70話 討伐対象『魔王の娘』②~緊急事態でも、浮気は疑われるものだ。
【運命の日】──17時42分。
「お城」
リリアスが、王城を指さした。
リウ国の王都ルクセンの中央に聳える、王城である。
ルクセンの市場からでも、王城の尖塔を見ることができるのだ。
レイは、リリアスを連れて、買い物に出ていた。夕飯の買い出しだが、もう一つ目的がある。
ラプソディの誕生日が、来月にあるのだ。まだ時間はあるとはいえ、今のうちからプレゼントは探しておいたほうが良い。
レイは、王城を見やった。あまりに景色に溶け込んでいるため、普段は特に意識しない。
それに魔王城に比べれば、リウ国の王城は小さなものだ。
「あのお城の中で、リウ国の王族が暮らしているんだ」
リリアスは、うなずいた。
「かつてのリリアスのように、引きこもっている」
「……いや、引きこもってはいないと思うが。まぁ、中には引きこもりの王族もいるかもしれないけど」
それは一瞬の出来事だった。
レイがリリアスと歩いていると、女性が軽くぶつかった。
とはいえ、市場は買い物客で賑わっているので、特に珍しいことでもない。
レイは、ほとんど無意識に「すいません」と謝罪した。
それから3秒後、ハッとする。
(まて。いまの女性は、ルーシーだ)
すぐに気づかなかったのも、無理はない。普段ルーシーは、煤色のローブを纏っている。
ヒーラーが白いローブを着るように、魔導神官を示すのが煤色のローブなのだ。
だが、先ほどのルーシーはローブ姿でないどころか、流行りの衣服を着用していた。
(声をかけてくれなかったのは、ルーシーも、おれに気づかなかったのかな)
リリアスが言う。
「レイお兄ちゃん、ポケットに何か入っている」
「え?」
レイは、自身の衣服のポケットを探った。
リリアスが言うように、紙片が入っている。
レイは理解した。この紙片は、先ほどの接触時、ルーシーが忍ばせたものだ。そのことを第三者に気づかれないよう、ルーシーは普段とは異なる姿をしていた。簡易な変装というわけだ。
レイは市場を出てから、紙片を開く。メッセージが書かれていた。
メッセージを読み終えるなり、レイはリリアスを抱き上げて、走り出した。
自宅に飛び込む。
手ぶらなレイ(リリアスは抱いているが)を見て、ラプソディは顔をしかめた。
「レイ。今夜のシチューの材料を買いに行ったはずよね?」
「ラプソディ、それどころじゃないぞ」
「レイ。シチューが好物じゃないの」
「そりゃあ、シチューは大好きだが──大変なんだ。冒険者ギルドに、君の正体が知られた!」
ラプソディは慌てることなく、言った。
「どうして分かったの?」
「ルーシーが──」
すると、ラプソディの表情が険しくなる。
「ルーシーですって? レイ、あの女とこっそり会っていたの? まさか、浮気を?」
レイは慌てた。このままでは、浮気を疑われてしまう。
「いや、いや、こっそりとなんて会ってない! もちろん、浮気なんか冗談じゃない! ルーシーとは、さっき市場で接触するまで、一度も会ってないんだ!」
「本当に?」
「本当だって。おれにはラプソディがいるのに、どうして他の女と会ったりするんだ」
どうやら、ラプソディは信じてくれたようだ。
レイは、ホッとした。
実際、ルーシーとは会っていなかった。先ほど紙片を忍ばせてくれるまでは──。
そこまで考えて、レイはハッとした。
「ラプソディ。頼むから、ちゃんと聞いてくれ。ルーシーが紙片を忍ばせてくれた。そこにはメッセージが記されていた。冒険者ギルドに密告があったというんだ。君の正体が『魔王の娘』だという密告が」
「気に入らないわね。密告とは、あたしに対する敵対行為よ。あたしの正体を知っている上で、あたしの敵でもある。該当者は、限られてくるわね」
ラプソディの視線に殺意が宿る。
「そして、どんな敵だとしても、この王都にいるということになるわ」
レイは、ラプソディの肩をつかんだ。
「ラプソディ。今は密告した敵のことは、忘れろ。まずは冒険者ギルドの対処が大事だ。メッセージによると、冒険者ギルドは討伐パーティを組んだそうだ」
おそらく、ルーシーも討伐パーティの一員なのだろう。だからこそ、レイに警告のメッセージを送ることができた。
