2話 結婚式を挙げ、初夜イベントがある。
「改めて聞くが、君は魔王の娘なのだな」
レイは、なぜ自分はまだ生かされているのか、と疑問に思う。パーティの居所を吐かせるためだろうか。
(アイツらのために、拷問に耐えるつもりはないが──)
しかし、パーティにはルーシーがいる。彼女のことは守りたい。
一方、レイに圧し掛かっている魔王の娘。そこから退いて立ち上がり、興味深そうにレイを見つめる。
「あんた、どうしてこんなところに1人で? さては、パーティに見捨てられたのね」
レイは顔に出たらしい。
「ふふん。図星なのね。気の毒に」
「同情は必要ない。殺すなら、殺してくれ」
レイが開き直ってそう言うと、魔王の娘は名乗った。
「あたしの名は、ラプソディ。あんたは?」
「……レイだ。職業は戦士」
「戦士? 強いの?」
「一撃必殺の力はある」
「スキャン魔法で、あんたのステータスを開示してみるわ」
魔王の娘ともなれば、スキャン魔法など楽勝らしい。呪文詠唱を省略して、発動した。
「ふーん。あんた、攻撃力に偏りすぎ」
「ほかに道はなかった」
苦々しく答えるレイ。才能があれば、満遍なく数値を上げていただろう。攻撃力だけを特化させることはなく、だ。
だが、レイには才能がなかった。
才能によって、経験値の獲得数値が変わる。才能が低ければ、獲得できる経験値も極端に下がるのだ。そうなると、何か一つに絞るしかなかった。防御力よりかは、職業からして攻撃力だろう。
その結果、魔王城の攻略パーティに選ばれるまでになったのだ。
Fランクでこれは、快挙だ。
最後には見捨てられたが。
レイの考えを読んだかのように、ラプソディは言う。
「あたしは、レイみたいに不器用な人間、嫌いじゃないわよ。というか好き」
レイは苦笑した。
「君に好かれてもなぁ」
「なぜ?」
レイは一驚した。
「なぜ、とは、なんだ?」
「人間と魔族で、種族が違うから、好かれても仕方ない?」
「まぁ、その通りだ」
「あたし、そういう考えは好きじゃないわ。ふむ、決めた」
レイは座ったまま、ラプソディを眺める。ここでラプソディに、不意打ちをする選択肢はある。
だが、いくら魔王の娘が相手でも、敵意のない者は攻撃できない。
「何を決めたんだ?」
ラプソディは満面の笑み。
「結婚するわよ」
「そうか、おめでとう。魔王の娘が結婚するのだから、相手は魔族の貴族とかか?」
「何を言っているのよ。レイとに決まっているでしょ」
レイの脳は、しばしフリーズした。
「な、なんでそうなった!」
「簡単に言えば、一目惚れよ」
レイは、何かの冗談だろう、と思った。
結婚とは、会って数分でするものではない。ましてや魔王の娘の相手が、Fランク冒険者などということが、あるはずがない。
しかし、レイはもっと『魔王の娘』という意味を、深く追及するべきだった。つまり、魔族なのだから、人間とは常識が異なるだろう、ということを。
10分後、レイは魔王の間にいた。
魔王城の最上階にて、終着点だ。
通常ならレイのいた地点から、まだ50時間はかかる距離にある。が、そこは魔王の娘だ。ワープ魔法を使って、あっというまに移動だ。
魔王を眼前とするレイ。
魔王は、身の丈が5メートルあり、凄まじい魔力を放射している。殺される、とレイは思った。
ところが魔王は、ラプソディの話を聞き、喜んだ。
ここのところの思考回路が、レイには理解できない。
「おお。わしの可愛い娘が嫁ぐときが、ついに来たか。めでたいのう」
レイが唖然としているうちに、結婚式のため祭司が呼ばれた。
ちなみに、この祭司は邪神官ハーンだ。
通常なら、魔王へと至るルートの途上にいる。魔王の次に強力な魔族である。言うなれば、中ボス格。
だが、いまはただの祭司役だ。
ラプソディの友人たちが招待客として、ワープ魔法で次々と現れる。
ここにきて、魔王が心配そうに言う。
「ラプソディよ。レイ君にも、結婚式に招待したい人がおるのではないか?」
「そこまでは考えていなかったわ」
ラプソディは申し訳なさそうに、レイに尋ねる。
「ご両親とか、呼びたいわよね? いま、配下に迎えに行かせるわ」
レイは慌てて断った。
レイの両親は、田舎で農場を営んでいる。魔族が来て、『あなたの長男が魔王の娘と結婚しますので、式にご出席ください』と言われたら、卒倒してしまうだろう。
こうして、結婚式は始まった。
レイが呆然としているうちに、粛々と式は進んでいく。ついに結婚の誓いを、言うときが来た。教えられた通りに、レイは口にした。こうなれば自棄である。
「世界が滅びようとも、私は妻を愛し続けると誓います」
祭司が、「では誓いのキスを」と続ける。
「は?」
「キスするのよ、レイ」
ラプソディにリードされて、レイはキスした。甘い味がする。頭がボーとした。
(これは、何かの、夢に、違いない……)
その夜。レイは、魔王城の客室にいた。
一人ベッドで仰向けになりながら、ルーシーは無事だろうか、と考える。
ルーシーを傷つけぬよう、魔王に頼もうかとさえ思った。だが、冒険者が魔王にお願いするというのは、いかがなものか。たとえ、義理の父であっても、だ。
(……魔王が、義父、かよ)
扉にノックがあった。
レイが「どうぞ」と言うと、ラプソディが入って来た。
一糸も纏わぬ姿で。
透けるような白い肌、豊かな胸、その先端の桜色。
「うわぁ! ラプソディ、服を、どうした!」
「服なんて、どうせ脱ぐのだから、着て来なかったわ」
「意味が、わからないんだが!」
気づけば、レイはラプソディに押し倒されていた。圧倒的な敏捷性と力である。レイは抵抗しなかった。この状況で、抵抗できる男子はいまい。
ラプソディは頬を染めて言う。
「初夜イベントに決まっているでしょ。それとも、レイは、あたしとじゃ嫌?」
「……もちろん、嫌じゃないが」
「実を言うと、あたし、初めてなの」
「……そうなのか」
「レイは?」
「……おれもだ」
「では、手探りで始めましょう。まずは」
ラプソディが顔を近づけてきて、2人は接吻した。
※※※※
翌朝。馬に乗ったレイは、魔王城を出立した。我が家に帰るためだ。
てっきり魔王城で軟禁されるものと思ったが、帰宅を許されたのだ。
(ラプソディとは、さっそく別居ということになるのか。そもそも、おれは本当に、魔王の娘と結婚したのか? いまだに信じられない。昨夜のことは──死ぬまで覚えていることだろう)
そんなことをレイが考えていると、後ろから馬蹄の音がした。
振り返ると、騎乗したラプソディが追って来る。
「酷いわよ、レイ。先に出発するなんて」
「……一緒に来るのか? 人間の国に?」
ラプソディは小首を傾げる。
「当たり前でしょ。あたしたち、夫婦なのよ」
別居ではなかったらしい。