174話 ラプソディvsオル PARTⅡ。
──レイ──
レイは〈魔装〉を発動した。
アデリナの能力はまだ『充電中』のため使用できないが、レイ自身のスキルは使えるので。
それにこれは戦闘に参加するためではなく、巻き添えでダメージを受けないためだ。
(いわば、これは『魔王』同士の戦いだ。ラプソディは魔王位に就いたし、オルは先々代魔王の力を有しているのだからな。これくらい用心しておかないと)
まずラプソディは、リリアスを空間転移させ、安全な場所へ移した。そして、ラプソディ自身も転移。
それに呼応するが如く、オルの姿も消えた。
刹那、ルゲン平原の大地が割れる。
オルが叩き付けられたのだ。
その頭上では、ラプソディが浮遊している。彼女が片腕を振ると、数多の火焔の球が、天より落ちた。
それらの火焔球は、一発だけで城塞を溶かすほどの、超高温を有している。結果、一瞬で、平原一帯が地獄のように熱せられた。
大地が溶けていく中、魔法障壁で身を纏ったオルが跳躍。
右手から『光の柱』を発射する。
かつて魔改造キャノンより発射していた『光の柱』か。今では、片手から放つことができるようだ。
ラプソディは〈ブラック・ホール〉を連射。暗黒の球体が『光の柱』を飲み込み、オルをも消そうとする。
対してオルは、〈インフィニティ√〉で、〈ブラック・ホール〉を切り裂きながら、上昇。
瞬間、その速度は神速へと移る。
ラプソディも神速に入った。
〈セーフティ〉を解除することで、初めて入ることができたのが神速領域。その代償として、正気を失う。
だがそれは昔の話。
いまのラプソディならば、正気を保ったまま、神速移動が可能だ。
その神速の動きを、レイは何とか目で追えていた。
これも、アデリナ戦で得た経験値のおかげだろう。
ラプソディとオルが空中でぶつかるたび、衝撃波が発生。それは〈山斬り〉を全方向へ発射したかのような破壊力なのだ。
レイは〈竜殺し〉の斬撃で、防御する。
(まさしく、魔王同士の戦いに相応しい異次元さだな。だが、徐々にラプソディが優勢になっている。もうすぐ決着が付くだろう。それにしても──)
冷静に戦況を分析している自分に、レイは驚いていた。アデリナを討ったことで、これほどレベルが上がるとは。
それだけアデリナもまた、異次元の化け物だったということだ。
(というか、よくアデリナに勝てたよな。コピー能力がなければ、1万回戦っても無理だったろうが。そもそもアデリナの血を吸えたことが、奇跡的といえる。まぁ、あの豪華なパーティで臨んだからこそだ)
瞬間、オルの身体が、真っ二つになった。
ラプソディの〈インフィニティ〉が、別次元を通過して、オルの死角より襲いかかったのだ。
ラプソディの勝利。
レイがそう判断したとたん、オルの身体が結合した。
空中にいたラプソディが着地。
「あら、再結合スキルね。ゾンビらしいじゃない」
まだ空中にいるオルが、家屋サイズのエネルギー弾を発射する。
「消え去れ」
レイは、ハッとした。
(いま何気なく放たれたエネルギー弾は、ヤバすぎる)
瞬間、エネルギー波に飲み込まれ、数秒、意識が飛んだ。
意識が戻ると、レイは土砂に埋もれていた。土砂を吹き飛ばして、立ち上がる。
ルゲン平原の様相は一変していた。
先ほどのラプソディの火焔球の雨によっても、変容してはいた。
しかし、今回はより酷い。
直径100メートルのクレーターが出来ている。オルのエネルギー弾によるものだ。
ラプソディは無傷で、空中に浮遊していた。地上から、5メートルほどの位置で。
さらに高みには、オルがいる。
ラプソディは肩にかかった土砂を、手で払った。
「いまのは〈メギド〉ね。殲滅魔法の中でも、最も広範囲に破壊を及ぼす技。まぁ、〈アステロイド〉は別格として、だけど。魔王城の損害を考慮し、パパは一度も使ったことはなかったわね」