このことが冒険者ギルドに知られれば、ルーシーもタダでは済まない。冒険者の身分を剥奪されるかもしれない。
それでも、ルーシーは危険を冒して、警告してくれた。
魔王討伐パーティの一件で、ルーシーは罪悪感を抱いているのかもしれない。レイがパーティを追放されたときの一件だ。
ラプソディは微笑する。
「討伐パーティねぇ。このあたしを、討伐しようというの。生意気ね」
「いや、正しくは、パーティが討伐対象だ。つまり討伐対象は──ラプソディ、おれ、サラ、リガロン、ハニ、クルニアとなっている」
「レイたち人間も、討伐対象にされているの?」
「魔王の娘に協力したから、ということだろうな。共謀罪だ」
「冒険者ギルドも、乱暴なのね」
レイは改めて紙片を読んだ。
「討伐パーティには、GODランクも含まれているようだ。サラの話だと、GODランクの領域は、かなりのものらしい」
〈純白の塔〉から帰還すると、サラは64代目〈聖なる乙女〉となっていた。〈聖なる乙女〉が、ヒーラーの最高位であることは、レイも知っていた。
『魔王の娘』と〈聖なる乙女〉のいる冒険者パーティなど、前代未聞だろう。
そしてサラは、アデリナと戦ったことも話した。〈聖なる乙女〉初回特典によるMAXモードで。
アデリナの狙いは、〈聖白石〉という魔石だとか。何に使うつもりかは、不明だが。
「討伐パーティだが、どうする、ラプソディ?」
「それは、あたしの質問よ。パーティのリーダーは、レイなのだから」
レイは、ラプソディからの信頼を、改めて感じた。
「王都ルクセンから脱出する。王都は冒険者ギルドのテリトリーだからな。まず、サラと合流しよう」
「グリちゃんは、どうするの?」
不幸中の幸いは、グリとリリアスは討伐対象に含まれていないことだ。
リリアスを冒険者にしなかったのは、正解だった。
グリも、グリフィンとはいえ、まだ幼体。戦力ではない、と判断されたのだろう。
「グリには、自力で王都から脱出してもらおう。討伐対象のおれ達と一緒より、安全だろう。ひとまず、クルニアのところに向かわせてくれ」
現在、クルニアは城郭都市ピープルで暮らしている。テグスも住ませられる物件を、ついに見つけたのだ。
ピープルなら、王都から距離もあるので、ひとまずの合流地点にできる。
グリは庭で昼寝していた。
ラプソディが起こして、指示を伝える。
グリは心細そうな顔をしたが、ラプソディに励まされ、飛んで行った。
魔獣グリフィンといえば、成体ならばドラゴンとも渡り合える種だ。
ただ、どうもグリには、そんな逞しい感じがしない。
まだ幼体だからかもしれないが。
(過保護すぎるのかなぁ)とレイは思った。
「ところでレイ。リリアスちゃんを、いつまで抱えているの?」
「あ、そうだった」
駆けて来るときから、リリアスを抱いたままだった。
リリアスを下してから、レイは両手剣を装備した。ラプソディが〈フォーム〉で造ってくれた、両手剣だ。
それから、収納ボックスを腰に下げる。たいしたアイテムは所持していないが、無いよりはマシだろう。
「ラプソディ、頼む」
ラプソディが〈ワープ〉を発動。
レイ、ラプソディ、リリアスは、サラの自宅まで移動した。
しかし、サラは留守にしていた。
「ツイてないな。ラプソディ、サラがどこにいるか分かるか?」
「探索魔法を使えば分かるわ。ただ時間は少しかかるかも。王都は広いし、人も多いから」
「そうか……よし、先にハニと合流しよう」
現在、王都ルクセン内に住んでいる討伐対象は、レイ、ラプソディ、サラ、ハニの4人だ(それとリリアス)。
クルニアの住まいは、城郭都市ピープル。
リガロンは、王都から2キロ地点にある村で、暮らしている。
ちなみにリガロンは、まだリザードマンの母国から戻って来ていない。
討伐対象にされていることを考えると、リガロンは戻って来ないほうがいい。ただ、そのことを伝える手段はないのだが。
「では、ハニちゃんの家に〈ワープ〉するわね」
※※※
その頃──。
サラは、冒険者ギルド本部にいた。
冒険者は年に一度、更新手続きをする必要がある。今日は、その更新手続きのために、本部まで来たのだ。
サラは、受付台の向こうにいる女性に、微笑みかけた。
「お久しぶりです、ローラさん。更新手続きのほう、お願いできますか?」
ローラは微笑を返した。
「承知しました、サラさん」




