75話 討伐対象『魔王の娘』⑦~Hello純粋悪。
【運命の日】──19時12分。
王都ルクセンの中央には、王城が聳える。
王城は三重の城壁で守られており、敵の侵入を阻んで来た。
これまでは。
王城内。
王の間の玉座には、代々の国王が座してきた。
第二王子コヒムは、玉座の前に跪く。
このとき玉座に座るのは、国王ではなかった。それどころか、王族でさえも、人間でさえもなかった。
とても美しい女の魔族。銀色の髪、美麗な顔立ち、妖しく光る瞳。
「……アデリナ様。城下が騒がしいようですが?」
玉座に座しているのは、アデリナだった。
不愉快そうな顔をしている。
「ねぇ、玉座というから、どれだけ座り心地がいいのかと思ったら。こんなに硬いと、お尻が痛くなるわ」
コヒムは視線を動かした。王の間の片隅には、衛兵の死体が積まれている。
死体の山の上には、不気味な存在が立っていた。
竜人の女らしい。しかし、顔の形がおかしい。まるで、一度、壊れたのを修復したようなのだ。
それに目には生気がない。もしかすると、ゾンビなのかもしれない。
ただ、この竜人のゾンビが強いことだけは、確かだ。
王城を守る衛兵は、冒険者ギルドならば、Eランク戦士の実力はある。
この竜人は、そんな衛兵を20人以上も瞬殺してしまった。
コヒムは視線を戻し、再び尋ねた。
「アデリナ様。この王都で争いは起こらない、そういうお約束ではありませんでしたか? 私が統治しやすいよう、王都は無傷のままお与えくださるはずでは?」
とたん、コヒムは投げ飛ばされていた。壁に激突し、苦鳴を上げる。
床に転がってから、コヒムは誰に投げ飛ばされたのか、確認する。
それは銀色の鎧を着た男だった。アデリナの配下の一人、聖騎士ダッドソン。
冒険者ギルドに対して、ラプソディが『魔王の娘』であることを密告したのも、このダッドソンだ。
「コヒム、姫殿下に対して無礼だぞ」
コヒムはハッとした。
「アデリナ様。も、申し訳ございません」
コヒムは這いつくばって謝罪した。
別に王族の誇りを捨てたわけではない。だが、コヒムはアデリナを神格化しているため、とくに屈辱ではないのだ。
王も、神にはひれ伏すものだ。
遠い昔。
人間国家リウの国王と、魔族国家ルーファの魔王は、ある取り決めをした。
リウ国が、魔王討伐パーティを送り出すのは、良い。しかし、GODランクの冒険者は、討伐パーティには加わらせない。
その代わり、ルーファ国はリウ国には攻め入らない。
こうやって、両国の均衡は保たれて来た。
討伐パーティを送ることで、リウ国民は納得する。魔王を倒そうとしているのだ、と。
しかし、SSSランク程度では、魔王を倒すことはできない。可能性があるとするならば、GODランクのみ。
ゆえにGODランクは、討伐パーティには参加できない。
魔王を倒してしまっては、魔族たちへの抑えが効かなくなるためだ。
魔族軍が総攻撃をかけてくれば、リウ国など3日と持たない。
リウ国が周辺国と同盟軍を結成しても、やはり対抗できないだろう。
それに魔族国家ルーファにも、複数の属国がある。たとえば吸血鬼の国家なども、ほとんど属国と同じだ。
そうなると、この取り決めは魔王側に不利に思える。
だが、魔王にとっても、意義ある取り決めなのだ。
なぜならば、魔王はこの世界を征服することを望まない。
人間の国と平和条約を結ぶことは、臣民の魔族たちが許さないだろう。
だからこそ、表面的には敵対関係を作ってきたのだ。冒険者の魔王討伐パーティなどは、良い目晦ましとなってきた。
こうして均衡は続いて来た。
いま、この日までは──。
アデリナによって、均衡は崩れ去ろうとしている。
そしてアデリナは、新世界を創り出すだろう。
コヒムは、すでに腹を括っていた。
アデリナに、どこまでも付き従おうと。
アデリナが叱る。
「ダッドソン。コヒム君を苛めてはダメよ。わたしたちは仲間なのよ」
「ふん。こんな貧弱な人間が、わらわたちの仲間とは、お笑い草なのじゃ」
