182話 キューブ×3
「敗北しただと? この私が? 貴様、殺すぞ」
クルニアと再会しての第一声が、これだった。
まずレイは、敗北したクルニアの安否を確認しにいったわけだ。ところが心配して向かったというのに、返答がこれでは。
実際のところクルニアは五体満足というわけではなかった。腹部に大きな孔が開いているので、これは下手に動けば命にかかわる。
今は戦闘場の床に転がり、ヒーラーが駆けつけて来るのを待っていた。
「まぁ、元気そうで良かった」
レイがそう言うと、クルニアから殺意のこもった眼差しが返ってきた。
「貴様、こんなところで何をしている? とっとと侵入者どもを血祭にあげてきたら、どうなんだ?」
ここで「クルニアが心配で~」などと言えば、戦闘に発展しそうだ。そこでレイは、もう少し実際的なことを聞いた。
「敵の情報を収集しにきたんだ、クルニア。いくらアデリナの力を使えるからといって、無敵ではないからな。敵が『初見殺し』の能力でも持っていたら、困る」
実際、クルニアは敗北したわけだし──とは続けないのが無難だ。
クルニアは不承不承といった様子だが、レイの考えに賛成した。
「その決断は正しい──いいだろう、教えてやろう」
(仲間内で情報共有するだけなのに、どうも上から目線だなぁ。今に始まったことではないが)
「頼む」
※※※
レイはワープで、〈虎狼の間〉に移動した。
魔王城内において、最深にあり、中枢ともなるのは〈魔王の間〉だ。ここに魔王は坐し、冒険者パーティを待ち構える。
その一つ手前にあるのが、〈虎狼の間〉だ。〈魔王の間〉の下方にあって、吹き抜け構造内にある。そのため浮島型の戦闘場といえる。
いうなれば魔王の前に立つ最後の砦。その役割を任される者が、この〈虎狼の間〉に立つ。今ならば、レイこそがその役割に適した人材といえるだろう。
「さてと。どう思う、ミケ? おれの予感が的中しているか?」
レイの右肩に乗っているミケが答えた。
「そうだね。ミケのよく知る人物が来るようだよ」
クルニアと戦った侵入者は3人。その中のリーダー格──おそらく、この侵入者パーティ全体のリーダーでもある男、そいつが危険だとクルニアは言った。魔法でもスキルでもない、不可解な攻撃をしてきたというのだ。さらに、その男の人相からして──
「来たぞ」
侵入者パーティ3人が、〈虎狼の間〉に続く階段を上がってきた。レイはワープしたので、先回りができたわけだ。
「やはり、お前だったか──イーゼル」
イーゼルとは、【羅界】の本拠地で遭遇した。というより、レイが監禁されていたわけだが。
古代種族の技術をサルベージしたとかで、他では見られない装置を幾つも所持している男だ。
また聞くところによると、リボルザーグの四騎士の一人だったが、裏切ったとか。
「久しぶりだね、レイ・スタンフォード。いや今は、〔魔王軍大元帥閣下にして偉大なる冒険者〕だったか。娘もできたようで、何よりだ」
「世間話をしに来たわけじゃないんだろ」
「実は、興味があってね。魔王の血と、吸血鬼の真祖の血が混ざることで、どのようなことが起きたのかと」
レイの中で怒りが膨れ上がった。
「イライザに指一本でも触れたら、タダじゃ済まさないぞ」
イーゼルが指摘したのは、イライザのことだ。レイの中には吸血鬼の真祖の血が流れており、それはイライザにも受け継がれている。
にしても、なぜレイの中に真祖の血が流れるに至ったのか?
