168話 『魔王』戦⑪~覚醒。
──サラ──
『魔王の間』にいる者で、初めに異変に気づいたのは、サラだった。『魔王の間』が狭くなったように感じたのだ。
サラは嫌な予感を覚え、『魔王の間』から走り出た。狭くなったという感じは、通路にも及んでいた。
(これは──圧縮ですか?)
サラは『魔王の間』に戻ってから、目をつむった。
きっかり5秒数えてから、目を開く。
ずっと見ているよりも、少しのあいだ視界を閉ざしてから見たほうが、より圧縮速度が分かると思ったのだ。
そして愕然とした。
圧縮速度は、想像以上に早い。
クルニアも事態に気づいたようで、球体を奪おうと躍起になっていたハニを、蹴飛ばした。
「ふげっ!」
ハニが転がってくる。
「ハニさん。魔王城が、おかしいです!」
「おかしいって、一体──あれ、『魔王の間』って、こんなに狭かったっけ?」
「『魔王の魔』だけではなく、城全体が圧縮されているんですよ!」
「へえ、圧縮かぁ──圧縮!?」
──アデリナ──
魔王城の頂上部とは、中央尖塔のてっぺんだ。
そこにアデリナは立ち、魔王城全体に対して、〈コンプレッション〉をかけていた。
〈コンプレッション〉とは、物体を圧縮するという、シンプルな魔法だ。Eランク程度の魔導士から使える。
ただし、圧縮する物体の体積によって、MPの消費量が増減する。つまり体積が増えれば、その分、圧縮にかかるMPも増える。
よってSSSランク魔導士のMP量をもってしても、圧縮できる体積は、せいぜい一般の家屋くらいだ。
魔王城ほどの巨大建造物の圧縮には、万単位のMPが必要となる。どんな魔術師でも、圧縮が終わる前に、MPが枯渇してしまうだろう。
しかし、アデリナには関係のない話だ。
アデリナのMPは無限なのだから。
(残り100秒を切るわね──圧縮速度を上げましょう)
アデリナは跳躍した。
──ローラ──
刹那、魔王城内が迫って来た。
壁、天井、床の距離が狭まってきたのだ。それも急激に。
この勢いでは、あと数十秒後には、魔王城そのものが馬小屋サイズにまで圧縮されてしまうだろう。
ローラは、仮死状態のレイを抱えて、脱出しようとした。
そこで足を止める。
アデリナが魔王城の圧縮を始めたのは、罠を張っているからだろう。
すなわち、ローラが魔王城を飛び出したところに、何らかの魔法トラップが仕掛けられている。
(それでしたら──空間転移して脱するまでです)
ローラは〈跳躍剣〉を振るった。
空間転移。
魔王城前の荒地へ。
瞬間、ローラはアデリナの手刀によって、腹部を刺し貫かれる。
腹部を貫かれながらも〈墨〉に切り替えて、アデリナに斬りかかる。
アデリナは〈インフィニティ〉の銀糸で弾き返してから、ローラを蹴り飛ばした。
ローラは仰向けに倒れる。
(空間転移先を──読まれていた?)
