62話 サラさん、武者修行の旅に出る①~〈純白の塔〉へ行こう。
〈梟の庭〉の一件から、3日が経った。
〈セーフティ〉を解除したラプソディ。ようは暴走してしまったわけだ。ただ、王都の市民に犠牲者は出なかったため、冒険者ギルドに知られることはなかった。
〈梟の庭〉四人衆との戦闘自体は、冒険者ギルドに報告しないわけにはいかない。
そこで、『暗殺者の襲撃を受けたが、理由は分からない』で通した。
その後、〈梟の庭〉がどうなったかは、不明だ。
トップの4人を一気に失ったのだから、組織は衰退するに違いない。
すべては、『魔王の娘』を怒らせたことが、原因なのだ。
そんなことを考えながら、レイは庭の雑草を刈っていた。
すると、訪問者があった。サラだ。
サラは挨拶も省略して、開口一番に言った。
「レイさん。わたし、武者修行に出ようと思います!」
「いきなり、どうした?」
サラは、思いつめた様子で説明する。
「先日の〈梟の庭〉との戦いで、わたしは自分の力不足を痛感しました。〈リザレクション〉どころか〈ゴッド・ヒーリング〉も使えない自分に」
「そこまで、自分を責めなくてもいいんじゃないか? これから、ゆっくりと成長していけばいいんだ」
「いえ、悠長なことは言っていられません。ラプソディさん達が負傷したのが、もしもクエスト中でしたら? 先日のように、パーティ外のヒーラーに、頼むことはできません。このわたしが、皆さんの負傷を治癒しなければならないのです。そして、今のわたしは、決定的に能力不足です」
「だから、武者修行なのか……サラの覚悟は分かった。おれも応援するよ。だが、あまりムチャはするなよ。君は、おれ達の大事なヒーラーなんだからな」
サラは満面の笑みで答える。
「はい、ありがとうございます」
サラを見送った翌日、レイが庭の花壇の手入れをしている時だ。
またも来訪者があった。今回は、リガロンだ。
「レイ。オレは故郷に帰るぜ」
この日は、ラプソディもレイの手伝いをしていた。
そんなラプソディが言う。
「あら、リガロン。パーティ離脱ね。寂しくなるわ。じゃ、さよなら」
「おい、誰がパーティを離脱すると言った! ちょっと故郷に帰るだけだ。すぐに戻ってくる」
「ふーん。まぁ、好きにしなさい。戦力的には、居ても居なくても、さほど変わらないし」
「オレがパワーアップして帰ってきても、同じことが言えるかな。今から楽しみだぜ」
レイは、リガロンを落ち着かせることにした。というのも、リガロンは混乱しているらしい。
「まて、まて、リガロン。お前のいた群れは、おれたちが潰しただろ?」
「故郷ってのは、群れのことじゃねぇ。リザードマンが統べる母国のことだ」
「ロール大陸の東端にある小国のことか」
「ああ。そこでオレは、〈蜥蜴王〉に弟子入りするつもりだ」
「〈蜥蜴王〉?」
「〈蜥蜴王〉ってのは、最強のリザードマンに与えられる称号だ。リザードマンのみが使える必殺技スキルも、多く知っている。色々と教えてもらうつもりだぜ」
「……まさか、お前。武者修行に行こうというのか?」
「おうよ。まさしく、その武者修行だ。強くなって帰ってくるぜ」
リガロンを見送ってから、レイはふいに焦りを覚えた。このままでは、パーティ・リーダーが一番の弱者になってしまう。
(庭仕事ばかりしている場合じゃないぞ!)
