159話 『魔王』戦②~〈天落槌〉か〈神刃剣〉か。
──クルニア──
〈天落槌〉は打撃するだけで、相手を塵と化す、一撃必殺のスキルだ。
突撃したクルニアは、アデリナへと〈天落槌〉を振り下ろそうとした。
〈パーフェクト・キャンセル〉が無効化されたため、アデリナは防御に回るしかない。
瞬時に、アデリナは魔法障壁を発動。
〈天落槌〉も、強力な魔法障壁には阻止される。
以前、マラヴィータにも防御された。だが──
「甘いな、アデリナ。こちらがパーティだということを忘れたか」
クルニアの背後から、鋭い斬撃が飛ぶ。
これはローラが、魔剣〈風牙剣〉で発射した斬撃だ。
この斬撃は、ローラが指定した物体を通過することができる。
よって通過された物体は、無傷だ。
すなわち斬撃は、クルニアの身体を通って、飛んできた。
そのため、アデリナの反応が遅れる。
ここで斬撃の速度が上がり、クルニアの〈天落槌〉より先に、アデリナの魔法障壁へとぶつかる。
瞬間、魔法障壁に裂け目が生まれた。
クルニアは、この裂け目へと、〈天落槌〉を振り下ろす。
魔法障壁をすり抜けた〈天落槌〉が、アデリナを襲おうとする。
だがクルニアは、後方へと跳んで、アデリナから距離を取った。
一瞬前まで、〈天落槌〉を握る右腕のあった空間を、銀糸が横切る。〈インフィニティ〉による銀糸だ。
あのまま〈天落槌〉を振り下ろしていたら、アデリナに到達する前に、クルニアの右腕が切断されていただろう。
実のところ右腕を失っても、サラに回復してもらえれば済む。
だが右腕を切断されれば、握っていた〈天落槌〉は当然、落ちた。
しかも、通常の戦闘槌に戻って、だ。
そうなると戦闘開始早々で、クルニアは武器を失うことになっていた。
アデリナは魔王の玉座から立ち上がる。
「なぜ、魔王は特別なのか知っている? その強さにおいて、誰も寄せ付けないからよ。それを分からせてあげるわ」
アデリナが両手を広げる。
刹那、数多の〈インフィニティ〉の銀糸が放たれる。
それこそ千本はあるだろう。
一本一本が、『全ての物質を切断する』銀糸なのだ。
アデリナの指先のかすかな動きだけで、、千の銀糸は精緻に操られ、クルニアたちを襲う。
クルニアは防御スキル〈大車輪〉を発動。
戦闘槌を回転させることで、高出力エネルギーの障壁を造り出す。
しかし、銀糸は直角に曲がりながら、全方位から襲いかかってきた。
〈大車輪〉は一方向のみしか防御できない。
クルニアは舌打ちしながら、さらに後方へと跳び、銀糸の包囲網を回避。
しかし銀糸は、クルニアを追跡してくる。
クルニアは戦闘槌を一閃し、銀糸を弾いた。
だが戦闘槌が、銀糸によって大きく抉られてしまう。
(精霊兵器までも、〈インフィニティ〉は切断するというのか)
──ローラ──
ローラは、〈風牙剣〉から〈貫き丸〉に切り替える。
連射速度ならば、〈貫き丸〉が上回るためだ。
〈貫き丸〉の突きで、〈貫弾〉を連射。
迫る数多の銀糸へ、次々とぶち当てて行く。
銀糸を破壊することはできないが、銀糸の速度を落とすことはできるのだ。
クルニアがローラの傍に着地した。
「銀糸を防御する手は?」
「あいにく、ありません」
「ならば、さらに後方へ下がるか」
ローラはうなずき、クルニアと共に退く。サラ、ハニ、レイのいる場所まで。
すでにサラは、〈ホーリー・シールド〉を張っていた。聖なる障壁が、銀糸の猛撃を防いでいる。
ローラとクルニアも、〈ホーリー・シールド〉の後ろへと入った。
ローラは考える。
〈インフィニティ〉という魔法は、銀糸一本を発動するだけでも、かなりのMPを消費するはず。
それを千本近くも同時に放つとは。
これはアデリナだからこそできる芸当だろう。
なぜなら、アデリナのMPは無尽蔵なのだから。
(厄介ですね。強敵と戦うときほど、まずは敵のMPを削ることに尽力するものですが。MPが無限にある以上、削るということは、不可能)
ローラは、前方のアデリナを注視しながら、言った。
