5話 新妻が全職業でSSSランクだった件。
レイは、ラプソディをローラに紹介した。
ラプソディと結婚したことも話すと、ローラは仰天していた。
ローラの気持ちは、よく分かる。
魔王城から脱出するだけでも奇跡なのに、なぜ結婚などしているヒマがあったのか、と。
(その魔王城で結婚式を挙げたんだ、とは言えないわけだが。……言っても、信じないだろうな)
ラプソディは、レイと夫婦であることを、やたらと強調した。
「レイは、あたしの夫なのよ。ローラという人間、理解したわね?」
「はぁ。あの、ラプソディさんも、人間ですよね?」
レイは、話題を変えることにした。ちょうど、どうしても聞きたいこともあったのだ。
「ルードリッヒたちのパーティで、何か知らせはあったか?」
「伝書鳩で、手紙が届いています。その手紙には、レイさんが魔王城内ではぐれたことも、記されていましたが」
「はぐれた?……手紙を書いたのは、ルードリッヒだな?」
「え? はい、そうですが」
体面を重んずるルードリッヒは、魔王城内でレイを追放した、とは冒険者ギルドに報告できなかったのだろう。パーティのリーダーとして、あるまじき行為だからだ。
そこで、はぐれた、と偽りを記した。
そもそもが、ほぼ全滅のパーティで、そのリーダーだけが生き残っている。これもまた、恥ずべきことだが。
「それで、ローラ。2人、生き残ったと聞いたが?」
「はい。ルードリッヒさんと、ルーシーさんです。お二人は今ごろ、鉤爪山脈を越えているはずです」
「そうか。ルーシーが……」
レイは安堵した。
(ルーシー。よく生きていてくれた)
ラプソディが尋ねる。
「ねぇ、レイ。そのルードリッヒというのが、リーダーだったのよね?」
「ああ、そうだが」
「つまり、その男がそうなのね。あたしの夫を、追放した張本人なのね」
レイは固唾を呑んだ。
瞬間、ラプソディから放たれた殺意は、先ほどローラに向けられた比ではなかった。
「……ラプソディ。ルードリッヒはクズだが、それでも冒険者だ。殺すなよ」
「ええ、約束するわ。けれど、人生とは何が起こるか分からないものよ。そうでしょう?」
どうやら、ルードリッヒの将来に暗雲が垂れ込めたようだ。
レイは、同情はしなかった。
「それはそうと、ローラ。妻のラプソディも、冒険者ギルドに入りたいそうだ」
ローラは心配そうな表情になった。
「本当にいいのですか、レイ君。知っての通り、冒険者は命がけですよ。あのう、言いにくいのですが──ラプソディさんは、戦闘には向いていないように思います」
魔王の娘をつかまえて、戦闘には向いていない、とは。
だが、ローラの誤りも仕方ない。ラプソディは、見た目だけなら、儚い美少女に見えるのだから。
「おれが付いているから、心配ない」
苦し紛れに、レイはそう言った。
なぜかローラは、「なら安心ですね」と納得してくれた。
レイの戦士としてのランクは、最低のFだ。これは防御力が無さすぎるため。そんなレイが付いているからといって、安心といえるのだろうか?
少なくともローラは、安心だ、と思ってくれたようだ。
ローラはレイのことを、高く買っている。
そんなローラは手続きを進めた。
「ラプソディさん。冒険者カードを発行するにあたって、職業を決めたいと思います」
ラプソディは尋ねる。
「選んでいいの?」
「いいえ。こちらで適正を見極めさせてもらいますね」
そう言って、ローラは水晶玉を取り出した。ただの水晶玉ではなく、精霊の魔力がこめられた代物だ。
よって、精霊玉と呼称される。
レイも、この精霊玉によって、戦士という職業を決めてもらった。
またステータスの数値から、冒険者を始めた時点でのランクも、表示される。レイはFランクだったわけだ。
「ラプソディさん。精霊玉に、手をかざしてください」
ラプソディは、言われた通りにした。
職業には、『魔族』とか『魔王の娘』なんてものはない。よって精霊玉で、ラプソディの正体が見破られることはないだろう。
ところが、精霊玉を確認したローラが、恐怖の表情となる。
「お、おかしいです! ここに、ラプソディさんの適正職業が表示されたのですが。魔導士に、戦士に、格闘家に、竜騎士に、闇黒騎士に、シーフに、魔獣使いに──とにかく、全てです! 全ての職業が、表示されています! それも、全ての職業で、SSSランクとなっています!」
レイは驚いたが、すぐに納得した。
魔王よりも強いとされる、ラプソディだ。
どんな職業だろうとも、トップクラスの成績を残すだろう。つまり適正職業は、全てだ。
とはいえ、全てが最高ランクのSSSだとは。
(存在がチートなのか)
「……ローラ、それバグじゃないか。だって、おかしいだろ。おれの嫁さんが、そんなに凄いわけがない」
取り繕うため、このような発言となった。しかし、言い方が良くなかったかもしれない。
ラプソディを怒らせてしまったのではないか?