レイの両親はただの人間だ。まさか、取り換えっ子でも起きたというのだろうか。
イーゼルは気さくに笑った。魔王城に侵入したというのに、これという緊張感も感じられない。
ふとレイは疑問に思う。イーゼルの被検体にされていたので、レイはこの男をよく知っているが──自ら危険を冒すタイプには見えない。
レイは〈山斬り〉を放った。巨大斬撃が走り、イーゼルを真っ二つにする。そしてイーゼルの肉体が再生した。
否、あれは肉体ではない。
「やはり、ホログラムだったか。しかし、前見たときより実物感があるな」
「バージョンアップしたものでね。さて、これで状況は分かっただろう。私はいまも安全な場所にいる。だから君は、私を殺せない。しかし、私はそうではない」
イーゼルが合図すると、仲間の一人が何やら取り出した。サイズは人間の頭部くらい。正六面体で、空中に浮遊した。
これと似た代物を、【羅界】でも見ている。〈ライトニング・ブラスト〉クラスの電撃を放ってきたものだが──その時とは段違いの威力を有している。
なぜなら、このキューブこそが、クルニアの腹部に孔を開けた代物だからだ。
ようはSSSランク並みの攻撃力を持っているキューブだ。
それが3体も現れた──クルニア戦では1体だけだったと聞くが。
「大盤振る舞いだな、イーゼル」
イーゼルがほほ笑む。
「君が、アデリナの力を取り込んでいることも承知済みだ。我々【羅界】は、アデリナを危険視していたからね。そんなアデリナの力を所持している以上、レイ・スタンフォード、君はいまやラプソディ以上の危険人物だ」
イーゼルの言葉に、レイは引っかかりを覚えた。レイのことを『ラプソディ以上の危険人物』と評した点だ。
なぜ、ラプソディ以上なのか?
確かにアデリナならば、ラプソディを凌駕していたかもしれない。なぜならアデリナには、特殊スキル〈パーフェクト・キャンセル〉があった。だが吸血鬼のコピー能力を持ってしても、特殊スキルまではコピーできなかった。
ゆえにアデリナ最大の能力を、レイは使えないわけで──。
それとも、あるのだろうか?
アデリナの有していた数多の魔法や通常スキルの中に、隠れているのか? ラプソディが持たず、【羅界】が危惧する能力が。
単に、レイが見つけられていないだけで。
(何といっても、アデリナの魔法・スキルのリストは膨大だからなぁ)
「ほら、レイ君、集中!」
「ああ、悪い。とりあえずミケ──避難していろ」
ミケを安全圏までワープさせる。
この瞬間、3体のキューブが短距離ワープで、レイに肉薄した。レイが回避できないようにする狙いだろう。
だが、これはレイにとって有難い。
すでに、不可視にした〈インフィニティ〉の銀糸を、蜘蛛の巣にように張っていたのだ。
指先を動かし、神速で銀糸を走らせる。キューブの1体が、真っ二つになった。
どうやら、このキューブの外殻はヴィヲで構築している様子。
ヴィヲは、世界で最も硬い鉱物だ。だが〈インフィニティ〉は切断できぬものがない糸。たとえヴィヲだろうとも、スライムを切るように容易く裂ける。
だが、残りの2体は銀糸よりも速く動き、回避した。
(瞬間移動なみの速度じゃないか。クルニアの動きを凌駕したというのも、納得だな──)
刹那、2体のキューブから光線が放たれる。クルニアの腹部を貫いた光線だ。並みのSSSランクでは防御できまい。
レイは〈インフィニティ√〉で空間を裂く。この裂け目に、キューブからの光線を飲み込ませた。
ついでに〈竜殺し〉を振るって、近くにいた一体を叩き落とす。外殻がヴィヲだろうとも、〈竜殺し〉ならキューブ自体を叩き落とすことは可能だ。
レイは視線を転じた。イーゼルのホログラムは、こちらの闘いを眺めている。ここにも違和感がある。イーゼルは、なぜのんびりと観覧しているのか。
(まてよ。これも陽動じゃないのか?)
レイが気を取られたとき、3体目のキューブが背後に回り込み、光線を放った。
だが案ずることはない。はじめから魔法障壁は、背中側により濃度を高めて配置してあった。
魔法障壁が光線を弾く中、レイは〈トルネード〉を発動。
イーゼルの狙いが別にあるならば、それはどこにあるのか。
〈魔王の間〉を目指すことが陽動だというのならば──
(真の狙いは、地下──〈幽獄〉か!)




