162話 『魔王』戦⑤~勝機とリスク。
──サラ──
〈純白ラ界〉を得たことで、サラは自分こそが前衛に出るべきと判断。
〈純白ラ界〉が発動している限り、アデリナの攻撃を、全て無効化できるためだ。
だが、この決断には、大きなリスクも伴っている。
当然ながら〈純白ラ界〉を発動し続ければ、MPは消費されていく。
MPが切れれば、〈純白ラ界〉が強制解除されるどころか、回復魔法さえ使えなくなるのだ。
だが、そのリスクを承知した上で、サラは決断した。
サラの回復魔法をもってしても、死者を蘇らすことはできない。そして、つい数分前、パーティはほぼ全滅といって良い状態だった。
今は、先ほどの〈リザレクション〉によって全回復してはいる。
だが、死人が一人も出なかったのは、奇跡のようなものだ。
(この戦力差は、長期戦になるほど出て来るものです。だからこそ、ここは最短で決めます──)
サラはパーティ・メンバーに指示を出す。
「皆さん、わたしを援護してください! 一気に畳みかけます!」
サラは〈天使の杖〉を振るい、〈ホーリー・クロス〉を発動。
アデリナは後方に跳んで、聖なる十字架を回避する。
「何度も見た大技を、わたしが食らうと思うの?」
サラは、再度〈ホーリー・クロス〉を発動。
だが、今回は捻りを加えた。
これまで、〈ホーリー・クロス〉の聖なる十字架は、標的の足元から垂直に出現させてきた。
そのため、発動と同時に場所を移動するだけで、敵に回避されてしまう弱点があった。
ゆえに今回サラは、〈ホーリー・クロス〉を水平に出現させたのだ。
それもアデリナの背後から。
「小細工を──!」
だが、そこはアデリナだ。
死角から迫る〈ホーリー・クロス〉を察知し、振り向きざま、〈ブラック・ホール〉で防御してしまう。
〈ホーリー・クロス〉は防がれた。
それでも、サラは大役を果たしたのだ。
アデリナの注意を引くという大役を。
すでに飛び出していたクルニアが、〈天落槌〉を振り下ろす。
背後からの〈ホーリー・クロス〉に意識が向けられていたため、アデリナは回避が遅れた。
「──っ!」
〈天落槌〉は、回避に入ったアデリナの、右腕をかすった。
とたん、その箇所が、塵となって消滅する。
魔王の間で戦闘が始まって、ようやく与えた、アデリナへのダメージだ。
だがアデリナも、ただダメージを受けただけで済ましはしない。
左手を一閃し、〈インフィニティ〉の銀糸で、クルニアの首を刈ろうとする。
サラは床を蹴って、アデリナとクルニアの間に、割って入った。クルニアを庇う形だ。
結果、〈インフィニティ〉の銀糸は、サラの身体を切断しようとする。
瞬間、銀糸が消えてなくなった。サラに対する攻撃と解釈され、〈純白ラ界〉の効果によって、無効化されたのだ。
サラは〈天使の杖〉を突き、アデリナの顔面に当てる。
アデリナの防御力をもってすれば、〈天使の杖〉の一撃などでは、掠り傷も負わないだろう。
しかし、杖で顔を殴られたのは事実だ。肉体的なダメージは受けずとも、屈辱だろう。
アデリナの口調には、明らかに怒気が滲む。
「雑魚のヒーラー如きが──」
アデリナが、サラを殴り返そうとする。
アデリナの放った左拳は、しかしサラに達する前に、止まった。強制的に止められたのだ。
「わたしの〈純白ラ界〉は、通常攻撃さえも無効化しますよ!」
そしてサラは、至近距離から〈ホーリー・アロー〉を連射。
アデリナは両腕で聖なる矢を防ぎつつ、後方へと跳んで、距離を取ってくる。
いわばアデリナが逃げた形だ。
サラは、確かな手ごたえを感じていた。
(いけます。わたしが〈純白ラ界〉を使いこなし、アデリナを翻弄し続ければ。あとは一撃必殺を持つクルニアさんかローラさんが、アデリナを仕留めてくれるはずです)
クルニアも同じ考えのようだ。
サラに向かって言う。
「ヒーラー。貴様も随分と、成長したようだな。姫殿下がお認めになっただけのことはある」
「お褒めいただき、光栄です。アデリナにトドメを刺すのは、お任せできますね?」
