167話 『魔王』戦⑩~アデリナ、戦略を再考。
──アデリナ──
小癪なことこの上ない、というのが、アデリナの所感だ。
ローラは〈跳躍剣〉で空間転移し、逃げ続けている。
単純ながら、効果は絶大だ。
というのも、〈ワープ〉にせよ、他の空間転移タイプの魔法にせよ、他者の内部へと転移することはできない。よって、標的であるローラの『内側』へと、空間転移と共に攻撃することは不可。
結果、アデリナの空間転移を認識してから、ローラが空間転移で逃走する余裕が生まれるのだ。
空間転移を連続使用できるローラを捕えるのは、かなりの骨である。
それでも、いつかは捕まえることができるだろう。
ローラもミスはするだろうし、MPの問題もある。
アデリナと違って、ローラのMPには限界があるのだから。
しかし、時間制限があるのは、アデリナのほうだ。
レイの仮死状態が終わる前に、息の根を止める必要がある。すでに残りは400秒を切っている。
アデリナの選択肢は、多くない。
その一つには、ローラにかけた〈バグ〉を解除する手もある。
通常、ローラの〈跳躍剣〉は、連続使用できない代物だ。ところが現在、〈跳躍剣〉は連続使用が可能となってしまっている。
皮肉なことにその原因が、アデリナの〈バグ〉なのだ。
どういう運命の気まぐれか、〈バグ〉による誤作動が、ローラを助けている。
よって〈バグ〉さえ解除すれば、ローラは〈跳躍剣〉を使えなくなり、空間転移で逃げられなくなる。
だが〈バグ〉を解除するのにも、リスクはある。ローラは聖剣だけではなく、魔神剣も有する剣聖だ。
いまは〈バグ〉によって、それらの強大なる剣は使えずにいるが──
〈バグ〉を解除した上で、追いつめたとき、それらの剣を使ってこないとも限らない。
アデリナとしても、魔神剣を装備する剣聖を、数百秒で撃破する自信はない。
アデリナは〈ワープ〉による追跡を止めた。
(どうやら、やり方を変える必要があるわね)
そこでアデリナは、まったく異なる魔法を使用した。
──ハニ──
無意識の領域を探索する中、輝くものを見つけた。
ここで輝く理由こそ、ハニが求めているからこそ。
(どうやら、見つけ出したようだね──)
ハニは、求めていた魔法に手を伸ばす。この場合の『手』とは、つまるところハニの意識自体だ。
次の瞬間には、ハニは輸血魔法を取得していた。
覚醒。
「サラ!」
はじめ、すでにサラが絶命してしまったかと、危惧した。それほどに呼吸が浅かったのだ。
だが、まだ息はしている。
止血はしてあるので、輸血することで、意識を取り戻すまでには回復するはずだ。
「いま助けてあげるからね!」
ハニは、サラに両手をかざしてから、取得したての輸血魔法の呪文詠唱を始める。
魔法自体は低レベルなくせに、呪文がやけに長い。ハニは焦りつつも、詠唱を続け、ついに完了した。
輸血魔法が起動する。
ハニは、サラの右手を握った。あとはサラ次第だ。
ふいにサラの手が、ハニの手を握り返す。
「サラ!」
意識を取り戻したサラが〈リザレクション〉を発動し、己の負傷を癒した。
「ハニさん、ありがとうございます。どうやら、わたしは──クルニアさん!」
サラが全回復したことによって、いちばんの負傷者はクルニアとなった。ただでさえクルニアは、〈パーフェクト・キャンセル〉を封じているため、激しい毒状態でもある。
サラはさっそく、〈天使の杖〉をかざし、〈リザレクション〉を発動する。
「サラ。クルニアさんの毒状態も治せるの?」
「いえ、毒の原因は呪いですので──もちろん、呪いを解除することはできますが、そうすると、〈パーフェクト・キャンセル〉封じも解除してしまいます。ですが、毒状態の緩和はできますよ」
クルニアの負傷も治り、ハニはひとまずホッとした。
しかし、サラの表情は厳しい。
「お二人とも、聞いてください。わたしの残存MPからして──あと〈リザレクション〉1回の発動で、空になってしまうでしょう」
「え! だけど、〈リザレクション〉一回分は、ラプソディ様のために取っておかないと──ということは」
「はい。もう回復魔法どころか、〈ホーリー・アロー〉のような攻撃魔法も、使えません。少しでもMPを削れば、最後の〈リザレクション〉を発動できなくなってしまいますので」
〈リザレクション〉は、回復魔法の極致だ。消費するMPも、相当なものだろう。
「ということは、これから先は、ダメージを受けることはできないわけだね」
ハニは改めて、考える。
アデリナとの戦いが始まってから、このパーティは何度、サラの回復魔法に助けられてきたことか。
一方で、アデリナには、まともにダメージさえ与えられていない。
(こっちには、ローラとクルニアさんがいるのに、この戦力差とはね)
しかも、これでも〈パーフェクト・キャンセル〉を封じているからこそ、まだ戦えているわけだ。
「レイは本当に、アデリナに勝てるのかな? 500秒持たせられれば、どうとか言っていたけど」
サラが怪訝な様子で言う。
「あのう、レイさんたちは、いずこに?」
「そっか。サラはあのとき、意識がなかったからね」
それからハニは、説明した。
レイが仮死状態に入り、ローラが連れて逃げていることを。
「どうやら〈跳躍剣〉が連続使用できるみたい。なぜかは知らないけど」
「ローラさんは空間転移で、魔王城内を移動し続けているわけですね。だとしたら、ローラさん自身が戻ってきてくださらないと、合流するのは難しそうですが」
「ふうむ。とりあえず、クルニアさん、球体を返してよ。〈パーフェクト・キャンセル〉封じの呪術、ボクがやるから」
クルニアは、いっときは緩和された毒状態が、またも悪化してきたようだ。それでも苦しそうな表情を見せないのが、クルニアらしい。
「なぜだ?」
「簡単な話だよ。毒状態では、まともに戦闘できないからだよ。ボクより、クルニアさんのほうが戦力として必要だ」
「バカな話だ。私は貴様と違って、毒状態でも戦える。よって私が毒状態ならば、貴様も戦力としてプラスになり、より有利に戦闘できるだろうが」
「いやいや。いくらクルニアさんでも、毒状態じゃ戦えないからね! ワガママ言ってないで、ボクに球体を寄こしなさい」
ハニが奪い取ろうとすると、クルニアが抵抗を示す。
「離せ、ハニ!」
サラはそんな2人を眺めながら、(仲がいいですねぇ)と、微笑ましく思った。
──ローラ──
仮死状態が、きっかり500秒かは不明だ。
480秒かもしれないし、520秒かもしれない。
とりあえず、500秒を前提として、考える。
すると、残りは150秒だ。
ローラは〈墨〉を装備し、周囲を警戒する。
しかし、アデリナが現れる気配はない。
いまローラがいるのは、魔王城の中層階の通路だ。
ローラの足元では、仮死状態のレイが横たわっている。
ローラは考える。
(まさかとは思いますが、アデリナは諦めたのでしょうか?)
そのとき、ローラは違和感を抱いた。
何か──視界内のことで、おかしい点があるのだ。
だが、何がおかしいのか、明確には分からない。もどかしい思いで、ローラは意識を集中する。
そして、気づいた。
(通路が、狭くなっているような──いえ、違います)
驚きのあまり、ローラは口にした。
「魔王城が、圧縮され始めている──!」




