173話 魔王ラプソディ。
小惑星の衝突まで、あと17分。
──レイ──
アデリナの遺体のもとに行っていたラプソディだが、戻ってくるなり言った。
「〈アステロイド〉で小惑星が目視できるようになるのは、発動から40分後。ちなみに発動からだと、きっかり60分後で大地に衝突するわよ」
レイはうなずいた。
「そうか。発動から60分で衝突か──……いや、まってくれ。すると、あと20分も猶予がないということじゃないか」
ラプソディの表情には、焦りの欠片もない。
「そうなるわね」
「〈アステロイド〉発動者の目星はついたのか?」
「リウ国にいることは確かみたいだけど──では行きましょうか、レイ」
ラプソディがレイの手を握り、共に〈ワープ〉した。
気づけば、そこは王都ルクセン。レイとラプソディの家の前だ。
(我が家に帰った──)
という感慨を感じている場合ではなかった。
レイは周囲を見回し、ほかに空間転移してきた者たちがいないのを知る。
「ラプソディ! ハニ達を置いてきてしまったじゃないか。グリだって待っていたんだぞ」
「感動の再会は後回しよ。いま探知魔法を発動しているから──」
「〈アステロイド〉の発動者を探しているのか?」
ラプソディは舌打ちした。
「少なくとも、この国にムジャルはいないようね」
数秒間、レイはラプソディが何を言ったのか、理解できなかった。
「……まさかとは思うが、いまムジャルを探したのか? リベンジするために?」
「当然でしょ、レイ。挨拶するために探しはしないわよ」
レイは、ラプソディの両肩をつかんで、激しく揺すぶった。
クルニアが見たら、卒倒しかねない行為だ。
世界広しといえど、ラプソディを乱暴に揺すって許されるのは、レイくらいなものだろう。
「仮死状態から復帰したばかりで、まだ思考が明瞭ではないんじゃないか?」
「失礼ね、レイ。あたしの思考は明瞭よ」
「なら、いまはムジャルどころじゃないって、分かるだろ? 〈アステロイド〉発動者を探さないで、どうするんだ!」
ラプソディは、あからさまに溜息をつく。
「レイ。あたしたち、何十年、夫婦をやっているのよ」
「……まだ数か月だが」
「〈アステロイド〉発動者くらい、とっくに見つけているわ」
「なんだって?」
ラプソディは両手を広げてみせた。
「死線を潜ることで、レベルUPする。どうやら、それはあたしにも当てはまったようね。長いあいだ仮死状態だったことで、あたしの力は、さらに飛躍した。おかげで、リウ国全域に探知魔法を拡大することも、可能となったわ」
レイは愕然とした。リウ国は大国だ。その広大なる領域全体に、探知魔法を広げているというのか。
だとしたら、それはもう魔族の力ではない。神の御業だ。
瞬間、レイはまたも、ラプソディと共に〈ワープ〉していた。
そこは広漠とした平原。
レイは、ハッとする。ここはルゲン平原だ。
リリアスの作戦で、メアリ軍が布陣するとした地点。レイも一度、下見していたのだ。
その平原の中央に、女児が倒れていた。
リリアスだ。
ここからでも、意識のないリリアスが負傷していることが分かる。
「リリアス!」
レイが駆け寄ろうとするが、ラプソディが止める。
「やめなさい、レイ」
「何を言っているんだ、ラプソディ! リリアスが──」
ラプソディは静かに告げる。
「これは罠よ」
「なんだって?」
「リリアスちゃんは、まだ生きているわ。というより、生かされている」
「生かされている?」
ラプソディの鋭い視線が、ある一点へと向けられる。
「そこに潜んでいるのは分かっているのよ。出てきなさい」
瞬間、ラプソディの視線の先で、ある人物が現れた。
竜人オルのゾンビが。
レイは理解した。オル・ゾンビは〈インビジブル〉で透明化していた。そして、レイたちがリリアスのもとに駆け付けたところを、奇襲するつもりだったのだ。
そのためリリアスは生かされ、いわば餌にされていた。
だが、それをラプソディは見抜いたのだ。
ラプソディは冷ややかに微笑む。
「あら、あら、オル。脳味噌が吹き飛ぶのを目撃して以来ね。ゾンビになってまで、蘇りたかったの?」