レイは考える。
アデリナもまた、〈メギド〉は放たなかったな、と。
ラプソディはゆっくりと上昇し、オルと同じ高度まで達した。
「だいたいのことは分かったわ。あなたは、確かにパパの力を持ち、使いこなしてもいる。それは認めてあげましょう」
オルは吐き捨てるように言う。
「貴様に認めてもらう必要はない」
ラプソディは憐れむように言った。
「だけれど、オル。あなたは重要なことを忘れている。このあたしは──」
オルへと片手を差し伸ばす。
「とっくにパパを凌駕していた」
オルの背後から、第三の腕が伸びた。
〈虚無手〉だ。
(いくらラプソディでも〈虚無手〉との接触は、まずい──)
瞬間、〈虚無手〉がラプソディに到達する前に、オルの身体が粉みじんに砕け散った。
ラプソディは微笑む。
「〈ブレーク・ダウン〉よ。対象の肉体を分散してしまう魔法。気にいったかしら?」
オルの肉片が、雨のように降り注ぐ。
レイが今度こそ勝利を確信したとたん、オルの肉片が一か所に集まりだした。ここまで砕いても、再結合するようだ。
ゾンビであることを差し引いても、しぶとすぎる。
レイが唖然としていると、ラプソディの〈ブラック・ホール〉が出現。
結合を始めていたオルの肉片群を、すべて飲み込んでしまった。
これで本当に、ラプソディの勝利だ。
(序盤から中盤にかけての激しい戦いからして、終盤は呆気なかったな)
レイはふと気づいた。
〈虚無手〉だけは、砕け散ることなく、原型のまま残っていた。それは今、大地の上をミミズのようにして、這っている。
レイは〈竜殺し〉を振り上げ、〈翔炎斬〉を放った。〈虚無手〉が跡形もなく消し飛ぶ。
レイは溜息をついた。
「ラプソディ。これで全て解決だな」
ラプソディは、レイの隣に降り立つも、愉快さの欠片もない声で言った。
「レイ。そうではないようよ」
「なんだって?」
ラプソディの視線の先には、いまだ存在する小惑星があった。それも、どうやら先ほどより、かなり接近しているようだ。
「なぜだ? 〈アステロイド〉を発動したオルは滅ぼした。そうすれば、〈アステロイド〉も解除され、小惑星は消滅するはずじゃなかったのか?」
「通常ならね。だけど、これは──」
ラプソディがクスッと笑う。
笑っている場合ではないぞ、とレイは思うのだ。とはいえ、これがレイの新妻らしい反応ともいえるわけで。
「何か分かったのか、ラプソディ?」
「オルは、想像以上に守護獣への忠誠が強かったようね。そして心配性でもあった」
「心配性?」
「オルは、自分が敗北し破壊されたときに、備えていたのよ。確実に、リウ国を滅亡できるように」
「どんな備えをしていたというんだ?」
「魔法を転移する能力、〈メタスタシス〉。今回、オルはこれを応用し、備えとしていたのね」
レイは焦慮を覚える。
「つまり、〈アステロイド〉を誰か別の者に、転移したというのか? その者を殺さない限り、〈アステロイド〉は解除できないと?」
ラプソディは首を横に振った。
「いいえ。殺す必要はないわ。〈アステロイド〉を転移された者は、おそらく、そのことに気づいていない。だから、教えてあげるだけでいいの。あとは転移された当人に解除させるだけ」
レイはホッとした。
少なくとも、無実の者を殺める必要はないようだ。
「で、ラプソディ。転移された者は、誰なんだ?」
──エミリー──
エミリーは、空の小惑星を眺めながら、欠伸した。
(リボルザーグっち、考えを変えて、私を迎えに来てはくれないものっすかねぇ)
実のところ、エミリーこそが、〈アステロイド〉を転移された者だった。
そして、当人はいまだ、気づいてはいなかった。




