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58話 〈梟の庭〉壊滅戦⑫~『魔王の娘』を怒らせた。




 レイは、ある日のことを思い出した。

 ラプソディが王都に来て、まだ日が浅いころだ。


●●●


 ラプソディは、自身には〈セーフティ〉魔法が常に発動しているのだ、と明かした。


「〈セーフティ〉って、どういうことだ?」


 レイがそう尋ねると、ラプソディは答えた。


「あたしの力を制限しているのよ。とくに身体能力の面でね。物理的な攻撃力や、敏捷性。それに魔法の質も、〈セーフティ〉の状態では下がるわね」


「つまり、〈セーフティ〉を解除したときが、ラプソディの本気ということか」


「そういうことになるわね」


 レイは、それをポジティブな意味合いで解釈した。

 ラプソディには、まだ次なる段階がある。どのような強敵が現れても、ラプソディの敵ではないのだ、と。

 しかし、〈セーフティ〉の解除には、代償が伴うというのだ。


 ラプソディは、自身の額を指で示した。


「正気を失うのよね」


 レイは愕然とした。


「正気を失う、だって?」


「別の言い方をするなら、本能のままに行動するようになるのよ。魔王の娘の本能のままに。手当たり次第に、殺しだすの。敵も味方もお構いなしに、殺戮する。その間、あたしには記憶がない。これまで2回、〈セーフティ〉を解除したことがあったけれど、どちらも酷いことになったわ」


「魔族は、みんなそうなのか? 誰もが〈セーフティ〉がかかっている?」


「いいえ、〈セーフティ〉が必要なのは、パパの血筋だけよ。パパと、あたし。それと……。とにかく、パパは〈セーフティ〉を解除した状態を、『戦仕様』と呼称している。パパは正気を維持できるようだけど。あたしはまだ、その領域には達してないわ」


 レイは、ラプソディの手を握った。


「よく分かった。ラプソディ、約束してくれ。何があっても、〈セーフティ〉はもう解除しないと。君が正気を失うのは耐えられない」


「分かったわ、レイ。約束する。ただ──もしも、〈セーフティ〉を解除しなくてはいけない事態に陥ってしまったら、そのときはレイの許可を待つわ」


「そんな事態が起きるのか?」


 ラプソディは悪戯っぽく微笑んだ。


「何が起きるか分からないものよ」


●●●


 そして現在──シーゲル邸の玄関ホールにて、〈梟の庭〉四人衆と交戦している。

 

 ラプソディは、「本気を出すこと」の許可を、レイに求めてきた。


(いまが、まさに『〈セーフティ〉を解除しなくてはいけない事態』だというのか)


〈砂漠梟〉が、小ばかにしたように笑う。


「本気を出す、だと? 虚勢を張るな。貴様はすでに全力のはずだ」


 ラプソディは〈砂漠梟〉を無視し、レイに向かって言う。


「心配しないで、レイ。あなたのことは傷つけないわ」


 レイは答える。


「そんなことは心配していない。ただ、おれは君が──」


 しかし、ラプソディが〈セーフティ〉を解除しない限り、絶体絶命の状況は打破できないだろう。


「……すまない、ラプソディ。おれが弱いばかりに」


「いいのよ、レイ。さぁ、言葉にして」


「……ラプソディ。君が〈セーフティ〉を解除することを、許可する」


 急に〈砂漠梟〉が焦り出した。何かを感じたのだろう。


「〈地獄梟〉、〈虚無手〉で魔王の娘を消し去れ! 私は、冒険者レイのほうを、殺る!」


 レイは、〈砂漠梟〉の狙いが読めた。

 ラプソディにとって、レイは守らねばならない対象だ。そのレイを狙うことで、ラプソディの動きを制限しようというのだろう。

 だが──


 ラプソディが囁く。


「愛しているわ、レイ」


 刹那、ラプソディの姿が消える。

 

 レイの後ろから絶叫が起こった。


 振り返ると、おぞましい光景だった。

〈地獄梟〉が跪き、首から血を噴出させている。頭部をねじ切られたのだ。

 床には、切断された頭部が転がっている。


 その頭部が、喚いているのだ。


「痛てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇよぉぉぉぉぉぉぉ!」


「何なんだ、お前は!」


 レイは両手剣を振り下ろし、〈地獄梟〉の頭部を潰した。

 ようやく〈地獄梟〉の絶叫が終わった。今度こそ、本当に死んだようだ。


 一方、〈砂漠梟〉は頭を抱え、狼狽していた。


「なんだ、何が起きている? 未来が見られん。未来がぁぁ!」


〈トランジション〉で、〈無限梟〉がワープしてきた。


「落ち着くのだ、〈砂漠梟〉。〈未来視〉をコントロールしろ」


「コントロールだと? 不可能だ。魔王の娘は、1000の魔法を同時に使おうとしているのだぞ!」


 レイはハッとした。

 同時に1000の魔法を使おうとする。

 そうすれば、1000の未来の可能性が生まれる。

 それら全ての未来を見るなどは、〈未来視〉でも不可能だ。

 また、たとえ〈未来視〉が1000の魔法を見たとしても、それら全ての魔法を強制解除するなど、いくら〈キャンセル〉でも不可能だ。


 焦った様子の〈無限梟〉が、レイを見やる。


「魔王の娘が消えた以上、この男を人質に取り、撤退する」


〈無限梟〉がレイに迫ろうとした。

 

