158話 『魔王』戦①~初めの勢いは大事。
──アデリナ──
ヒーラーによって右腕を回復させたアデリナは、魔王の玉座に腰かける。
想定外の事態もあったが、〈聖白石〉も入手した。
すでに5つの魔石は、ルティの手元にある。先ほど〈聖白石〉も、転送魔法で送ったところだ。
あとはルティが、やるべきことをやるだろう。
初めの計画では、アデリナが成す予定だった。
しかし計画は変更を余儀なくされた。
【螺界】が、とくにリボルザーグが勘付いたのだ。
こうなると、アデリナ自身が動くのは、得策ではない。
それよりもアデリナが、リボルザーグたちの注意を引きつけたほうが良い。
いわば、囮役だ。
魔王みずからが囮をやるとは、さすがのリボルザーグも思うまい。
あわよくば、リボルザーグを仕留めてしまうつもりでもいた。
だが、その前にひとつ仕事できた。
レイ・スタンフォード率いるパーティだ。
正直なところ、マラヴィータやエトセラがこんなところで討たれるとは、アデリナの計画にはなかった。
(随分と、わたしの戦力を削ってくれたわね──)
かくして、アデリナは魔王の間にいる。
こちらから出向いて、皆殺しにしてもいいのだ。
だが、アデリナはそれを望まなかった。
これまで様々な暗躍を行い、必要なこととはいえ父親をも殺した。
それなのに、事ここに至って、魔王として振舞おうとしている。
アデリナは自嘲した。
(血は争えないということね、パパ)
※※※
──レイ──
レイが知る限り、数ある冒険者パーティの中で、魔王の間まで辿り着けたのは僅か4つ。
そのどれもが、全滅という結果に終わっている。
魔王の圧倒的な力を示す歴史だ。
ただし全滅したパーティには、GODランクは含まれていない。
そして、今このパーティには、ローラがいる。
それにローラと渡り合えるだろうクルニアも。
ならば、このパーティこそが、魔王の間に到達した中で最強だろう。
(だが、待ち構えている魔王も、歴代最強なのではないか?)
ハニがそわそわしながら言う。
「この通路の先に、黒い門が見えるでしょう? あの先が、魔王の間だよ。そこに行けば、もう後には引けないね。アデリナを討つか、ボクたちが全滅するかだ」
レイは、ジェリコから渡された球体を取り出した。
「ジェリコによると、アデリナの〈パーフェクト・キャンセル〉を無効化できるらしい。しかし、この球体をどうするんだろ?」
クルニアは球体を奪うように取って、検分した。
それからレイに放る。
「単純だ。所持した状態で、球体に起動を命じれば良い。あとは封じられた呪術が、自動で発動する。だが、気を付けろ。呪いとは、相互に影響を及ぼすものだ。アデリナの〈パーフェクト・キャンセル〉を無効化する呪術ならば、発動した者にも、相当な負担を強いることになるだろう」
レイは考える。
だからといって、この球体の呪術を発動しない選択肢はない、と。
アデリナの〈パーフェクト・キャンセル〉さえ無効化できれば、勝利はぐっと近づくのだ。
隣を歩いていたローラが言う。
「レイ君、すぐには球体の呪術を使わないでください。私の剣の中に、〈スキル殺し〉という魔剣があります。敵のスキルを、一つだけ無効化できる剣です」
「アデリナの〈パーフェクト・キャンセル〉を無効化できそうなのか?」
「〈スキル殺し〉が、〈パーフェクト・キャンセル〉によって無効化されなければ」
ハニが、サラに尋ねる。
「残存MPだと、〈ゴッド・ヒーリング〉と〈リザレクション〉は、あと何回くらい使えそう?」
サラは緊張した様子で、〈天使の杖〉を握りなおす。
「確実には、回数は出せません。戦況によっては、消費MPの少ない〈エンジェル・ヒーリング〉を選択する場合もあるでしょう」
クルニアが注意した。
「〈リザレクション〉一回分は、姫殿下のために取っておけよ」
レイはある種の使命感から、指示を出す。
「戦いかたは、それぞれに任せる。下手に連携を取ろうとしても、失敗しそうだしな。ただ、ざっと役割は決めておこう。おれ、クルニア、ローラが前衛だ。サラは後衛として、回復魔法に専念して欲しい。もちろん、ここぞというときは、サラも攻撃に参加してもらいたいが」
