7話 新妻には、殲滅系の魔法を使わないよう、頼んでおく。
エルフには、自分たちの国家がある。
よって、人間の国リウに住まうエルフたちは、祖国を追われた者たちの子孫だ。
『はぐれリザードマン』であるリガロンの話では、王都より15キロの地点にあるエルフの町ポーロで、襲撃は起きるという。
リザードマンの集団は、エルフの女子供を捕まえ、他国に売るつもりだ。見目麗しいエルフは、高く売れるのだとか。
「なんて奴らだ。ポーロ町に急ぐぞ」
馬に乗ろうとするレイを、ラプソディが止める。
「まって、レイ。あたしは、エルフがどうなろうと知ったことではないけど、レイは違うのでしょう? エルフたちを助けたいのよね。それなら、いま取る選択肢は、馬ではないはずよ」
ラプソディは、馬で駆けるより、ワープ魔法のほうが早い、と言いたいのだ。ワープ酔いが辛いため、普段はワープ魔法を避けるレイだが。
「そうだな。苦手だとか言っている場合じゃない。よし、ラプソディ、ワープ魔法を頼む。リガロン、お前も来い」
逃げようとしたリガロンの肩を掴む。
「オレもか?」
「働いてもらうぞ、情報提供者」
ラプソディが呪文詠唱を省略し、ワープ魔法を発動。
刹那。
レイは目を回し、その場に片膝を突いた。今回は吐きはしなかったが、やはり辛いものがある。
「大丈夫、レイ?」
ラプソディが心配そうだ。
「……ああ……もう大丈夫だ。それより、ここがポーロ町か」
レイたちは、ポーロ町の広場にワープしていた。夜間なので、誰もいない。おかげで騒ぎにならずに済んだ。エルフは余所者を嫌う傾向があるからだ。
何より、襲撃に間に合ったようだ。というのも、町は静かなもので、脅威が迫っているとは、考えられない。
「リガロン。お前の仲間はどこから来るんだ?」
リガロンが吐き捨てるように言う。
「もう仲間じゃねぇ」
「そうだったな、すまない。で、奴らは、どっちの方角から来る?」
ポーロ町ほどの規模になると、まわりは防御のための壁が築かれている。
ただし、城郭都市の城壁などとは比べられない、小さなものだ。やろうと思えば、簡単に越えられるだろう。
ただでさえリザードマンは、身体能力が高い。
「全方位からだ」
「全方位からだって? それほどの人数がいるのか。お前の──元・仲間は」
「奴ら、130体はいるぜ。どうする?」
リガロンは、逃げるなら今のうちだ、と言いたいのだろう。
レイは、たとえ自分だけだったとしても、逃げるつもりはなかった。
もちろん、レイだけでは、130体のリザードマン相手、3分と持たないだろう。
必殺スキル〈茨道〉を放って、10体はまとめて倒せる。その直後の硬直時に、一斉に攻撃され、殺される。そんなところだ。
しかし、こちらにはラプソディがいる。
「ラプソディ。エルフと魔族は友好ではないよな。それでも、力を貸してくれるか?」
ラプソディは微笑みを浮かべる。
「レイの望みが、あたしの望みよ。レイがこの町のエルフたちを守りたいのなら、あたしに任せて」
「ラブソティ、ありがとう」
レイとラプソディが見つめ合っていると、リガロンが呻くように言った。
「こいつら、バカップルか」
ラプソディが鋭く訂正する。
「バカね、夫婦よ」
「それはそうと、ラプソディ。盗賊団〈斬〉を潰した〈トルネード〉とかは、使わないでくれよ。というか、広範囲への攻撃魔法は、ぜんぶダメだ」
レイがそう注意すると、ラプソディは不満そうな顔をした。
「え。あたしの得意とする魔法は、〈トルネード〉とかの殲滅系よ。つまり、どれも広範囲への攻撃魔法なのに」
「盗賊団のときと違って、今回は戦闘フィールドが良くない。というより、最悪だ。守らなければならないエルフ市民が、たくさんいる。殲滅系の魔法なんか使ったら、この町ごと吹っ飛んでしまうだろ」
「なら、どうするの?」
「攻め込んで来たリザードマンどもを、一体ずつ仕留めていくしかないだろ」
ラプソディは腕組みして、つまらなさそうな表情をした。
「面倒ね。それに各個撃破でいくと、手こずるわよ。敵がいくら雑魚でも、数が多いもの」
「それでも、やるしかない。そうと決まれば、エルフたちに隠れてもらおう」
「この町の中に、隠すのね?」
「ああ。エルフたちを外に避難させるのは、危険だからな」
リザードマン達が一方向から来るのなら、その反対方向へと避難させればいい。だが連中は、ポーロ町を取り囲むように、全方向から来るという。
下手に避難させると、かえって捕獲されるリスクが高まってしまう。
「ラプソディ。この町で、いちばん偉い者が分かるか?」
「ポーロ町の全住人に、スキャン魔法をかけてみるわ。ステータスの職業欄に町長とあれば、ソイツよね」
各個人が持つステータスには、その人物の攻撃力などの数値や、個人情報が記載されている。通常は、当人しか閲覧できない。
だが、スキャン魔法などを使うと、他者も見ることができる。ただ、全住人を一斉にスキャンするという離れ業は、ラプソディだからできる。
「見つけたわ。すぐそこの家ね」
ラプソディは、レイを案内した。
レイは、リガロンも連れて、町長と面会する。
エルフの町長は、肝が据わっているらしい。いきなり人間とリザードマンの訪問を受けても、動じはしなかった。
(とはいえ、ラプソディが人間ではなく、魔族と知ったら、そうはいかなかっただろうな)
レイは、冒険者カードを見せて、身分を示した。
冒険者カードは、偽造は不可能とされている。身分証の類では、いちばん信用が置けるものなのだ。
もちろん冒険者が全員、善人というわけではない。
が、少なくとも、ならず者でないことを示せるだけで充分といえる。身分を証明したところで、レイは説明した。
もうじき、リザードマンの群れが、この町を襲撃することを。
「時間がありません。住人たちに隠れるよう指示していただきたい。あとは、こちらで片付けますので」
町長は信じがたいという様子だ。
「しかし、攻め入ってくるのは、100体以上のリザードマンという話。失礼ながら、お二人はFランクのようだ。本当に片付けるなどということが、可能なのか?」
冒険者カードには、ランクも記されている。ラプソディはFランク魔導士、レイはFランク戦士となっている。
「ご安心を。俺たちは、Bランク程度の実力はありますので」
Bランクというのは、ラプソディのSSSランクと、レイのFランクを足してみた結果だ。
町長はうなずいた。
「わかった。あなた方を信じよう」
それから町長は頭を下げた。
「失礼な物言いを謝罪する。あなた方が救助に来てくださったことには、感謝しているのだ。だが、私には町長としての責任がある。この町の命運を託して良いのか、確認せねばならなかった」
「頭を上げてください、町長。あなたが初め信じられなかったのも、無理はありません。冒険者カードには、Fランクとあるのですから。ですが、改めて申します。我々を信じていただきたい。我々は必ず、リザードマンどもを撃退します。な?」
レイは、ラプソディとリガロンに視線を向けた。
ラプソディは、うなずく。
リガロンは目を白黒させた。
「ま、まて。オレも数に入っているのか?」
「当然だ。軽犯罪とはいえ、家畜泥棒の罪を重ねたんだ。罪滅ぼしをしろ」
ラプソディは、レイとリガロンを交互に見て、嬉しそうに言う。
「あら。これが、パーティというものなのね」