「レイ君。〈山斬り〉をお願いできますか? いまの戦況を変えるには、数多の銀糸をも吹き飛ばす、巨大なる斬撃が必要です」
レイの返事がないため、ローラはそちらに視線を向ける。
そして驚愕した。
レイの顔色は、土気色に近い。いまにも倒れそうだ。
こちらの声も、ほとんど届いていないだろう。まるで毒を飲んだようではないか。
ローラはそこまで考えて、ハッとした。
レイはまさしく、毒の状態なのだ。
ジェリコが球体に封じた呪術を、レイが起動した。それにより、アデリナの〈パーフェクト・キャンセル〉は無効化されている。
ただその代償として、レイは毒の呪いにかかっていた。
(レイ君を犠牲にする形に──)
だが、これしか道はなかった。
レイもそれを承知したからこそ、呪術を発動したのだろう。
「レイ君。あなたの〈竜殺し〉を、お借りしますね」
かつてはローラの剣だったが、いまの正式な所有者はレイだ。
だがレイが使えない以上、ローラが一時的に借りることにするしかない。
毒状態で苦しむレイにも、ローラの考えは通じたようだ。
レイは震える手で〈竜殺し〉を、ローラへと差し出す。
もともと今の体調では、〈竜殺し〉を装備しているだけでも、かなり苦しかっただろう。
まずローラは〈貫き丸〉を初期剣の〈墨〉に戻す。その上で、〈竜殺し〉を〈墨〉に取り込んだ。
最後に、〈墨〉を改めて〈竜殺し〉へと切り替えた。
「この戦いが終わったら、必ず〈竜殺し〉はお返しします──クルニア。私が〈山斬り〉を放ったら、再度、攻めに移ってください。指示に従ってもらうことになりますが──」
クルニアは唸るように言った。
「仕方ない」
「では参ります」
ローラは跳躍し、〈ホーリー・シールド〉の向こう側へと出る。
そして、〈山斬り〉を放った。巨大なる斬撃が発射される。
巨大斬撃は、銀糸を吹き飛ばしながら進む。
すなわち、アデリナへと至る『道』を作っていくのだ。
巨大斬撃を追うことによって、数多の銀糸を回避し、アデリナに肉薄できる。
ローラとクルニアが、『道』を進む。
そして後ろからはハニも。
ローラは驚く。
ハニはサラの護衛として、後方に残っているはずだが。
「ハニ?」
「レイが戦えなくなった以上、攻め手もうがもう一人、必要でしょ? ボクが行くよ」
ローラはうなずいた。
いまのハニでは、レイの穴埋めはできない。〈竜殺し〉を装備したレイは、すでにハニを超えている。
だが攻め手が必要なのは、事実。
ローラは、アデリナ討伐の段取りを、脳内に描いた。
決め手となるのは、クルニアの〈天落槌〉か、ローラの〈神刃剣〉。
どちらも決まれば、一撃必殺の技である。
(いま可能性が高いのは──)
「クルニア! 私とハニで、あなたを援護します!」
これでハニへの指示も兼ねることができた。
クルニアは2歩分、先行。
〈天落槌〉を発動して、アデリナに襲いかかる。
ローラは考える。
いくらアデリナでも、〈天落槌〉をまともに受けることはできない。
先ほどのように魔法障壁で防ごうとするだろう。または、空間転移で逃げるか。
だが、ローラの予想しなかった方法で、アデリナは〈天落槌〉を防いだ。
左手で、〈天落槌〉を受け止めたのだ。
接触すれば塵となるはずだが──。
(まさか──どうやって?)
アデリナの左手は今、暗闇が波打っている。
ローラは素早く見極めた。
あの暗闇は、〈天落〉の闇とは別ものだ、と。
それから理解する。
アデリナは、〈ブラック・ホール〉で、自らの左手を覆ったのだ。
クルニアの〈天落槌〉も、〈ブラック・ホール〉を塵にすることはできない。
クルニアの決め手は、止められた。
だが──。
ローラは、クルニアの背後から出、アデリナへと迫る。
「本命は、こちらですよ!」
ついにローラの間合いに、アデリナが入った。
すなわち、〈神刃剣〉の発動条件が達成されたのだ。
〈神刃剣〉を発動。
(〈神刃剣〉は『斬った事実のみを作る』のです。もう、あなたに逃れる術はありませんよ──アデリナ!)




