4話 夫婦で寝るベッドを買ったら、冒険者ギルドに行こう。
王都ルクセンは、同心円状に、4つの領域に分かれている。
中央にいくほど、貴族や富者が暮らしている。
レイの家があるのは、いちばん外側。つまり、格差で言えば最下位のところだ。
そうは言っても、貧しい農村で暮らしていたレイだ。王都では底辺とされている地域でも、暮らしは豊かに感じる。
逆に、これ以上の贅沢は求めたくもない。
レイの家を見て、ラプソディは言った。
「可愛らしい家ね。気に入ったわ」
「それは、どうも。使っていない部屋があるんだ。そこを君の部屋にしてくれ」
「バカね、レイ。夫婦なのだから、同室に決まっているでしょ」
「あー。なら、おれは床で寝よう」
ラプソディは、聞き捨てならないという様子で、
「同じベッドで眠るに決まっているでしょ。夜の営みを疎かにしてはダメよ、レイ」
「しかし、ベッドは小さいぞ」
「さっそく、2人で寝れるサイズのベッドを、買いに行きましょう」
「……了解した」
レイは、ラプソディを見つめた。琥珀色の瞳が綺麗だ。
「改めて尋ねたい。どうして君は、おれと結婚したんだ? 自分で言うのもなんだが、おれはただの人間。Fランクの戦士に過ぎないのに」
ラプソディはくすりと笑う。
「ひと目惚れに理由なんかないでしょ。それに、そうやって謙遜するところも好みだわ」
「謙遜ではないが」
「レイ。あなたは、いつか立派な戦士になるわよ。あたしが保証するわ」
「君が言ってくれると、本当にそうなるような気がする」
レイは、思考を切り替えた。実際的なことを相談せねば。
「ラプソディ。君は、魔族なのに、とても、その──」
「人間っぽい?」
「ああ」
ひと口に魔族といっても、色々だ。カニのような姿をした化け物もいる。
一方で、ラプソディのように、人間の美少女で通る者もいる。
「魔族がいると知られると、騒ぎになる」
人間が統治する国の王都だ。人類と敵対する魔族がいては困る。
「だから、人間のフリをしてくれ。窮屈かもしれないが」
ラプソディは屈託なく答える。
「別に、構わないわよ。あたしはレイの傍にいたいだけだもの。そのために、人間のフリをしなければならないのなら、苦ではないわ」
「ありがとう、助かる。しかし、そうなると、人間としての身分が必要だなぁ」
「このリウ国の国民には、身分証があるの?」
「少なくとも、王都に暮らしている者は」
レイも、初めて王都に上ったとき、身分証を作成したのだった。そのときは、地元の領主が、レイの身元を証明してくれたのだが。
「いいわ。パパの工作担当に頼んでみるから」
「偽の身分証を造らせるのか?」
「バレっこないわよ」
偽の身分証が届けられたのは、その日のうちだった。便利なワープ魔法で送られてきたのだ。ちょうど、新しいベッドが、寝室に運び込まれたころでもあった。
「どうかしら? 名前だけは、ラプソディのままで頼んだわ」
レイは、偽の身分証を受け取った。ラプソディの出身は、トーソン村という、実在する村になっている。
(まぁ、ずっと北にある村だし、嘘であることがバレる心配はないか)
「ねぇ、レイ。これで、あたしも冒険者ギルドに入団できるのよね?」
「ああ。身分証があるから、入団できるよ」
と、気軽に答えてから、レイは唖然とした。
「まった! ラプソディ。君は、冒険者ギルドに入るつもりなのか?」
ラプソディは不思議そうに小首を傾げる。
「ダメなの?」
「だって君は──魔族だろ」
ラプソディは偽造された身分証を示す。
「違うわよ。人間よ」
「……だが、なぜ冒険者になりたいんだ?」
「レイが、冒険者だから。妻たるもの、常に夫の傍にいて、守ってあげないと。そうでしょう?」
レイは諦めた。ラプソディを説得できるとは思えない。それにラプソディの気持ちが、嬉しくないと言ったら、ウソになる。
「……じゃ、さっそく冒険者ギルド本部に行くか? 冒険者になる手続きをしに?」
ラプソディは満面の笑みだ。
「もちろんよ!」
※※※
冒険者ギルドの本部は、王都の中央付近にある。貴族など、上級階級も入りたがるギルドなのだ。誰しもが、英雄に憧れる、ということらしい。
たとえば、レイを見捨てたルードリッヒも、家督を継げば伯爵だ。
レイは、ずっと気になっていたことを、尋ねた。
「ラプソディ。おれが属していたパーティだが、あの後、どうなった?」
パーティの目的は、魔王を倒すことだった。
しかし、ラプソディの父親の訃報は聞かない。
よって、パーティが失敗したことは間違いない。だが、失敗にも種類はある。魔王城から撤退できたのか? それとも、全滅したのか?
「パーティって、レイを追放したパーティのこと?」
「ああ。おれを追放したパーティのことだ」
ラプソディの瞳に怒りが宿る。自分の旦那を追放したパーティが、許せないようだ。
「そんな連中のことが、気になるの?」
「少しは」
厳密には、気になるのは、ただ一人。ルーシーのことだが。
ラプソディは仕方なさそうに答えた。
「ほぼ全滅したみたいよ。邪神官ハーンに、やられちゃったみたい。ハーンは、強いから」
邪神官ハーンとは、レイとラプソディの結婚式で祭司をしてくれた魔族である。
「そうか……」
ルーシーも殺されてしまったのだろう。
唯一、レイの身を気にかけてくれた、心優しい少女だったが。
「ただ、2人だけは生き延びたみたいよ」
(生き延びた1人が、ルーシーだといいのだが)
そうこうしているうちに、レイとラプソディは、目的地に到着していた。冒険者ギルド本部の建物だ。
本部内に入る。
冒険者ギルドの受付係は、冒険者にクエストを発注するのが、主な仕事だ。
緩やかな担当制となっており、レイは自分を担当する受付係のもとへ、向かった。
ローラという少女で、レイの近所に住んでいる。黒髪をボブカットにした、溌溂とした子だ。
ローラは、レイの顔を見て、はじめ幽霊を見たようだった。
それから、歓喜の表情となる。
「レイ君! 無事だったんですね!」
カウンターを飛び越え、レイに抱き着くローラ。レイを死んだものと思っていたらしく、無事な姿を見て、感極まったようだ。
「ローラ! 気持ちは嬉しいが、離れてくれ!」
「え? あ、ごめんなさい、嬉しくて」
キョトンとした様子で、ローラがレイから離れる。
レイはホッとした。戦士として、何度も修羅場を潜って来た。だからこそ、分かる。いまラプソディは、ローラに対して殺意を放っていたと。
レイは、ラプソディに小声で言った。
「ローラを殺そうとしただろ?」
「あたしのレイに、馴れ馴れしく抱き着くからよ」
「……とにかく、ちゃんと感情を制御してくれ。ローラは、ただの友人だ。君も仲良くするんだ。いいね?」
「本気なの?」
「本気だ」
ラプソディは仕方なさそうに言う。
「レイのためなら、あたしは努力するわ」
(素直でいい子だな。……嫉妬深いのは問題だが)




