170話 『魔王』戦⑬~対等の闘い。
──アデリナ──
現在、アデリナはステルス魔法を用いて、レイの探知魔法を逃れている。
一方、アデリナ自身は、レイの動きを追えていた。
レイもステルス魔法を発動しているのだが、関係ない。アデリナは探知魔法ではなく、監視魔法を使っているからだ。
ステルス魔法で隠れられるのは、探知魔法に対してのみ。監視魔法には通用しない。
そこでアデリナは考える。
レイが監視魔法を使ってこないのは、なぜなのかと。戦略的なものかもしれない。
だが、単に監視魔法の存在に気づいていないだけ、ということも有りえる。
というのも、アデリナの使える魔法は、500を超える。実際に戦闘で使用するのは、その3割くらいなものだが。
とにかく、レイのもとには、500以上の魔法の一覧がある。ゆえに、監視魔法を見落としている可能性は、高い。
結局のところ、アデリナの能力をコピーしたからといって、アデリナ並みの力を得るわけではないのだ。
数ある魔法やスキルをどう使うのか、そういう戦略性や知識は、コピーできるものではないのだから。
アデリナは思う。
(だとすると、早いうちに畳みかけたほうがいいかも。戦いが長引けば、それだけ義弟くんも、わたしの魔法やスキルを使いこなしてくるだろうし)
先ほどは、惜しいところまで行った。〈インビジブル〉で接近し、あとコンマ数秒で、レイの首を切断できるところだった。
だが、間一髪で気取られてしまった。
代償として、アデリナは〈スチール〉を解除している。再度、〈スチール〉を発動するのは、難しいだろう。
アデリナが感心しているのは、レイが〈インビジブル〉に気づいたことだけではない。
〈ブラック・ホール〉で防御陣形を作るやり方だ。アデリナの戦法を真似ているようではないか。
(まるで、義弟くんの師匠になったようよね──さてと)
先ほど宝物庫から取り出した魔神剣は、いまは異次元に保管してある。
〈無限の棺〉の隣に、だ。
(魔神剣は切り札だから、まだ使う必要はないわ。上手くいけば──次こそ仕留められるはずだもの)
──レイ──
レイは閃いた。
〈ワープ〉での奇襲が難しいのならば、別の次元世界を経由してなら、どうか?
〈ワープ〉よりも時間はかかるが、狙い目かもしれない。
つまり、アデリナは感覚のピントを、〈ワープ〉での空間転移に合わせてあるはず。
よって別次元世界からの奇襲だと、反応に遅れが生じるのではないか?
(色々と試していくのが、正解だな。まぁ、アデリナの居所を掴めていない問題はあるが)
そこでレイは〈インフィニティ√〉を使った。
刹那、空間の裂け目から、漆黒の刃が飛んで来る。
レイはとっさに、魔法障壁をまとった左手で、漆黒の刃を弾いた。
この漆黒刃は見覚えがある。かつてラプソディが、吸血鬼を殺すときに使った〈ダーク・ブレード〉だ。
Sランク魔導士レベルの攻撃。
しかし、アデリナにしてみれば、たいしたものではない。ならば──。
レイは〈竜殺し〉を振るい、〈山斬り〉を放った。
同時に、腹部に球体の直撃を受ける。
レイは〈ワープ〉で、その場を退避した。
いま、何が起きたのか──。
まず、アデリナもレイと同じ策略に出た。〈ワープ〉ではなく、別次元世界を経由することで、レイの裏をかこうとしたわけだ。
ところが、レイも同じく、別次元世界へ行こうとした。
その結果、裂け目ごしに鉢合わせしたわけだ。
ただ、このときもアデリナのほうが、速かった。すぐさま、〈ダーク・ブレード〉を射出してきたのだから。
レイはこの〈ダーク・ブレード〉による漆黒刃を、魔法障壁で弾いた。
だが、〈ダーク・ブレード〉という選択から、ある仮説が生まれた。
つまり、〈ダーク・ブレード〉は囮ではないのか、というものだ。そこでレイは、本命の攻撃が来る前に、〈山斬り〉を発動したわけだ。
