59話 〈梟の庭〉壊滅戦⑬~滅びるときは、あっという間。
〈悪鬼梟〉であるミールは、必死に逃げていた。
やはり、あの女は災厄だったのだ、と思いながら。
そもそもが、ラプソディ一派に攻撃を仕掛けることに、反対だった。
それでも、まだ最初の計画は、受け入れられたのだ。
ラプソディ一派の弱点といえる、ヒーラーのサラを拉致する、という計画は。
だが拉致に失敗した。次にどうなったか。
ラプソディがシーゲル邸を訪れる、という情報が入った。そこで〈無限梟〉が、次なる計画を立てたのだ。
シーゲルを殺して、彼に成りすます。そうして、ラプソディの不意をついて、〈寿限無〉を発動。『無限の迷宮』に、ラプソディを閉じ込める計画だ。
この計画は、成功したかに見えた。
ところが、ラプソディは次元そのものを裂いて、脱出に成功した。
ここだ。この時点で、もう諦めるべきだった。
だが実際は、そうはならなかった。
〈梟の庭〉四人衆が、総がかりで対峙する流れになってしまったのだ。
〈砂漠梟〉の〈未来視〉スキルと、ミールの〈キャンセル〉の連携ならば、ラプソディでさえも封じることができる、と。
ミールは、半信半疑だった。
だが蓋を開けてみれば、はじめは成功したかに思えた。
このまま進めば、魔王の娘を暗殺することができるかも、と。
だが、違った。
魔王の娘に勝てるなどとは、ミールたちの思い上がりだったのだ。
魔王の娘を怒らせたら、どうなるのか。
〈梟の庭〉は、おしまいだ。
四人衆のうち、3人が一度に殺されてしまったのだから。
しかし、ミールは生き残るつもりだった。
ミールの使える魔法に、〈無限梟〉の〈トランジション〉のようなワープ系はない。
だから今も、こうして王都内の路地を、死に物狂いで走っている。〈スピード・スター〉を発動し、敏捷性を上げた状態で。
そして、〈プリズム・ブレード〉の呪文詠唱を済ませてある。いつでも発動できる状態だ。
〈プリズム・ブレード〉は、光属性の攻撃魔法だ。一般に、魔族は闇属性とされる。光魔法が弱点のはず。
〈プリズム・ブレード〉の一撃ならば、魔王の娘に致命傷を与えることが可能かもしれない。
必死に走るミールは、ハッとした。
前方に、ラプソディがワープして来たのだ。
今こそ、〈プリズム・ブレード〉を使うときだ。
(〈梟の庭〉四人衆が一人、〈悪鬼梟〉を舐めるなよ)
「くらえ、〈プリズム・ブ──?????」
ラプソディの速さは、ミールの想定を上回っていた。
ミールの首が、ねじ切られる。胴体から切り離された頭部は、路面を転がっていった。
胴体のほうは、惰性で少し走ってから、ばたりと倒れた。
こうして〈悪鬼梟〉は、〈プリズム・ブレード〉を放つ間もなく、殺されたのだった。
※※※
時間は、少し遡る──。
レイとハニは、自宅に到着。さっそく、クルニアたちに事情を話す。
クルニアは厳しい表情をした。
「姫殿下が、〈セーフティ〉を解除されたとは。四人衆というのは、よほどの強敵だったのだろう」
レイは呻いた。
「その強敵は、いまごろ惨殺され尽くしたころだろうがな」
ソファの上で、リリアスは胡坐をかいていた。
そんなリリアスは、少し舌足らずに言う。
「リリアスの〈タイム〉を使ったほうがいい?」
クルニアは首を横に振った。
「いや、リリアス。貴様の唯一の弱点は、MP量の少なさだ。一方、時間系の魔法はMPを大量に使う。ここぞというときまで、温存したい。なんといっても、相手は姫殿下なのだから」
サラが不安そうに言う。
「あの、ラプソディさんと戦うしか道はないのですか?」
クルニアはうなずいた。
「まだ、私たちが魔王城にいたころの話だ。姫殿下は、私に命じられた。姫殿下が〈セーフティ〉を解除したとき、正気に戻すのが、私の務めだと。そして、姫殿下をお止めするには、いったん戦闘不能になっていただかなければならない」
「そんな……」
レイは、すでに覚悟を決めていた。
本能に支配された状態を、ラプソディが望んでいるはずがない。
ラプソディを正気に戻す。どんな手段を使おうとも。
(ここで腹を括れないようでは、ラプソディの夫でいる資格なしだ)
今まで出番なしのリガロンが言う。
「あのなぁ。そもそも勝てるのか、あのラプソディに?」
ハニが指を2本立てた。
「2つの好条件がなかったら、無理だったね。その1、リリアスが引きこもりを止めて、こっちに来ていた。その2、ラプソディ様は右肩を負傷しているため、動きが通常より鈍い」
レイは思った。あれで動きが鈍いのか?
