166話 『魔王戦』⑨~500秒の逃走。
──ローラ──
アデリナがレイを仕留めようとした刹那、ローラは〈跳躍剣〉を発動した。
この瞬間までローラは、アデリナにかけられた〈バグ〉を解除しようと努めていた。
しかし、その必要はなかったのだ。
誤作動を起こすということは、なにも技を封じられたわけではない。
ならば、誤作動の先読みを行うことで、真の目的に辿り着けば良い。
誤作動を利用するのだ。
さっそく、それが役に立った。
通常、〈跳躍剣〉は連続使用できない。しかし、今回ばかりは誤作動によって可能となった。
まずレイの傍まで空間転移し、さらにレイを連れて『魔王の間』の外へと、空間転移する。
〈バグ〉の恩恵というわけだ。
さらにローラは、〈跳躍剣〉を〈治癒の女神〉に切り替える。
この短剣は、己に刺すことで、〈リザレクション〉並みの回復が発動する。しかし、いざ刺そうとしたところで、ローラは手を止めた。
ここにも誤作動の気配を感じ取ったからだ。あとは誤作動の全容を確かめるのみ。
ローラは〈貫き丸〉に切り替えて、それを自らに刺した。
とたん、ローラは全回復する。失った左足も復活だ。
〈バグ〉によって、〈治癒の女神〉の効果と、〈貫き丸〉の効果が交換されていたのだ。
ローラはそれを見抜くことで、状況を打開した。
改めて、仮死状態のレイを見やる。
レイは、500秒の仮死状態を終えれば、アデリナを討つと宣言した。
ローラの予感通り、レイという冒険者には、次なるレベルがあるのだ。そこに至ろうとしている。
ならば、ローラの使命は、500秒を守り切ることだ。
ローラ達が現在いるのは、魔王城内の通路。
数秒も経たず、アデリナが〈ワープ〉で追跡してきた。
ローラは〈跳躍剣〉を使い、城内の別の場所へ、レイと共に空間転移する。
(〈バグ〉によって、〈跳躍剣〉を連続使用できるようになったのは、不幸中の幸いですね。このまま500秒が完了するまで、逃げ回っていたいものですが──そうはいかないでしょうね)
次なる通路で、再度、ローラは〈跳躍剣〉を使おうとした。
しかし、今度は使用できない。
〈バグ〉の効果がなくなったのか、と思ったが──
アデリナが〈ワープ〉で現れる。その表情には、勝利の確信があった。
それを見て、ローラはハッとする。
(アデリナの〈パーフェクト・キャンセル〉が発動している!)
──ハニ──
球体の呪いを解除した。
とたん、毒状態が改善される。その代わり、アデリナの〈パーフェクト・キャンセル〉封じが、取り消されてしまっただろう。
ハニも、わが身のためならば、呪術を解除したりはしなかった。たとえ、代償の毒状態で、ハニ自身が息絶えることになったとしても。
しかし、今ばかりは事情が違う。
サラを救うためには、ハニが万全に動けなくてはいけない。
毒状態では、一歩、歩くのも困難だった。
ゆえに呪術を解除したのだ。
ハニは、サラのもとへ駆け寄る。すでにサラは、瀕死だった。血を流しすぎたため、自らを回復魔法で癒すことができないのだ。
だがハニも、冒険者時代はSSSランク判定を受けた魔導士だ。まだ打つ手はあるはず。
まずハニは、〈ヒーリング〉で止血した。しかし、回復魔法は〈ヒーリング〉までしか使えない。
ここから、どうすれば──。
ふいにクルニアの声がした。
クルニアもまた、深手を受けている。
とはいえ、クルニアはタフなので、この程度では死なないだろうが。
「クルニアさん?」
クルニアは苦しそうに言った。
「サラに輸血しろ。サラが意識を取り戻せば、あとは自分で回復魔法を使うだろう」
「だけど、ボクは魔族だから、回復魔法はほぼ使えないよ」
「回復魔法のカテゴリーに入らぬ輸血魔法が、見つかるはずだ。それを探し出し、会得しろ」
「い、いま?」
「さもないと、サラは死ぬぞ──それとハニ。ジェリコの球体を寄こせ」
「え? 〈パーフェクト・キャンセル〉封じの呪術を発動するつもりなの? けど、クルニアさん。その身体で毒状態になったら、今度こそ命が──」
「いいから、寄こせ!」
ハニは、クルニアへ球体を放った。
クルニアは球体を手に取り、呪術を再発動した。
これでアデリナは再度、〈パーフェクト・キャンセル〉が使えなくなった。
そしてクルニアは、毒状態に侵されることに。果たして、どれほど持つだろうか。
ハニは、ハッとした。
(すべては、ボクにかかっているんだ!)
──ローラ──
瞬間、ローラは〈跳躍剣〉を使い、レイと共に空間転移した。
安堵する。危うく、詰んでしまうところだった。
アデリナの〈パーフェクト・キャンセル〉が復活しては、さすがに打つ手がなくなるところだ。
実際、いったんは〈パーフェクト・キャンセル〉封じが解除されてしまったのだ。
その封じがまた、復活した。紙一重のところで。
毒状態のハニが耐えきれず、ついに息絶えてしまったのか。
ローラには、『魔王の間』に残してきた仲間たちが、どうなったのか分からない。
致命傷だったサラやクルニアも、いまも生存しているか不明だ。
だがローラは、あえて考えないようにする。
いまの自分の使命は、仮死状態のレイと共に、500秒を逃げ切ることだ。やってのける自信はある。〈神刃剣〉を使えない代わりに、〈跳躍剣〉を連続使用できる強みがある。
500秒を果たせば、あとはレイに任せられる。
受付係をしていたころ、冒険者として新入りだったレイ・スタンフォードに、ローラは可能性を見出した。
化ける可能性を。
(受付係として、人を見る目には自信がありましたからね──)
ふいに気づく。アデリナの追跡が止んでいることに。
アデリナが諦めたとは思えない。ここまで、アデリナは〈ワープ〉で追いかけて来て、ローラは〈跳躍剣〉で逃げて来た。
これでは埒が明かないと、アデリナは考えたのだろう。
すなわち、アデリナは異なる戦略を打ってくる。
残りは、350秒だ。
(500秒とは、これほどに長いものでしたかね?)
──ハニ──
新たな魔法を取得するためには、次の2つのことが必要だ。
その魔法を会得できるレベルに達していること。
そして呪文を認識していることだ。
呪文については、腕利きは詠唱省略が多い。しかし、初めて使う魔法ならば、正式な呪文詠唱も必要となってくるわけだ。
(まずは、魔法を見つけ出さないといけないよ)
新たな魔法取得には、複数のルートがある。
最も一般的なのが、魔導書から取得することだ。しかし、この場に魔導書はない。
魔王城内を探せば見つかるかもしれないが、そんな時間はない。
ほかにも、急激なレベルUPによって、自然と取得する流れもある。ただし、これも今のハニには、現実的な方法とは思えない。
(やっぱり、これしかないよね──)
ハニはその場に胡坐をかいた。精神統一の構えだ。
3つ目の新魔法取得ルートとして、無意識の世界に降りて行く方法がある。魔法の源とは、無意識の領域で繋がっているからだ。
そこから、新たな魔法を持ち出すことは、難しいが不可能ではない。
ハニは瞑目して、意識を降下させていった。
回復魔法の領域には近寄らず、その上で輸血を行える魔法を探す。
果たして、そんな限定的な魔法があるのだろうか。
なくては困るわけだが。
 