〈山斬り〉の巨大斬撃は、アデリナの通常防御力をも上回る。もしかすると、魔法障壁さえも。
しかしアデリナのほうが、今回もまた速かった。何らかの球体を、レイの腹部に叩き込んだのだから。
上手くすればアデリナも、〈山斬り〉を食らっているはずだが。
とにかくレイは、〈ワープ〉でいったん、退却した。というのも、腹部に受けた球体は、ただの攻撃魔法ではなさそうだからだ。
(まずいぞ。これは──)
レイは、自らのステータスを確認して、呻いた。
たくさんの状態異常が起きている。それから、魔法リストと照合して、先ほどの球体が何だったのか判明した。
〈ミスティック・ボール〉。
100の状態異変を引き起こす球体だ。これを食らってしまった。
(解除するためには、回復魔法が必要なのか)
アデリナの魔法リストに、回復魔法は〈ヒーリング〉しかない。これでは治せそうにない。
そして状態異変は時間が経つにつれて、加速度的に悪化していくようだ。
(こうなると選択肢はない──)
このときまで、レイは長期戦も視野に入れていた。
しかし、事情は変わった。状態異変が悪化する前に、決着を付けるしかない。
すなわち、短期決戦へと切り替える。
そのときだ。
レイは、偶然にも、あるものに気づいた。
(これは──光明となるか)
レイは〈ワープ〉し、アデリナのもとに行く。真っすぐアデリナの現在位置へと辿り付けたのは、ステルス魔法が切られていたからだ。
(誘いに乗る形になってしまったが──)
そこは魔王城の中間層にある広いスペースだった。
〈インフィニティ〉の銀糸が、張り巡らされている。
「ようこそ、義弟くん」
「蜘蛛の巣のつもりか」
全てを切り裂く銀糸と、〈竜殺し〉を戦わせる気はない。
ここはレイも〈インフィニティ〉を発動し、銀糸同士をぶつからせる。
アデリナが顔をしかめる。
「それなら、こうしましょう」
とたん、レイは自身の動きが、急激に鈍くなったのを感じた。
〈スロウ〉をかけられたのだ。
(だが、問題はない──)
〈スロウ〉は解除できないが、対抗策はある。
レイは〈スピード・スター〉を、自身に連続して発動。〈スピード・スター〉が、〈スロウ〉と拮抗するまで。
ただし、それ以上の敏捷性UPは望まない。身体能力に見合った速度で戦うほうが、余計なミスを犯さず済むからだ。
レイは、アデリナ目がけて、〈竜殺し〉を一閃。
アデリナは〈竜殺し〉を回避する。
「そんな大振りじゃ、当てられないわよ」
「くっ!」
アデリナの銀糸が、レイの魔法障壁を絡み取る。
レイは〈ワープ〉で撤退。
〈ワープ〉したのは、先ほどまでいた場所だ。
(アデリナ、追ってきてくれよ──)
一連の流れは、アデリナをこの場所までおびき出すためだった。
レイが劣勢に立たされた形で〈ワープ〉したならば、アデリナは追跡してくるはずなのだ。
瞬間、アデリナが現れる。
(来たな──)
レイは魔法障壁をフルパワーにした。
刹那、アデリナが降り立った地点で、大爆発が起きる。
これはアデリナの魔法リストには無い、攻撃魔法だ。
すなわちアデリナにも、予測できない攻撃。
それもそのはず。
この大爆発は、レイが仕掛けたものではない。
別の者が仕掛けた、地雷型の魔法なのだ。
この地雷魔法を、レイは先ほど偶然にも見つけた。
そして、アデリナを誘い込み、この地雷魔法を起爆させる作戦を実行したのだ。
そんなレイにも知る由もないことだが、この地雷魔法こそが、クルニアとの戦闘中にポリーヌが仕掛けた〈ランド・マイン〉だった。
〈ランド・マイン〉は、発動者の死後も残り続ける魔法。
そこにレイのツキがあった。
大爆発を食らったアデリナが、ダメージを受けつつ、後退する。
このとき。
レイはすでに、〈山斬り〉を放っていた。
(ここで畳みかける!)




