157話 魔王の間に向かうのなら、ラスボス戦と心得よ。
──ハニ──
ハニの首を切断しようとした、〈インフィニティ〉の銀糸。
ハニは絶命を覚悟したが、寸前のところで、銀糸は弾かれた。
ハニは背後に跳んで、アデリナから少しでも距離を取る。
一方、銀糸を弾いたのは、ローラだった。厳密には、ローラの剣〈墨〉。
ハニは一驚する。
「ローラ、どうして?」
ローラもハニの隣まで移動し、アデリナから離れる。
「クルニアと合流したのち、サラさんとも会いましてね。サラさんが、アデリナが負傷したことを教えてくれました。すると、ヒーラーのもとにアデリナが現れる可能性が高くなりますからね」
「それで、駆けつけてくれたというわけだね」
「間一髪のようでしたが。何とか間に合いました」
それにしても、とハニは考える。
ローラの剣聖としての実力は、やはり本物だ。アデリナの〈インフィニティ〉を弾くことができたのだから。
すなわち、『全ての物体を切断する銀糸』に、対抗したのだ。
しかも、アデリナによる〈パーフェクト・キャンセル〉が発動されている中で。
ローラは、必殺技スキルも使わず、純粋なる剣の腕で、〈インフィニティ〉と渡り合った。
アデリナは興味深そうに言う。
「ふしぎね。〈インフィニティ〉に、切断できない物質はないはずだけど──鉱物ヴィヲさえも切り裂くというのに、あなたの剣には、秘密がありそうね」
ローラは〈墨〉を持つ右手を、だらりと下げる。
「秘密などはありません。剣の道を究めれば、魔法効果など上回るということです」
アデリナは肩をすくめた。
「まぁ、いいわ。シャーリー、行きましょう」
その視線が、ヒーラーに向けられる。
ハニは、ハッとした。
アデリナは、シャーリーという名のヒーラーと共に、〈ワープ〉で移動するつもりだ。
自らの右腕を回復し、体勢を立て直すために。
「させるか!」
ハニは〈ウインド〉を発動し、ヒーラーを吹き飛ばす。
〈ワープ〉で他人を空間転移させるためには、3メートルの範囲内にいる必要がある。
ハニは〈ウインド〉によって、アデリナの〈ワープ〉範囲内から、ヒーラーを外に出したのだ。
アデリナの〈インフィニティ〉が一閃する。
「まったく、ラプソディのペットが生意気ね」
ローラがハニの前に移動して、〈墨〉で銀糸を弾き返した。
「無駄ですよ、アデリナ」
「それなら、煉獄の焔に焼かれるといいわ」
ハニはローラの腕を掴んで、横へと跳んだ。
アデリナの〈煉獄〉は、回避不可能な火焔魔法。少なくとも、アデリナの視界内にいたら、命はない。
部屋の壁を突破し、ハニはローラと共に、隣室へと移動。
「アデリナの〈煉獄〉を避けるには、視界内から逃れ続けるしかないよ!」
「ですが相対しなければ、斬ることはできません──」
「まず、さっきのヒーラーを確保しよう。せっかくアデリナは右腕を失っているのだから、回復させないほうがいいよね」
2人は通路に出た。
先ほど吹き飛ばしたヒーラーは、ドア口から通路へと転げ出たのだ。
しかし、すでにヒーラーの姿はない。
「アデリナに連れて行かれた?」
刹那、天井が破砕し、黒龍が落ちてきた。
アデリナに加勢するため、ムシャムシャが来たのか。
だが違った。
ムシャムシャであることは確かだ。しかし、加勢に来たのではない。
ムシャムシャの首は、もうないのだから。
「わぁ。ムシャムシャの奴、ついに倒されたか」
〈純白の塔〉戦では、ハニはムシャムシャに殺されている。
サラが〈聖なる乙女〉MAXモードになっていなければ、いまごろ黄泉の国だ。
そんなムシャムシャも、ようやくお陀仏。
ムシャムシャの死体を追いかけるようにして、レイが降下してきた。
「レイ! まさか、キミがムシャムシャを殺したの?」
レイは、ハニとローラを見つけて、驚いた様子。
「こんなところで奇遇だな。ムシャムシャなら、倒せたのは〈竜殺し〉のおかげだ」
ローラが言う。
「アデリナの右腕も切り落とされたようですね。〈竜殺し〉を十全に使いこなせているようで、何よりです」
ハニが残念な気持ちで続けた。
「だけどね、その右腕も、いまごろは回復してしまっているよ」