何はともあれ、まずはラプソディを見つけねばならない。
その点をレイは言った。
「ラプソディをどう見つける?」
「すでに見つけてあるよ、ボクの探索魔法で。これも、不幸中の幸いだね。つまり、今のラプソディ様は、こちらの探索魔法を妨害することはしない。本能のまま行動しているということは、戦略を立てたりはしないのだからね」
(あの戦闘力で戦略まで立てられたら、それこそ打つ手なしだからな)
レイたちは、すぐに移動を開始した。
テグスに乗れば、王都内のどこにラプソディが居ようとも、瞬時に到着できる。
問題は、テグスには人数制限があることだ。3人しか乗るスペースがない。
そこで裏技だ。リリアスをハニの膝上に乗せることで、1人分を別に確保。よってクルニア、レイ、ハニ、リリアスの4人が騎乗できた。
ラプソディは広場を移動中だった。すでに〈悪鬼梟〉は仕留めた様子。
幸運なことに、神速に入らず、通常の徒歩だ。そして、まだ市民に犠牲は出ていない。
テグスが急降下し、ラプソディから少し離れて着地した。
レイはテグスから飛び降り、ラプソディのもとに駆け寄ろうとした。そんなレイの前に、ハニが滑り込んで来て、止める。
「殺されたいのかな!?」
「ラプソディは、おれを攻撃したりはしない」
「そりゃあ、シーゲル邸ではそうだったけど、ぐあっ!」
ハニが吹き飛ばされる。
「なっ──!」
ハニが立っていた場所に、今はラプソディが現れる。
レイは固唾を呑んだ。
ラプソディの瞳は、人形のようだ。まるで生気が感じられない。
魔王は、これを『戦仕様』と名付けたそうだ。だとするなら、ラプソディはまだ、『戦仕様』を制御できていない、とも解釈できるのか。
レイは、両手剣を構えた。
「ラプソディ。君になら、殺されても構わない。だが、それは正気のときの話だ。正気を失っている今の君に、殺されるつもりはないぞ」
ラプソディは、レイを素通りした。
レイは振り返る。ラプソディは悠然と歩いていく。その背中は、がら空きだ。
ラプソディを正気に戻すためには、戦闘不能にするしかない。
レイは両手剣の柄を握りなおした。
「他の者に傷つけさせるくらいなら──」
レイは、ラプソディめがけて、〈茨道改〉を放った。
ラプソディに刃が触れたとたん、両手剣はへし折れる。ラプソディは、かすり傷一つ負っていない。
レイの渾身の必殺技は、ラプソディの通常時の防御力にも歯が立たなかったのだ。
「分かってはいたが──夫婦で、戦闘力に違いがありすぎだろ」
ラプソディの前に、クルニアとリリアスが立つ。
クルニアは、レイに向かって言った。
「後のことは、私たちに任せておけ」
ふとレイは気づいた。周囲に市民が一人もいない。
ハニが、レイのもとまで来た。さっきラプソディに殴り飛ばされたが、致命的なダメージではなかったようだ。
「人払いの魔法をかけておいたよ。これで市民が戦闘に巻き込まれる心配はない」
「さすが、ハニ。ところで、お前は戦闘には参加しないのか?」
ハニは無念そうに言う。
「以前、親衛隊内の戦闘力ランキングの話をしたよね? 実は、上位と下位で開きがあってね。1位・2位・3位は飛び抜けて高く、4位・5位・6位は、大きく水を開けられている。5位のボクが行ったら、足手まといかもしれない」
足手まといになる。それはレイにも言えることだった。
(悔しいが、見守ることしかできない)
「クルニアとリリアスは、ラプソディに勝てるよな?」
ハニは答えなかった。




