだ)と。
刹那、レイの視界は赤く染まり、意識は暗転した。