そう言ったのは、〈ヴァンパイア・ロード〉の一人娘、ルティだ。
ルティが座っているのは、玉座の手すりだ。アデリナに対して不遜だが、当のアデリナが許しているのだから、仕方ない。
コヒムは頭を下げたまま、言う。
「ラプソディ一派と冒険者ギルドが潰し合えば、いよいよアデリナ様の大業成就の時が来たります」
横からルティが言う。
「アデリナよ。お主なら、冒険者のGODランクとやらも、楽勝じゃろうが? 初見殺しの技を、持っておるのじゃからな」
アデリナは肩を揺すった。
「初見殺しなら、GODランクも持っているでしょう。わたしは、ギリギリの戦いとかは好きではないの。一方的に殺戮するのは別だけれど」
「それでラプソディを利用するのは、構わん。じゃが、わらわがラプソディを始末できんというのは、納得がいかんのじゃ」
アデリナは諭す。
「ルティちゃん。あなたも〈ヴァンパイア・ロード〉を継ぐ者ならば、大いなる仕事のため、欲望を切り捨てることを知りなさい。ねぇ、コヒム。あなたもそう思うでしょう?」
「はっ。私も、そのように存じます」
ルティが舌打ちする。
「太鼓持ちが」
そのときだ。
王の間の扉が、勢いよく開かれた。
そして現れたのは、リウ国王オーウェン。
国王に付き従うのは、御親兵の面々だ。
コヒムはゾッとした。
御親兵は10名おり、全員がSランク以上の実力者。それが全員、ここに勢ぞろいしている。
国王オーウェン、すなわちコヒムの父親が怒鳴った。
「コヒム! 貴様、魔族を王城に招き入れるとは、気でも狂ったのか!」
「ち、父上!」
アデリナが玉座から、言う。
「いい機会ね、コヒム。覚悟というものを、ここで示しなさい」
アデリナが、生成魔法〈フォーム〉で、短剣を作り出す。
その短剣を、コヒムの足元に放った。
「国王を殺しなさい」
コヒムは震えが止まらなかった。
一方、オーウェンは御親兵に指示を出す。
「魔族どもを駆逐しろ!」
アデリナは玉座に座したまま、動こうとしない。
その代わりに、配下に指示した。
「ルティちゃん、ダッドソン君、オルちゃん。御親兵を皆殺しにしなさい」
王の間は、戦場と化した。
ヴァンパイア王女のルティ、竜人ゾンビのオル、聖騎士ダッドソン。
彼らは3人とも強かったが、御親兵も負けていなかった。何より、御親兵には数的な有利さがあった。
ついにルティたちは、御親兵に取り押さえられてしまう。
アデリナが、呆れたように言う。
「負けてしまったの? わたしと共に、世界を変えるのではなかったの? 大いなる計画が始まろうというのに、初っ端で躓くなんて。ルティ、ダッドソン、オル。あとで反省会をするわよ」
御親兵に取り押さえられながらも、ルティが苦い顔で言う。
「ムチャを言う奴じゃ。敵は雑魚ではなく、精鋭なのじゃぞ」
国王オーウェンが、アデリナに向かって言う。
「薄汚い魔族が! 貴様の負けだ! 降参しろ!」
ふいにコヒムの中で怒りが爆発した。
コヒムの『神』を侮辱するとは、たとえ父親でも許せない。
コヒムは短剣を手に取り、オーウェンに激突する。
刃を、オーウェンの脇腹へと刺し込んだ。
「アデリナ様を、薄汚いなどと言うな!」
オーウェンは驚愕の表情を浮かべた。
「コ、コヒム。実の父親に、何て、ことを」
「お前などが、父親のものかぁぁ!」
短剣を捻って、引き抜いた。オーウェンが倒れる。
アデリナが腹を抱えて笑った。
「面白い見世物だわ! さぁ、もっと楽しませて! 〈煉獄:6階層〉!」
刹那、御親兵たちが燃え出した。
炎を消すため、御親兵たちは様々な魔法を使う。だが、どの魔法を用いても、彼らの肉体を燃やす炎は消せなかった。
アデリナが楽しそうに言う。
「煉獄の炎よ。魔法では消せないわ」
ついに御親兵たちは、全員が息絶えた。
煉獄の炎が消えたとき、残ったのは灰だけだった。
自由になったルティが、呆れた様子で言う。
「規格外の強さじゃな……アデリナ。お主だけで、計画を遂行できてしまうじゃろ?」
アデリナは答えた。
「バカね、皆でやらないと、楽しくないでしょ?」