「ラプソディ。おれも武者修行の旅に出るときが来たようだ」
ラプソディが誇らしげに微笑む。
「分かっていたわよ、レイ。レイが、より高みを目指そうとすることは。だからね、すでに依頼してあるわ」
「依頼だって?」
「ええ。レイを鍛えてくれる、いわばブート・キャンプの教官を」
レイは感動した。さすがラプソディだ。
「それで、教官というのは?」
ラプソディは満面の笑みで答えた。
「あたしのパパよ!」
(……魔王かぁ。冒険者の教官が、魔王かぁ。凄い教官であることは間違いないが、なんか複雑だ)
ラプソディが言う。
「それはそうと、レイ。魔族の世界では、総合的な能力の高さを、レベル(Lv)で表すことがあるの。実戦では、必ずしも絶対ではないのだけど、目安にはなるわ」
「レベルかぁ。つまり、強さの数値化だよな?」
「少し違うわね。たとえば、ヒーラー。彼らの能力は、回復魔法の質で決まるでしょ? 〈リザレクション〉とかが使えれば、レベルは高くなるわ。だけど、戦闘が強いわけではない」
「なるほど」
「レベル数値は、1~999までよ。ちなみに、何の訓練も受けていない農民とかで、Lv2。衛兵あたりだと、Lv10ね」
「おれ達は?」
「そうね。先日、測定したところだと──サラちゃんがLv232、リガロンがLv183、レイがLv265だったわ。次に会うとき、皆がどこまでレベルを上げているのか、いまから楽しみね」
レイは、内心でガッツポーズをしていた。
(よし、リガロンに勝ったぞ)
「それで、ラプソディ達のレベルは、どれくらいなんだ?」
「ハニちゃんがLv721、クルニアちゃんがLv986」
「分かってはいたが、桁外れだな……肝心のラプソディは?」
ラプソディは肩を揺すった。
「さぁ」
「さぁ?」
「あたしとリリアスちゃんは、測定不能と出るから」
「つまり、999よりも上ということか」
妥当だな、とレイは思った。ラプソディは当然として、時を止められるリリアスも、規格外だからだ。
※※※
武者修行のため、サラは王都を出発した。
サラが目指すのは、〈純白の塔〉だ。
〈純白の塔〉。
リウ国内の南方にあり、ヒーラーの聖地とされている。
〈純白の塔〉を統べるのは、ヒーラーの最高位でもある〈聖なる乙女〉だ。
ヒーラーとして実力を付けるには、〈聖なる乙女〉から教えを乞うのが、一番の早道だ。
王都から〈純白の塔〉までは、徒歩で行ける距離ではない。そこで、サラは馬を借りた。
馬に乗っても、4日はかかる距離だ。
夜は野営ではなく、街道沿いの宿に宿泊する。
3日目までは、順調だった。
しかし、その夜に事件があった。
その夜の宿の食堂で、夕食を取っていたときだ。気づけば、3人の人相の悪い男たちに、囲まれていた。
サラは立ち上がり、その場を去ろうとした。
だが、男たちに通路を塞がれてしまう。
「あの、通していただけませんか?」
男の一人が、サラの腕を掴んだ。
「お嬢ちゃん。一人寝は寂しいだろ。優しいオレたちが、相手してやるよ」
「あの、離してください。離して!」
周囲の客たちは、見て見ぬフリだ。
サラに絡んでいる男たちは、武装していた。山賊かもしれない。関わらないほうが良い、と誰もが思っているのだ。
しかし、例外もいた。
「そこのデカイの。オマエだよ、オマエ」
「あぁ? なんだ?」
サラの腕を掴んでいた男が、声のしたほうへ顔を向けた。
そこには、15歳くらいの少女が立っている。
男は下卑た笑みを浮かべた。獲物が増えた、とでも思ったのだろう。
それは大きな間違いだったが。
刹那、男の顔面が潰れた。
少女から強烈なパンチを食らい、鼻が粉砕したのだ。男はぶっ倒れる。
残りの2人が、怒声を上げる。
「てめぇ!」
「ただで済むと思うなよ!」
しかし、この2人も呆気なく、のされた。
1人は少女の蹴りを食らい、もう1人は少女の肘鉄で吹き飛んだ。
サラが、声を上げる。
「ハニさん! どうして、こちらに?」
3人の男をのした少女こそが、ハニだった。尻尾を軽く振っている。
「ラプソディ様から聞いたんだよ。キミが武者修行とやらに出たとね。ボクは思ったね。一人で旅なんかして、ボクたちのヒーラーに何かあったら、どうしようと」
「それで、追いかけて来てくれたのですね。わたしのために」
ハニは視線をそらした。頬が赤らんでいる。
「べ、別に、キミのためじゃないよ。ボクが負傷したとき、回復魔法をかけてくれる人がいなくちゃ、困るからだよ。つまり、これはボクのためだ」
サラは微笑んだ。
「それでも、ありがとうございます。いまも、助けていただきましたし」
すると、ハニは厳しい声で言う。
「ヒーラーとはいえ、この程度の雑魚は、自力で片付けられないとダメだよ」
サラはしゅんとした。
「……はい。精進します」
「ま、いきなり強くなれとは言わないけどさ」
翌日の昼ごろ。
サラは馬に乗り、ハニは軽やかに駆けていた。馬と並走しても、ハニは疲れた様子も見せない。
「ハニさん。あそこの丘を越えると、〈純白の塔〉が見えてくるはずです」
「ふうん。〈純白の塔〉かぁ。つまり、白魔法の聖地ということだよねぇ」
闇属性の魔族としては、気乗りしない目的地だ。とはいえ、サラを一人にはできないので、引き返す気はないハニだった。
2人は丘を越え、同時に「あっ!」と声を上げた。
ハニが呻く。
「迂闊だったよ。探索魔法を発動しておくんだった。目視するまで、これに気づかないなんて」
サラは悲鳴を飲み込む。
「……そんな、〈純白の塔〉が」
〈純白の塔〉は、いまや半壊していた。
〈純白の塔〉を襲撃した犯人が、その上空を旋回している。
小山ほどの大きさ。漆黒の鱗に、赤い眼。息を吐くだけで、灼熱の炎が噴き出る。
黒龍だ。
最強のドラゴンであり、最強の魔獣でもある。
そんな黒龍が、〈純白の塔〉を襲っているのだ。




