74話 討伐対象『魔王の娘』⑥~運も実力のうちですよ。
【運命の日】──18時38分。
サラは驚愕した。
世界が止まっている。
『5年後のサラ』ことサラ先輩も、剣聖ローラも。
舞う粉塵も、転がる瓦礫も。
すべてが停止している。
もちろん、時間が止まっているためだ。
これは、リリアスの血統魔法〈タイム〉に違いない。
〈タイム〉は、時の流れを止める、という反則技。
リリアスが、時の流れから除外した者だけが、時間停止の世界でも動くことができる。
サラも、ラプソディの仲間ということで、除外してもらった身だ。
一方、サラ先輩は、別の時間軸から来たので、除外はされていないようだ。
また、リリアスが今どこにいようとも、時間を止めたならば、それは世界全体に影響する。
よって、いまサラの近くにリリアスの姿がなくとも、おかしなことではない。
とにかく重要なのは、次のことだ。
リリアスは時間停止の〈タイム〉を発動した。そして、時の流れが止まった世界で、サラは動くことができる。
(この好機を利用しないわけには──)
時間停止の中では、たとえ剣聖ローラでも、無防備だ。
サラは、〈天使の杖〉を握りしめた。
(無防備な相手を攻撃するのは、卑怯ですよね。けれど、今だけは手段は選んでいられません。パーティを守るためです!)
サラは心を鬼にして、ローラへと〈天使の杖〉を向けた。
先代〈聖なる乙女〉のミストから教わった、攻撃魔法を発動。
「〈ホーリー・アロー〉!」
※※※
時間は少し遡る。
リリアスは、ラプソディに抱えられて、移動していた。
ハニと合流するため、ハニの魔法痕跡を追っているのだ。
ある路地の角を曲がったときだ。
リリアスの〈タイム〉が、勝手に発動した。
時の流れが止まる。
ラプソディが立ち止まって、リリアスを下す。
「リリアスちゃん、どうして〈タイム〉を?」
リリアスの〈タイム〉は、時の流れを止める魔法。
唯一の弱点は、MPを膨大に消費することだ。
現在、ラプゾティとその仲間だけは、〈タイム〉の影響から除外してある。
つまり、時が止まった世界でも、自由に動ける者たちだ。
ラプソディ、レイ、ハニ、サラ、クルニア、リガロン。それに、当然ながらリリアス自身も。
リリアスは、慌てて〈タイム〉を解除しようとした。
これからの戦闘を考えると、MPを無駄遣いしている場合ではない。一度消費したMPは、回復までに数日かかるのだから。
ところが──。
リリアスは舌足らずに言う。
「ラプソディお姉ちゃん。リリアスの〈タイム〉が、解除できない」
ラプソディは、なにか思いついた様子だ。
「なるほど。これも妨害の一環のようね」
「妨害?」
「特殊系魔法の〈セズ〉よ。〈セズ〉の効果は、他者の魔法を、強制的に発動させること。リリアスちゃんはいま、敵の〈セズ〉によって、〈タイム〉を強制発動させられているの」
リリアスは納得がいかない。
「〈タイム〉で時を止めている間も、〈セズ〉の効果が持続する?」
「ええ。特殊系魔法ならば、時間停止の中でも効果が持続するわね」
つまり、討伐パーティに属する敵からの、妨害工作なのだ。
敵にとって、最も厄介な魔法は〈タイム〉だろう。
その〈タイム〉を、交戦中ではないときに、強制発動させる。
目的は、リリアスのMPを空っぽにさせることだ。
そうすることで、ここぞという場面で、リリアスが〈タイム〉を使えなくしようとしている。
リリアスの残りMPは、すでに2600まで削られていた。
早く〈タイム〉を解除しないと、MP切れになってしまう。
ラプソディは分析する。
「〈セズ〉を使っている『謎の敵』は、あたしの〈ワープ〉を封じているのと、同じ敵のようね」
リリアスは、8歳の頭で考えた。
この『謎の敵』は、まずラプソディの〈ワープ〉を封じた。王都から瞬時に、逃げられないように。
続いて、リリアスの〈タイム〉を強制的に発動させ出した。リリアスをMP切れにするために。
リリアスは小首を傾げる。
「どうして、リリアスの〈タイム〉を封じるのではダメ?」
「『謎の敵』が封じることのできる魔法は、一つだけなのでしょう」
リリアスは納得した。
ラプソディのMPは無限なので、MP切れをさせるのは不可能だ。
「この敵、潰すのは後回しで良い、と思ったけれど。考えが甘かったようね。先にこの『謎の敵』を、片付けないと。邪魔で仕方ないわ」
「『謎の敵』を見つけられる?」
先ほどラプソディは、探索魔法で『謎の敵』を探したが、そのときは見つけられなかった。