サラはうなずいた。
「ヒーラーが最も生きるのは、回復魔法を使ってこそ。攻撃魔法でMPを使い果たす愚は犯しません。ですが防御に関しては、頼ってください。手前味噌ですが、〈ホーリー・シールド〉による聖なる障壁は、〈インフィニティ〉さえも防ぐ自信があります」
ハニが挙手した。
「こら、レイ。ボクを忘れちゃいないかな」
「この戦い、サラの回復魔法が鍵を握っている。だからハニは、サラを守るんだ。問題はアデリナ側のヒーラーだが──」
先ほどアデリナは、ヒーラーの女を連れて行った。
せっかくアデリナにダメージを与えても、またこのヒーラーに回復されては意味がない。
ハニが不思議そうに言う。
「アデリナのヒーラーを探すため、改めて探知魔法を使ったけどね。魔王城内のどこにも、さっきのヒーラーはいないようだよ」
「──どういうことだ?」
「さぁ」
(消えたヒーラーか。何かありそうだな)
レイ達は、ついに黒門の前まで辿り着いた。
レイは考える。
パーティ・リーダーとして、何か言うべきだろう、と。
つまり、檄を飛ばすときだ。
「みんな、ついにこの時が──」
クルニアが無視して、黒門を蹴り開けた。
ハニが、気の毒そうにレイを見た。
「ボクが聞いてあげようか?」
「……余計な気を使うな」
まずクルニアとローラが飛び込み、レイ、サラ、ハニが続く。
こうしてレイは、魔王の間に入った。これが初めてではない。
ただ、これまでは義父と会うためだった。
魔王を討つため、この場所に足を踏み入れたのは、初めてだ。
アデリナは玉座に座している。
美麗な顔立ち、透き通るような肌、銀色の髪。
ラプソディと似ている。
だが、ラプソディの瞳には温かみがある。アデリナは氷のようだ。
レイは右手で〈竜殺し〉の柄を握り、左手で球体を持つ。
まずローラが〈スキル殺し〉を試してからだ。
それが失敗に終わったら、いよいよジェリコの呪いを使うときだ。
(しかし、ジェリコの呪いでも、〈パーフェクト・キャンセル〉を封じられなかったら? いや、いまさら考えても仕方ない)
アデリナは、玉座の高みから言った。
「なるほど。これが魔王の見る世界というわけね。ようこそ、冒険者の皆さん」
レイは思う。
クルニアとハニは魔族だが、いまも冒険者ギルドに在籍している。
冒険者ギルド自体が、半ば壊滅状態だとしても。
というわけで、これは王道の構図なのだ。
魔王vs冒険者。
レイは一歩前に出た。
「念のため、聞いておきたい。改心するつもりはないのか、アデリナ? ラプソディの身柄を引き渡してくれれば、これ以上、戦うつもりはない。あんたは、おれの義姉なわけだし、できれば殺し合いはしたくない」
意外なことに、アデリナは一考し出す。
レイは、かすかな希望を見た。
(アデリナは、考えを変える気なのだろうか?)
しかし、アデリナの答えは、レイの期待したものではなかった。
「あなた達が、わたしの配下になるというのなら、考えてもいいわよ」
これに激怒したのが、クルニアだ。
「ふざけるな、叛逆者が!」
クルニアが戦闘槌を振りかざし、突撃する。
ローラが瞬時に、〈スキル殺し〉を一閃。
それからレイに視線を向け、首を横に振る。
〈スキル殺し〉は、発動できなかったのだ。
つまり、〈パーフェクト・キャンセル〉は、無効化できていない。
(ならば──)
レイは左手の球体を突き上げ、起動した。
とたん、レイの脳内に情報が流れ込んできた。
球体に封じられた呪術の情報だ。
呪術の発動方法は、すでに満たしている。
『呪いをかけたい標的を視認すること』だけだからだ。
標的のアデリナは、視界内にいる。
呪いの内容も、分かった。
標的の『魔法・スキル』から、指定した一種類のみを無効化できる。
だが、この呪術を発動するためには、発動者もまた呪いを受けることになる。
すなわち、レイ自身も。
レイは、自身が受ける呪いの内容に、愕然とした。
だが躊躇っている暇はない。
「呪術を発動しろ──」
刹那、アデリナの〈パーフェクト・キャンセル〉が無効化される。
その瞬間、クルニアは〈天落槌〉を、アデリナ目がけて振り下ろした。




