58話 〈梟の庭〉壊滅戦⑫~『魔王の娘』を怒らせた。
レイは、ある日のことを思い出した。
ラプソディが王都に来て、まだ日が浅いころだ。
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ラプソディは、自身には〈セーフティ〉魔法が常に発動しているのだ、と明かした。
「〈セーフティ〉って、どういうことだ?」
レイがそう尋ねると、ラプソディは答えた。
「あたしの力を制限しているのよ。とくに身体能力の面でね。物理的な攻撃力や、敏捷性。それに魔法の質も、〈セーフティ〉の状態では下がるわね」
「つまり、〈セーフティ〉を解除したときが、ラプソディの本気ということか」
「そういうことになるわね」
レイは、それをポジティブな意味合いで解釈した。
ラプソディには、まだ次なる段階がある。どのような強敵が現れても、ラプソディの敵ではないのだ、と。
しかし、〈セーフティ〉の解除には、代償が伴うというのだ。
ラプソディは、自身の額を指で示した。
「正気を失うのよね」
レイは愕然とした。
「正気を失う、だって?」
「別の言い方をするなら、本能のままに行動するようになるのよ。魔王の娘の本能のままに。手当たり次第に、殺しだすの。敵も味方もお構いなしに、殺戮する。その間、あたしには記憶がない。これまで2回、〈セーフティ〉を解除したことがあったけれど、どちらも酷いことになったわ」
「魔族は、みんなそうなのか? 誰もが〈セーフティ〉がかかっている?」
「いいえ、〈セーフティ〉が必要なのは、パパの血筋だけよ。パパと、あたし。それと……。とにかく、パパは〈セーフティ〉を解除した状態を、『戦仕様』と呼称している。パパは正気を維持できるようだけど。あたしはまだ、その領域には達してないわ」
レイは、ラプソディの手を握った。
「よく分かった。ラプソディ、約束してくれ。何があっても、〈セーフティ〉はもう解除しないと。君が正気を失うのは耐えられない」
「分かったわ、レイ。約束する。ただ──もしも、〈セーフティ〉を解除しなくてはいけない事態に陥ってしまったら、そのときはレイの許可を待つわ」
「そんな事態が起きるのか?」
ラプソディは悪戯っぽく微笑んだ。
「何が起きるか分からないものよ」
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そして現在──シーゲル邸の玄関ホールにて、〈梟の庭〉四人衆と交戦している。
ラプソディは、「本気を出すこと」の許可を、レイに求めてきた。
(いまが、まさに『〈セーフティ〉を解除しなくてはいけない事態』だというのか)
〈砂漠梟〉が、小ばかにしたように笑う。
「本気を出す、だと? 虚勢を張るな。貴様はすでに全力のはずだ」
ラプソディは〈砂漠梟〉を無視し、レイに向かって言う。
「心配しないで、レイ。あなたのことは傷つけないわ」
レイは答える。
「そんなことは心配していない。ただ、おれは君が──」
しかし、ラプソディが〈セーフティ〉を解除しない限り、絶体絶命の状況は打破できないだろう。
「……すまない、ラプソディ。おれが弱いばかりに」
「いいのよ、レイ。さぁ、言葉にして」
「……ラプソディ。君が〈セーフティ〉を解除することを、許可する」
急に〈砂漠梟〉が焦り出した。何かを感じたのだろう。
「〈地獄梟〉、〈虚無手〉で魔王の娘を消し去れ! 私は、冒険者レイのほうを、殺る!」
レイは、〈砂漠梟〉の狙いが読めた。
ラプソディにとって、レイは守らねばならない対象だ。そのレイを狙うことで、ラプソディの動きを制限しようというのだろう。
だが──
ラプソディが囁く。
「愛しているわ、レイ」
刹那、ラプソディの姿が消える。
レイの後ろから絶叫が起こった。
振り返ると、おぞましい光景だった。
〈地獄梟〉が跪き、首から血を噴出させている。頭部をねじ切られたのだ。
床には、切断された頭部が転がっている。
その頭部が、喚いているのだ。
「痛てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇよぉぉぉぉぉぉぉ!」
「何なんだ、お前は!」
レイは両手剣を振り下ろし、〈地獄梟〉の頭部を潰した。
ようやく〈地獄梟〉の絶叫が終わった。今度こそ、本当に死んだようだ。
一方、〈砂漠梟〉は頭を抱え、狼狽していた。
「なんだ、何が起きている? 未来が見られん。未来がぁぁ!」
〈トランジション〉で、〈無限梟〉がワープしてきた。
「落ち着くのだ、〈砂漠梟〉。〈未来視〉をコントロールしろ」
「コントロールだと? 不可能だ。魔王の娘は、1000の魔法を同時に使おうとしているのだぞ!」
レイはハッとした。
同時に1000の魔法を使おうとする。
そうすれば、1000の未来の可能性が生まれる。
それら全ての未来を見るなどは、〈未来視〉でも不可能だ。
また、たとえ〈未来視〉が1000の魔法を見たとしても、それら全ての魔法を強制解除するなど、いくら〈キャンセル〉でも不可能だ。
焦った様子の〈無限梟〉が、レイを見やる。
「魔王の娘が消えた以上、この男を人質に取り、撤退する」