「ああ、もちろんだ」
──ローラ──
ローラは、少し離れた位置から、戦闘を見守っていた。
サラの奮闘によって、アデリナに綻びが生まれ始めている。
いまならば、アデリナを倒すことができるかもしれない。
だがローラは、戦闘に参加できずにいた。
謎を解かねばならない。
ローラの剣が、二度も誤作動してしまった謎を。
両方とも、〈神刃剣〉絡みの誤作動だ。
一度目は、〈墨〉を〈神刃剣〉に切り替えたはずが、どういうわけか〈治癒の女神〉だった。すなわち、剣の切り替えをミスったのだ。
二度目は、もっと酷い。
ローラは確かに、アデリナを標的にして、〈神刃剣〉を発動した。
ところが〈神刃剣〉で斬ったのはアデリナではなく、サラだった。
〈神刃剣〉の標的を誤ったのだ。
これが原因となって、危うくパーティは全滅されかけた。
しかし、ローラは分かっている。自分が、このような初歩的なミスを連続して犯すはずがない、と。
だとすると、考えられる理由は一つ。
アデリナから妨害を受けている。
ローラが剣を使うとき、誤作動が起きるような妨害魔法を。
そこで考えねばならない。妨害による誤作動は、〈神刃剣〉だけなのか、だ。
これまでのところ、〈神刃剣〉以外はちゃんと発動している。
だから、〈神刃剣〉を使わず戦闘すれば、問題ないようにも思える。
だが違うのだ。
実際のところ、大きな問題が2つある。
まず1つ目は、確実にアデリナを討つためには、やはり〈神刃剣〉が必要であること。
2つ目は、それもまたアデリナのフェイクかもしれないこと。
つまり、誤作動は〈神刃剣〉以外でも起こらせられるのかもしれない、ということだ。
その可能性の場合、アデリナはあえて〈神刃剣〉以外では、誤作動を起こしていない。
なぜか?
ここぞというときに、戦況をひっくり返すためだ。
たとえば、ローラが〈神刃剣〉を使わねば問題ないと判断し、戦闘に参加したとしよう。
サラを援護するため、〈風牙剣〉の斬撃を放ったとする。
もちろん、斬撃の狙いは、アデリナだ。
ところが誤作動が起こり、斬撃はサラへと飛んでしまう。このとき、〈純白ラ界〉が斬撃を無効化してくれれば、大事には至らない。
しかし、嫌な予感がする。
もしかすると〈純白ラ界〉は、明確な敵意がないと、無効化しないのかもしれない。
誤作動で狙いを外した斬撃には、明確な敵意はない。
そして、もしもサラに斬撃が命中してしまったら?
このパーティで、最も失ってはいけないのが、サラだ。
極論すれば、サラを失えば、敗北は決定的となる。
ローラは、〈墨〉の柄を強く握りしめる。
(ダメです。妨害魔法の謎を解き、可能ならば排除しなければ。そこまでしなくては、私はいま戦闘に参加することができません──)
──ハニ──
もう一人、戦闘に参加できずにいる者がいた。
ハニだ。
ハニは、すっかり自信喪失に陥っていた。
ここでサラとクルニアの共闘に加わり、足を引っ張ってしまったら、どうしようと。
考えてみると、かのマラヴィータを撃破できたのも、ローラのおかげだ。
ハニ自身は、探索魔法を使っただけ。
ローラは、探索魔法でマラヴィータを上回ったと、評価してくれたが──。
(ラプソディ様。ボクはいま、完全に役立たずです。レイでさえ、〈パーフェクト・キャンセル〉を無効化するため、毒状態を耐えているというのに。別にレイのことを軽んじているわけではないですけど──)
そのとき、ハニは気がついた。
すでにレイの戦力が、自分を凌駕していることを。
(ならば、ボクがやることは──)
ハニは、レイの元までダッシュした。
土気色の顔をしたレイが、弱々しくハニを見返す。
「どう、した──ハニ?」
「その球体を、ボクに寄こすんだよ、レイ!」
「なん、だって?」
「役割交換だよ! 毒の呪いを受けて〈パーフェクト・キャンセル〉を無効化するのは、このボクがやる!」
──アデリナ──
そのころアデリナは、見出していた。
〈純白ラ界〉の攻略法を。
それはサラの殺し方と、同義だった。




