3話 盗賊団が襲って来た! 新妻がボコった!
魔族の国の隣に、人間の国家リウがある。
レイの住まいは、リウ国の王都ルクセンだ。
魔族国とリウ国の境には、鉤爪山脈が聳え立っている。これを越えねば、両国の行き来はできない。
危険なモンスターの巣窟なので、並みの冒険者では生きて越えられない。魔王城へ行くときも苦戦したが、帰り道も大変だろう。
面倒だからと、ラプソディは、ワープ魔法で王都まで行きたがった。
だが、レイは反対した。魔王城内での移動で、ワープ魔法は体験済み。ワープ酔いのせいで、ゲロを吐いてしまった。
まだ、危険な鉤爪山脈を越えたほうがマシだ。
結論からいえば、鉤爪山脈を越えるのは、とくに大変ではなかった。確かに山道は険しかった。だが、襲って来たモンスターは全て、ラプソディが返り討ちにしてくれたので。
どのモンスターも、裏拳で一発だった。
(……いや、桁違いすぎないか、この子)
そして、レイは思い出す。結婚式が終わったときのことだ。魔王は、レイだけを隅に呼んで、言ったものだ。
「ラプソディだがな、レイ君」
「はぁ」
魔王と普通に会話しているとは、信じがたい。
「あの子は、下手すると、わしよりも強いかもしれん。まぁ、よろしく頼むぞ」
「……え」
魔王より強いかもしれない、新妻さん。
レイは頭がくらくらしたものだ。
魔王城を出て、8日目。鉤爪山脈は越えたので、すでにリウ国内だ。王都ルクセンまでは、あと半日の行程である。
レイは、もう帰り着いたのも同然だ、と思った。
しかし、それは気が早かった。
森の中を移動中のとき、盗賊団の襲撃を受けたのだ。
盗賊は、15人はいた。通常なら、キャラバンでも襲う人数だ。
レイは、呆れた。
「たった2人の旅人に、そんな大人数で襲いに来るなよ」
15人の中でリーダー格の盗賊が、ラプソディを見て、舌なめずりする。
「おい、とんだ上玉じゃないか。拾いものだな」
レイは、さらに呆れた。
確かに、ラプソディは美少女だ。美麗な顔立ちをしており、スタイルも良い。それに容姿だけでは、魔族ではなく、人間に見える。
しかし、彼女は歴とした魔王の娘なのだ。
(無知とは、恐ろしいな)
レイとラプソディは、馬から降りた。
レイは、咳払いしてから、
「聞いてくれ、盗賊の人たち。おれ達は、あんた達と争うつもりはない。道を通してくれれば、誰も傷つかないで済む」
とたん、盗賊たちが大爆笑した。リーダー格が言う。
「安心しろ。オメーは、苦しまず殺してやる。連れの女は、いただくがな。お頭が喜ぶぜ」
隣にいた、髭面の盗賊が残念そうに言う。
「それはないぜ、アニキ。お頭に渡しちまったら、壊しちまうじゃないか。その前に、味見くらいさせてくれよ」
周囲の盗賊たちが、同調する。アニキと呼ばれたリーダー格は、ウンザリした様子で言い返した。
「ここにいる奴ら全員で味見なんかしたら、お頭に渡すまえに、ボロボロにしちまうじゃねぇか。てめぇら、お頭がブチ切れたら、とんでもねぇぞ」
お頭よりも、ラプソディの怒りを恐れるべきだ。
レイは恐る恐る、隣にいるラプソディを見た。
一見すると、ラプソディは平常に見える。その表情からは、怒りは伺えない。
だが、感情のない眼差しが、逆に怖い。
視線に気づいたらしく、ラプソディがレイを見やった。
「レイ。あのゴキブリたち、駆除しても構わないわよね?」
盗賊たちは、自業自得だろう。
レイはうなずいた。
「仕方ない。好きにしろ」
魔王の娘に許可を出す、というのも変な話だが。
刹那、盗賊たちは半数に減った。
リーダー格も含めて、8人の首が刎ねられたのだ。
ラプソディが、地面に着地する。
その右手は、血で汚れている。
なにが起きたのか?
レイには見えなかったが、推測はできた。
ラプソディは目にも留まらぬ速さで、動いたのだ。そして、8人もの盗賊の首を、その右手だけで刎ねてしまった。
残りの盗賊たちは、なにが起きたか、理解できていない様子だ。
「逃げた方がいい」
レイは忠告してやった。
しかし、遅かった。ラプソディは左手を向ける。呪文詠唱は省略され、魔法が発動した。
「〈ファイヤ・ブラスト〉!」
ラプソディの左手から、火炎の玉が連射される。
次々と火炎玉は、盗賊たちに命中していく。
火達磨だ。断末魔の叫びを上げて、みな焼け死んで行く。
最後に、盗賊の1人だけが生かされた。
ラプソディは、生き残りのもとへ跳躍。
足払いされた生き残りは、激しく倒れた。
「あんた達のボスの場所まで、案内してもらうわよ」
それを聞いて、レイは驚いた。
「まさか、盗賊団を丸ごと潰すのか?」
ラプソディは、レイをふしぎそうに見る。
「だって、ゴキブリを駆除してもいい、って言ったわよね?」
「そこまで徹底するとは、思わなかった」
「盗賊団のお頭の教育が悪いから、こういうことになるのよ。そこのところを、ちゃんと教えてあげないといけないでしょ」
ラプソディは、生き残りに、盗賊団の拠点へと案内させた。
その拠点には、複数の天幕が張られ、ざっと100人近くの盗賊たちがいた。
「これは、さすがに数が──」
「〈トルネード〉!」
天まで届きそうな、巨大な竜巻が出現。
ラプソディに操作された竜巻は、拠点にいた盗賊たちを巻き上げ、始末していく。
そんな混乱の中、脱出に成功した男がいた。部下を引き連れていることから、これがお頭のようだ。
お頭は、2メートルはある大男だ。広刃剣を装備している。
「どけぇ!」
どういう偶然か、お頭の逃走路の先には、レイがいた。
レイは、竜巻の巻き添えにならないよう、ラプソディから少し離れたところにいたのだ。その結果、こうして盗賊団のお頭と、対峙することになった。
しかし、レイとて冒険者ギルドに属する戦士だ。
Fランクとはいえ、攻撃力だけなら、Aランクにも引けを取らない。
「どけ、と言われて、どけるか! 〈茨道〉!」
必殺スキルの斬撃技を放つ。
レイの両手剣が一閃したとき、お頭の胴体は真っ二つになっていた。
お頭の部下たちは、自棄になった様子で、一斉に襲いかかってくる。
しかし、レイは動かない。動けないのだ。〈茨道〉は大技なので、一度放つと、しばらく身体が固まってしまう。
(まずい)
「レイ!」
レイを襲おうとした盗賊たちは、火炎玉を食らって、火達磨になった。
ラプソディが、心配そうに駆け寄って来る。
「大丈夫? 怪我してない?」
「ああ、助かったよ」
竜巻は消えていた。
拠点があったところには、何も残っていない。
盗賊団が全滅したことに、疑いはない。
(魔王の娘を怒らせたのだから、当然の結末か)
「さ、レイの家まで行きましょう」
馬を置いて来たところまで、2人は戻った。
ラプソディが潰した盗賊団は、ここら一帯の町村を震え上がらせていた。
そして、ある組織の傘下に属していたのだが、そのことをレイが知るのは、まだ先の話だ。