『謎の敵』は、別の次元に潜んでいるようなのだ。
ラプソディは目をつむった。集中するためだろう。
「今回は、別の次元まで探索魔法を伸ばすわ。疲れるけれど──」
別の次元まで探索魔法を広げられるのは、ラプソディくらいなものだろう。
やがて、ラプソディは目を開いた。
「見つけたわ。『謎の敵』は、かなり深い階層に潜っている──」
「お姉ちゃん、どうするの?」
「出向いて、潰してくるしかないわね。〈インフィニティ√〉」
〈インフィニティ√〉。
次元を切り裂く銀糸が、一閃される。
「リリアスちゃんは、ここで待機していてね」
ラプソディは、〈インフィニティ√〉による裂け目から、別の次元へと移動。
リリアスは、ラプソディを見送った。
数秒後、〈タイム〉が、今度は勝手に解除された。
『謎の敵』は、ラプソディの追跡から逃れるため、〈セズ〉を解除したようだ。
〈タイム〉で時間が停止していては、『謎の敵』も逃げることはできないのだから。
〈タイム〉の解除で、時の流れが正常になる。
リリアスは、残存MPを見て、頬を膨らませた。
1200しか残っていない。
そして、『謎の敵』を追って、ラプソディは別次元へと行ってしまった。
そのため、王都の路地の片隅で、リリアスは一人ぼっちだ。
リリアスは腕組みして、ある結論に達した。
「パーティが、分断されている」
※※※
時の流れが正常に戻った。
サラは〈ホーリー・アロー〉連射を終えて、後退する。
ローラの口から、血が噴き出る。
その身体には、24本の〈ホーリー・アロー〉が刺さっていた。
「これ、は──」
仰天したのは、サラ先輩も同じだった。
「我が後輩! これは、何事です?」
後輩ことサラは、説明した。
「リリアスさんです!」
当然ながら、サラ先輩もリリアスの〈タイム〉は知っている。
すぐに状況が呑み込めたようだ。
「千載一遇のチャンスですね!」
ローラには、短剣〈治癒の女神〉がある。
〈治癒の女神〉で自分を刺すだけで、かなりの回復をしてしまえるのだ。
この〈治癒の女神〉を使われる前に、畳みかけるしかない。
サラ先輩が、〈ホーリー・クロス〉を放つ。
〈ホーリー・クロス〉に貫かれたローラが、宙を舞う。
ローラが落下してきたところを、今度はサラが、〈ホーリー・アロー〉を連射する。
攻撃の手を休めてはいけない。
ローラには、大剣〈竜殺し〉もある。〈竜殺し〉の斬撃だけで、戦況は一変されてしまうのだから。
逆に言えば、ローラに剣さえ使わせなければ、勝利は見えて来る。
サラとサラ先輩は、連携して攻撃を続ける。
そこは『同じ自分』同士だ。息もピッタリにあう。
やがて、決着のときが来た。
サラ達の連続攻撃によって、ついにローラが力尽きたのだ。
意識を失ったローラに対し、サラ先輩が拘束系魔法〈ジャッジメント〉を発動。
聖なる拘束着が、ローラの身体を封じた。
これで、剣聖ローラの無力化は、完了だ。
サラ先輩は額の汗を拭った。
「……ローラさんは、剣聖です。正直、普通に戦っていたら、勝てる見込みは薄かったです。リリアスさんの〈タイム〉が発動されたことで、勝利を引き寄せることができました。幸運が味方をしてくれましたね」
「はい──えっ、先輩?」
サラ先輩に視線を移して、サラはハッとした。
サラ先輩の身体が、消え始めているのだ。
「これは──新たな敵の攻撃ですか!」
しかし、サラ先輩は落ち着いた様子だ。
「我が後輩。わたしの役目は、ここまでのようです」
「どういうことですか?」
「タイム・トラベルで過去にいられる時間は、限られているのです。残念ながら、時間切れが来てしまったのです」
「……サラ先輩は、未来に戻るのですか? 地獄のような未来に」
「はい。そこが、わたしの生きる世界です。元の世界でも、わたしなりに、頑張ってみますよ」
「……もうサラ先輩には会えないのですか?」
サラ先輩は、サラを力づけるように、微笑んだ。
「我が後輩。わたしは、あなたを誇りに思いますよ。どうか、素敵な〈聖なる乙女〉になってください」
サラは涙ぐんだ。
「はい」
「最後に、もう一つだけ。今回の一件、裏で暗躍しているのはアデリナです。そして、アデリナを倒せるのは、ラプソディさんだけです。一方で、ムジャルを倒せるのは、アデリナだけです。順番を間違えないでくださいね」
それだけ言い残して、サラ先輩は消えてしまった。
サラは、〈天使の杖〉を握りなおす。
ここからは一人で戦うのだ。
それから、ふと思った。
(ムジャルって、誰です?)
【討伐パーティ 残り5人】