心配になったレイは、ラプソディに視線を向ける。
するとラプソディは、なぜか嬉しそうな顔だ。
「レイ。『おれの嫁さん』と言ってくれたのは、嬉しかったわよ」
「……気に入ってくれたようで、良かった」
ローラも気を取り直した様子だ。
「そうですね。これは、ありえないですよね。精霊玉が不調なのでしょう」
「ラプソディは、魔法が使えるんだ。少しだがな」
実際は、SSSランクの魔導士だが。
「では、ラプソディさん。職業は魔導士ということで、よろしいでしょうか?」
ラプソディはうなずいた。
「何でもいいわよ」
こうして、魔王の娘は、冒険者となった。職業は、魔導士だ。
発行したての冒険者カードを見て、ラプソディは気に入らないという様子だ。
「まって。あたし、Fランクなの?」
レイは小声で言った。
「そりゃあ、君ならSSSランクだろう。が、それだと怪しまれる。たいてい新入りの実力は、Fランクだ。ステータスの数値を上げたり、実績を積み重ねたりで、ランクは上がっていくものだ」
実際は、異なることもある。とくに貴族階級の者は、能力や実績とは関係なく、高いランクから始まる。Dランク、場合によってはCランクから。
ただ貴族階級は、子供のころから戦闘訓練などを積んでいるケースも多々ある。よって、必ずしも実力とかけ離れたランク、というわけではない。
それでも、レイのような平民からしてみれば、不公平な話に思えるわけだ。
「さ、ラプソディ。冒険者になったことだし、今日は帰ろう」
「あら。せっかくだから、仕事がしたいわ。クエスト、というのよね?」
レイは溜息をついた。
「わかった。ローラ、Fランクのクエストは、何かあるかな?」
「デュオが希望ですね?」
クエストを受ける場合、3パターンがある。ソロ、デュオ、パーティだ。
つまり、1人でやるならソロ、2人でやるならデュオ。3人以上だと、パーティ扱いとなる。
クエストによっては、冒険者ギルドがパーティ参加者を募集する。
また、パーティのリーダーを務める者が、参加者を募るケースもある。
レイがルードリッヒのパーティに参加したのは、少し事情が変わっていた。
ローラが、ルードリッヒに推薦してくれたのだ。ローラにとって、レイはFランクで燻っている人材ではない、ということらしい。
そんなローラは、情報端末の水晶で、クエスト検索をしてくれている。
「うーん。盗賊団〈斬〉の退治とかは、パーティ単位で挑むクエストですものね。Aランクが、最低1人は加わったパーティで」
「盗賊団〈斬〉……ローラ、それ説明してくれないか?」
ローラの話では、王都ルクセンの東方を縄張りにしている、盗賊団がいるらしい。
キャラバンを襲ったり、町村から女子供を誘拐したり。狼藉の限りを尽くしているようだ。
どう考えても、ラプソディが殲滅した盗賊団である。
まだ、殲滅の情報は、こっちまで来ていないようだ。
「近々、討伐パーティが組まれると思いますよ」
(……その必要はないよ、とは言えないな)
やがて、ローラが顔を輝かせた。
「ちょうど良いクエストがありました。『はぐれリザードマン』退治、というのはどうでしょうか?」
「それで、いこう」