〈無限梟〉がレイに迫ろうとした。
刹那、〈無限梟〉の胴体がねじ切れた。上半身が床に落ち、下半身の切断面から、恐ろしいほどの血が噴き出す。
〈砂漠梟〉が動揺する。
「くっ。魔王の娘は、まだ近くにいるのか。しかし、姿が見えん。どんな魔法で隠れている!」
なぜか、レイには分かった。
ラプソディは、魔法を使ってはいない。
ラプソディは、1000の魔法を使おうとし、〈未来視〉と〈キャンセル〉を攻略した。
しかし、使う未来を作っただけだ。実際には、魔法を発動してはいないのだ。発動するまでもないのだろう。
いまラプソディがやっていることは、シンプルだ。
目にも留まらぬ神速で、移動する。
そして、まずは〈地獄梟〉を片付けた。その首を千切ることで。
次は〈無限梟〉だ。胴体を捩じり切って、瞬殺した。
圧倒的すぎる。
ライオンがネズミを狩っているようなものだ。
追いつめられた〈砂漠梟〉が、必殺技スキルを発動しようとする。
「〈疾風迅──」
が、必殺技スキルは、発動されなかった。
〈砂漠梟〉の腹部が裂かれたためだ。
その瞬間、ラプソディが〈砂漠梟〉の前に、立っていた。
神速で接近し、〈砂漠梟〉の腹部を手刀で裂いたのだ。
〈砂漠梟〉も、それなりの防御力は有していたはずだ。だが、ラプソディの手刀の攻撃力が、上回ったのだ。
ラプソディは、〈砂漠梟〉の腹部に右手を突っ込み、ハラワタを引きずり出した。
〈砂漠梟〉は、信じられないという顔のまま、絶命した。
これで四人衆のうち、3人が死んだ。
〈無限梟〉、〈砂漠梟〉、〈地獄梟〉が。
レイは、ラプソディの背に声をかける。
「ラプソディ……勝ったな」
ラプソディが、レイを振り返る。
普段なら、レイに微笑みかけてくれる。
しかし、いまのラプソディの表情は、うつろだ。視線も宙をさ迷っており、レイの声も届いていない様子。
レイは、ラプソディを抱きしめようとした。
が、その前に、ラプソディが消えてしまう。神速の移動か、またはワープ魔法か。レイには、見極めもできなかった。
「ラプソディ!」
背後から足音がした。
「ラプソディか?」
振り向くと、後ろから歩いて来たのはハニだった。
〈無限梟〉が死んだことで、〈寿限無〉の次元から解放されたようだ。
ハニの顔は青ざめている。
「ラプソディ様が、〈セーフティ〉を解除されたんだね?」
「ああ。それしか方法がなかったんだ」
「ラプソディ様はいま、本能のままに、動こうとしているよ」
レイは固唾を呑んだ。
「ラプソディが殺戮を始める、というのか?」
「それが『魔王の娘』の本能というものだよ。少なくとも、この王都の市民は皆殺しにされるね」
「そんな──」
ふとレイは、光明を見た。
「まてよ。ラプソディには、まだ正気があるはずだ。おれが生きた証人だ。ラプソディが無差別に殺戮するのだったら、今頃おれは殺されているはずだ。だが、おれは生きている」
ハニは首を横に振った。
「そうだね。〈セーフティ〉を解除しても、レイだけは傷つけなかったのだ。レイは特別だからね。けど、そんなレイの言葉さえも、ラプソディ様には届かなかったんだよね? それなら希望は抱かないほうがいい」
「……ハニ。ラプソディを止めたい。夫として、妻を助けたい。力を貸してくれ」
「もちろんさ。ラプソディ様も、王都を血の海にすることは、望んでいない。けど、ボクたちだけじゃ、力不足だ。実力行使で止めることになるだろうからね」
レイは呻いた。
(ラプソディに対して、実力行使だと? ラプソディを傷つけたくない。だが、それしか手段がないのなら──)
そこまで考えて、レイは唖然とした。
「いや、不可能だろ。相手はラプソディだぞ」
「ボクたちにも、ツキはあるよ。この王都に、クルニアさんとリリアスがいるのだからね」
「親衛隊の戦闘力ランキング1位と2位か」
「2人が力をあわせたならば──」
「ラプソディを止められるのか?」
「1%の可能性はある」
「それで充分だ。行くぞ!」
クルニアとリリアスに、事態を知らせねばならない。
レイとハニは、自宅めざして走った。
王都は平和だ。
まだ、ラプソディは無差別の殺戮を始めていないようだ。
ハニが推察した。
「ラプソディ様は〈セーフティ〉を解除し、正気を手放した。それでも、狩るべき優先事項はあるのかもね」
「どういうことだ?」
「〈キャンセル〉を使っていた、四人衆の4人目がいるでしょう」
「〈悪鬼梟〉とかいう奴だな」
つまり、こういうことだ。
〈セーフティ〉を解除したラプソディは、本能のままに行動する。
このままでは王都の市民を、皆殺しにしてしまうだろう。
だが、それが起こるには、まだ猶予がある。
まずラプソディは、〈悪鬼梟〉を血祭りに上げようとしているからだ。
すなわち、〈悪鬼梟〉が生きているうちは、王都の市民は無事だ。
その間に、クルニアとリリアスの力を借りて、ラプソディを止めねばならない。
(待っていてくれよ、ラプソディ)
同時に、レイは〈悪鬼梟〉にエールを送っていた。
敵にエールを送るとは、普通ならあり得ないことだが。
(〈悪鬼梟〉。一秒でも、長く持ちこたえろよ。時間を稼げ!)