アデリナが狙っていたのは、ローラが空間転移することだった。
ローラの空間転移の出口を、誘導したのだ。
アデリナの目の前に現れるように。
それを可能にするためには、ある程度、ローラが空間転移する先を推測する必要がある。
そのためアデリナは、魔王城を圧縮した。
魔王城から脱するため、ローラは城外へ空間転移するからだ。
それくらい予測できていれば、空間転移の出口を乗っ取ることも、アデリナならば可能である。
ローラは全身から力が抜けていくのを感じた。
アデリナが歩み寄ってきて、倒れているローラに囁きかける。
ローラは、アデリナの言葉に衝撃を受けた。はじめは偽りだろうと思ったが、すぐにそれが真実だと悟った。
そしてローラの意識は失われた。
──アデリナ──
アデリナは、横たわっているレイのもとに、歩を運んだ。
いまだ仮死状態のままだ。
アデリナは右手を持ち上げる。銀糸が舞う。
あとはこの右手を下ろすだけで、銀糸がレイの首を刎ねるだろう。
「残念だったわね、義弟くん。けど、あなたは惜しいところまで行ったわ。このわたしを、一瞬だけでも、追いつめた。そのことを誇りに思いながら、あの世に旅立つといいわ」
刹那、アデリナの右腕を藤壺が満たした。
一瞬のことだった。
アデリナは跳躍してから、ジェリコとの距離を取る。
ジェリコは背後から、アデリナに迫っていたのだ。そして、呪術を発動した。
その結果が、アデリナの右腕を侵食する藤壺だ。
「ジェリコ坊や。どうして呪術が、一般的に広がらなかったか知っているの? 回復魔法で、容易く解呪が可能だからよ」
アデリナの頸が裂けて、触手が這いだす。触手の先端には眼球があった。
眼球が光り、〈ゴッド・ヒーリング〉を発動。ジェリコの呪術を解呪した。
アデリナの右腕が回復し、藤壺も消える。
ジェリコが、驚愕の表情を浮かべる。
「君は、回復魔法など使えないはずだ──それに、何だ、その不気味な触手は」
ふいにジェリコの目に、戦慄が走る。どうやら、理解したらしい。
「ヒーラーを体内に融合したのか?」
「ヒーラーの一部だけれどね」
ヒーラーのシャーリーのことだ。レイ達との戦闘が始まる前に、アデリナはシャーリーを分解してから、体内へと取り込んでいたのだ。
いまやシャーリーといえるのは、頸の裂け目から現れた触手のみ。
自我は失われているが、回復魔法を発動することはできる。
これは主に、ジェリコの呪術対策だった。しかし、レイ達のパーティにジェリコの姿はなく、アデリナも拍子抜けしていたのだ。
まさか、この場面で、奇襲を仕掛けてくるとは。
「さてと、残念だったわね、ジェリコ坊や。わたしが回復魔法で、呪術を解呪できる以上、あなたに勝ち目はないわよ」
するとジェリコは、勝ち誇ったように笑った。
「はなから、僕は君を仕留めるつもりなどはなかったさ」
「なんですって?」
ジェリコは天を仰いだ。
「ラプソディ──これで貸し借りはなしだ」
アデリナは、ハッとする。
振り返るも、レイの姿がない。
(仮死状態が終わった──レイ・スタンフォードは、わたしの能力のコピーに成功したというわけね)
瀕死のローラもいないので、レイが連れて〈ワープ〉したのだろう。
ジェリコは逃げて行くが、アデリナは追跡しなかった。
いまや戦況は劇的に変わってしまった。
レイが覚醒したとなると、戦いかたを変えねばならない。
アデリナは魔王城の圧縮を止めた。
それから、魔王城を復元──言うなれば『解凍』を行う。
ついでアデリナは、魔王城内へと〈ワープ〉した。
見晴らしの良い荒れ地で戦うより、視界が狭められる城内での戦いを選んだのだ。
レイは『魔王の間』に戻ったはずだ。アデリナはそう一考してから、宝物庫へと飛んだ。
いまやレイは、アデリナと同じ能力を有している。
その上で、向こうには精霊兵器〈竜殺し〉がある。
(ならば、わたしにも武器が必要ね──)
宝物庫の奥には、一振りの魔神剣が封じられているのだ。まさか、この魔神剣を切り札として、使うときが来ようとは。
(仮に使うとしても、それは【螺界】と戦うときだと思っていたけれど)
だがアデリナは悲観していなかった。ある意味では、これは好機ともいえる。強敵と戦うことでこそ、レベルUPは果たされるのだから。
ならば、アデリナの能力を得たレイほど、それに該当する敵はいない。
(いまのレイ・スタンフォードを倒せば、わたしは、自分を超えることになる)