 刹那、〈無限梟〉の胴体がねじ切れた。上半身が床に落ち、下半身の切断面から、恐ろしいほどの血が噴き出す。


〈砂漠梟〉が動揺する。


「くっ。魔王の娘は、まだ近くにいるのか。しかし、姿が見えん。どんな魔法で隠れている!」


 なぜか、レイには分かった。

 ラプソディは、魔法を使ってはいない。


 ラプソディは、1000の魔法を使おうとし、〈未来視〉と〈キャンセル〉を攻略した。

 しかし、使う未来を作っただけだ。実際には、魔法を発動してはいないのだ。発動するまでもないのだろう。


 いまラプソディがやっていることは、シンプルだ。

 目にも留まらぬ神速で、移動する。

 そして、まずは〈地獄梟〉を片付けた。その首を千切ることで。

 次は〈無限梟〉だ。胴体を捩じり切って、瞬殺した。


 圧倒的すぎる。

 ライオンがネズミを狩っているようなものだ。


 追いつめられた〈砂漠梟〉が、必殺技スキルを発動しようとする。


「〈疾風迅──」


 が、必殺技スキルは、発動されなかった。

〈砂漠梟〉の腹部が裂かれたためだ。


 その瞬間、ラプソディが〈砂漠梟〉の前に、立っていた。

 神速で接近し、〈砂漠梟〉の腹部を手刀で裂いたのだ。

〈砂漠梟〉も、それなりの防御力は有していたはずだ。だが、ラプソディの手刀の攻撃力が、上回ったのだ。


 ラプソディは、〈砂漠梟〉の腹部に右手を突っ込み、ハラワタを引きずり出した。

〈砂漠梟〉は、信じられないという顔のまま、絶命した。


 これで四人衆のうち、3人が死んだ。

〈無限梟〉、〈砂漠梟〉、〈地獄梟〉が。


 レイは、ラプソディの背に声をかける。


「ラプソディ……勝ったな」


 ラプソディが、レイを振り返る。

 普段なら、レイに微笑みかけてくれる。

 しかし、いまのラプソディの表情は、うつろだ。視線も宙をさ迷っており、レイの声も届いていない様子。


 レイは、ラプソディを抱きしめようとした。

 が、その前に、ラプソディが消えてしまう。神速の移動か、またはワープ魔法か。レイには、見極めもできなかった。


「ラプソディ!」


 背後から足音がした。


「ラプソディか?」


 振り向くと、後ろから歩いて来たのはハニだった。

〈無限梟〉が死んだことで、〈寿限無〉の次元から解放されたようだ。


 ハニの顔は青ざめている。


「ラプソディ様が、〈セーフティ〉を解除されたんだね?」


「ああ。それしか方法がなかったんだ」


「ラプソディ様はいま、本能のままに、動こうとしているよ」


 レイは固唾を呑んだ。


「ラプソディが殺戮を始める、というのか?」


「それが『魔王の娘』の本能というものだよ。少なくとも、この王都の市民は皆殺しにされるね」


「そんな──」


 ふとレイは、光明を見た。


「まてよ。ラプソディには、まだ正気があるはずだ。おれが生きた証人だ。ラプソディが無差別に殺戮するのだったら、今頃おれは殺されているはずだ。だが、おれは生きている」


 ハニは首を横に振った。


「そうだね。〈セーフティ〉を解除しても、レイだけは傷つけなかったのだ。レイは特別だからね。けど、そんなレイの言葉さえも、ラプソディ様には届かなかったんだよね? それなら希望は抱かないほうがいい」


「……ハニ。ラプソディを止めたい。夫として、妻を助けたい。力を貸してくれ」


「もちろんさ。ラプソディ様も、王都を血の海にすることは、望んでいない。けど、ボクたちだけじゃ、力不足だ。実力行使で止めることになるだろうからね」


 レイは呻いた。


(ラプソディに対して、実力行使だと? ラプソディを傷つけたくない。だが、それしか手段がないのなら──)


 そこまで考えて、レイは唖然とした。


「いや、不可能だろ。相手はラプソディだぞ」


「ボクたちにも、ツキはあるよ。この王都に、クルニアさんとリリアスがいるのだからね」


「親衛隊の戦闘力ランキング1位と2位か」


「2人が力をあわせたならば──」


「ラプソディを止められるのか?」


「1%の可能性はある」


「それで充分だ。行くぞ!」


 クルニアとリリアスに、事態を知らせねばならない。

 レイとハニは、自宅めざして走った。


 王都は平和だ。

 まだ、ラプソディは無差別の殺戮を始めていないようだ。

 ハニが推察した。


「ラプソディ様は〈セーフティ〉を解除し、正気を手放した。それでも、狩るべき優先事項はあるのかもね」


「どういうことだ?」


「〈キャンセル〉を使っていた、四人衆の4人目がいるでしょう」


「〈悪鬼梟〉とかいう奴だな」


 つまり、こういうことだ。

〈セーフティ〉を解除したラプソディは、本能のままに行動する。

 このままでは王都の市民を、皆殺しにしてしまうだろう。

 だが、それが起こるには、まだ猶予がある。

 まずラプソディは、〈悪鬼梟〉を血祭りに上げようとしているからだ。


 すなわち、〈悪鬼梟〉が生きているうちは、王都の市民は無事だ。

 その間に、クルニアとリリアスの力を借りて、ラプソディを止めねばならない。


(待っていてくれよ、ラプソディ)


 同時に、レイは〈悪鬼梟〉にエールを送っていた。

 敵にエールを送るとは、普通ならあり得ないことだが。


(〈悪鬼梟〉。一秒でも、長く持ちこたえろよ。時間を稼げ!)




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