オル・ゾンビが不敵に笑う。
「魔王の娘。いまの私は、かつての私とは違うぞ。私はいま──」
「パパの、魔王サイラスの力を吸収したのね。どうりで〈アステロイド〉を使えたわけだわ」
ラプソディの言葉に、レイは驚愕した。
オル・ゾンビが、先代魔王の力を得ているというのか。ならば、オルと戦うことは、先代魔王と戦うようなものだ。
(義父さんの力を──)
そこまで考えて、レイは「あっ」と思う。
「ラプソディ。義父さんは、もう──」
「ええ。分かっているわ、レイ。〈悠久の棺〉から出たとき、すぐに感じ取れたもの。パパが、もうこの世にはいないことを」
そう答えたラプソディに、悲しみの色はなかった。少なくとも、表面的には。
レイは、これを伝えるのは夫の義務だと思い、言った。
「義父さんを殺したのは、アデリナなんだ……」
「レイ。人間にとっては、父親が実の子に殺されることは、悲劇の中の悲劇なのでしょうね。もちろん魔族にとっても、喜ばしいことではないわ」
ラプソディは一拍置いてから、続けた。
「けれどね、赤の他人に命を奪われるより、だいぶマシなのよ。パパは、いつかは誰かに倒されたでしょう。それが魔王の宿命。それなら、娘であるアデリナに討たれたことは、意外と本望だったかもしれない」
「ラプソディ……」
「でも、パパにもう会えなくなって、寂しくないと言えば、嘘になるわね」
レイは、ラプソディを抱きしめた。
「君のそばには、おれがいるからな」
ラプソディは、レイの背中に腕を回す。
「ありがとう、レイ」
ふとレイは、敵を前にしていることを思い出した。
ラプソディから離れ、改めてオル・ゾンビへ視線を向ける。先代魔王の力を吸収した余裕なのか、この時点では、オル・ゾンビは攻撃を仕掛けては来なかった。
または、オル・ゾンビにしてみれば、自ら仕掛ける必要はないのかもしれない。
もうじき小惑星が衝突し、ここら一帯は壊滅するのだから。それまで時間さえ稼げればいいと──
そこまで考えてレイは、一つの疑問を抱く。
「オル。小惑星が衝突すれば、ここにいるお前も死ぬことになるんじゃないか?」
もちろん、いまのオルには〈ワープ〉があるだろう。〈ワープ〉ならば、この世界のどこへでも空間転移できる。
だが、どうもオルからは、〈アステロイド〉後も生きようという意志が、伝わってこない。
オルが、淡々と答える。
「それで構わぬ。リウ国を滅ぼすことが、我が主の望みなのだ。それを果たせれば、私は満足だ」
レイは首を捻った。『我が主』とは、誰のことなのか、と。
アデリナだろうか? オル・ゾンビが、アデリナの死を知らない可能性は、高い。
だが、アデリナにリウ国を滅ぼす気はなかったはず。
では、ゾンビ・マスターのトルテか?
トルテが、アデリナの指揮から外れ、暴走したとも考えられる。だが、なぜトルテがリウ国を滅ぼしたがるのか。
レイが混乱していると、ラプソディが指摘する。
「オル──主というのは、守護獣のことね」
レイは、ハッとする。
もともとオルは傭兵だった。そしてリウ国に流れ着き、古代神殿ルマの守護獣に仕えるようになったのだ。
オルの死因も、守護獣が脳に仕掛けた魔法が原因だった。
ようやく、レイは納得した。
オルがゾンビなのは間違いないが、どうも違和感があったのだ。それはオルに自我があるからだった。
自我を取り戻したオルは、守護獣のため、小惑星を落とそうとしている。
それにしても、謎は残る。
ルマ神殿も、リウ国内にある。リウ国が壊滅するほどの破壊が起きて、ルマ神殿は無事なのだろうか。
そもそも、なぜルマ神殿の守護獣は、リウ国を壊滅したがっているのか。
しかし、もう謎を解いている時間はなさそうだ。
「ラプソディ。オル・ゾンビを倒し、〈アステロイド〉を解除しないと」
「ええ、そうね。ムジャル戦の前に、ウォーミングアップしておこうかしらね」
オルが言う。
「魔王の娘よ、無駄を承知で運命に抗うのか?」
「竜人ちゃん。あたしはもう、『魔王の娘』ではないわよ」
ラプソディは、オル・ゾンビへと微笑みかける。
「あたしこそが、『魔王』なのだからね」
 