それからハニは、アデリナにヒーラーを連れていかれた件を話した。
「にしても、レイ。よく〈パーフェクト・キャンセル〉の中で、あのアデリナに一撃を食らわせることができたね」
するとレイは、首を横に振った。
「実は、アデリナのおかげとも言えるわけだ──」
レイは、アデリナが600秒だけ〈パーフェクト・キャンセル〉を使わなかったと話した。
それから、ジェリコに渡された球体を取り出す。
「次は、アデリナも本気で来るだろう。だからこそジェリコの寄こした、この球体が頼りになる──で、どうやって、使うんだ?」
「……ボクに聞かれても、困る」
その後、3人はクルニアとサラとも合流を果たした。
サラはホッとした様子だ。
「皆さん、ご無事でしたね──ですが、ジェリコさんは?」
クルニアが不愉快そうに言う。
「あんな奴は、放っておけ」
それから改めて、互いに戦績を発表し合った。
クルニアは、エトセラとポリーヌを撃破。
レイとサラは、アデリナの右腕を落としたが、これはいまごろ回復されているだろう。
またレイは、ムシャムシャを討伐した。
ハニとローラも、マラヴィータを倒している。
みな良い戦いをしている。
ただハニとしては、少し複雑である。リベンジを誓った、ムシャムシャとポリーヌ。
結局、別の者が倒してしまった。
(まぁ、同じパーティの仲間だし、ボクが倒したようなものだね、これは。ところで、なぜポリーヌが魔王城にいたのだろうね)
「ボクたちさ、かなりアデリナ陣営を削いだんじゃない?」
ローラが難しい顔で言う。
「ですが、どうやらルティは、魔王城にはいないようです」
ローラとルティには、因縁があるらしい。ハニは詳しくは知らないが。
レイが疑問を口にする。
「アデリナ陣営だと、他には誰がいるんだ?」
ハニが答えた。
「あとは、ゾンビ・マスターだね。それと奴がゾンビ化した、オルかな」
「ゾンビ・マスターか……ベル墓地で討伐し損ねたのが、痛かったな。まさかアデリナの配下になるとは」
ハニは、ゾンビ・マスターはそれほどの脅威ではない、と判断した。
結局のところ、ただのゾンビの上位種だ。確かに、竜人オルをゾンビ化されたのには、驚いたが。
(オルだって、以前、ラプソディ様にボコられているわけだしね)
ハニのゾンビ・マスター評は、限りなく間違っていたことになるのだが、それを当人が知るのはまだ先のことだ。
クルニアが苛立たしそうに言う。
「いくら陣営を削ろうと、アデリナを逃がしてしまっては、意味がないだろう。アデリナは魔王城から離れないと、私はさっきローラに断言したが──事情は変わってしまったのかもしれん。奴がワープした先は、別のアジトだろう」
すると、レイは面白そうに言った。
「思うに、アデリナの本質を理解しているのは、おれだけのようだな。アデリナは、どことなくラプソディと似ているからだろうか」
クルニアがレイの胸倉をつかみ、軽々と持ち上げる。怒気のこもった声で言った。
「貴様、姫殿下を侮辱するのか?」
「すまない、そんなつもりはなかった。だが、おれはこう考えてみたんだ。ラプソディが敵に攻め込まれた場合、どういう選択をするか。思うに、アデリナも同じことをするんじゃないだろうか」
クルニアは、レイを乱暴に下した。
「どういう意味だ?」
「少なくとも、逃げたりはしないだろう。ヒーラーを使って、体勢を立て直すことはしても、だ。そして、この機会に、敵を殲滅しようと考える」
ローラがうなずく。
「私たちを殺そうとするわけですね。では、〈ワープ〉で奇襲を仕掛けてくると?」
レイは首を横に振った。
「遊びでなら、奇襲を仕掛けてくることもあるだろう。だが、いまのアデリナは本気だ。だからこそ、アデリナは魔王として、振舞おうとするはず」
ハニは、ハッとした。
「アデリナは、待っているわけだね。この討伐パーティを」
クルニアが、怪訝な顔で言う。
「どういう意味だ、ハニ?」
ハニは思った。
(クルニアさんも、鈍いときは鈍い)
「魔王がいる場所といったら、一つしかないじゃないか──魔王の間だよ!」
レイはうなずいた。
「冒険者は、それを『ラスボス戦』と呼んでいる」




