156話 ヒーラーを削らねばならない問題。
──クルニア──
クルニアが戦闘槌を振るい、〈破城槌〉を発動。
しかし、死角より迫って来た何者かは、〈破城槌〉を軽く受け流す。
クルニアは戦闘槌を下した。
「なんだ、貴様だったか」
敵ではなく、ローラだった。ローラの実力なら〈破城槌〉を軽く捌いたのは納得できるが、なぜ死角から迫って来たのか。
クルニアがその点を問いただすと、ローラは驚いた様子で答えた。
「申し訳ございません。そういう癖でして──」
クルニアは思う。やはり、この女とは仲良くなれそうにない、と。
「宝物庫のほうも外れだったのか?」
「ということは、魔王の間でもなかったわけですね。〈無限の棺〉が想像の埒外の場所に隠されている、ということも、考えられますが──」
「そうではない、と考えているのだろう?」
「はい。十中八九、アデリナが所持しています。レイ君の読み通りですが──レイ君が勝利した、という知らせはまだ受けていませんね」
「当たり前だ。あのアデリナだぞ。あの男で敵う相手か」
とはいえ、クルニアも完全に望みなしと考えているわけではない。
レイには、切り札がある様子だった。それを抜きにしても、ヒーラーとの組み合わせが効けば、大金星を挙げる可能性もあった。
優れたヒーラーには、戦況をひっくり返す力がある。
全回復というのは、ある意味では、チート能力の最たるものといえるのだから。
(我々、魔族の弱点は、回復能力を苦手とすることだ。邪神官のハーンは、別格的に優れていたが──アデリナにあるのは、せいぜい〈ヒーリング〉程度)
「ところで、ジェリコ少年は、どちらに?」
ローラの問いかけに、クルニアは答える。
「分からん。独断専行だ」
「困りましたね。ジェリコさんの呪術は、一つの強みでしたのに──」
「そっちこそ、ハニはどうした?」
「ええ、実は──」
ローラの話は、こういうことだった。
宝物庫を出てすぐ、ローラとハニは敵の攻撃を受けた。敵は武将クラスの魔族で、部下を従えていたこともあり、それなりに苦戦した。
武将格を撃破したのち、その部下を尋問し、ある情報を聞き出した。
魔王城内にいるヒーラーの数と待機場所についての情報だ。
「ヒーラーということは、魔族ではないな」
「決戦に備えて、外部から呼んでいたのでしょう」
クルニアは感心した。
アデリナを撃破するためには、その力を削っていくしかない。
だがその過程で、せっかく与えた傷を全回復されては困る。
そこで先んじて、ヒーラーを始末しておこうという考えだろう。
「それでハニは、ヒーラーを始末しに行ったのか」
「ハニさんは、ヒーラーたちを始末はしませんよ。アデリナ討伐が完了するまで、意識を失っていてもらうだけです。意識がなければ、回復魔法は使えませんからね。あ、それと出発前、ハニさんはある情報を掴みました」
「どんな情報だ?」
ローラは即答はしなかった。
「このパーティで最も探知魔法に優れているのは、ハニさんです。かのマラヴィータの潜伏さえも暴いたほどですから。おかげで、わたしの剣がマラヴィータに届きました」
クルニアは、とくに反応は示さなかった。
しかし、内心ではハニの成長を感じていた。あのマラヴィータを出し抜くとは。
「貴様ら、マラヴィータを討伐したのか?」
「はい」
(老兵もようやく、くたばったわけか──全盛期の力はなかったとしても、魔王の右腕だった大魔導士だ。それを討ち取るとは、剣聖というのは伊達ではない)
「繰り返すが、ハニからの情報とは?」
「アデリナの居場所です。別れる前に、探知魔法で見つけてくれました。わたしは今、そちらに向かっているところでして。とはいえ、アデリナには〈ワープ〉があります。いまごろ、この星の反対側に行っているかもしれませんが」
クルニアは笑った。
「アデリナは、魔王の玉座に執着していた。姫殿下に対する執念ほどではなかったが──いずれにせよ、アデリナがこの魔王城から離れるとは思えん。我々にとっては、好都合の事実だ」
「そうですね──では、ご一緒しますか? 最後にアデリナが確認された場所まで」
クルニアは戦闘槌を肩に担いだ。
「無論だ」
このとき、ローラとクルニアは、ある可能性に思い至っていなかった。
というより、そんなことは起こってはいまい、と思い込んでしまっていた。
すなわち、アデリナがすでに、ヒーラーを必要としている状況である。
その場合、アデリナはヒーラーのもとに現れるため、最も遭遇する可能性が高いのは──。
──ハニ──
魔王城内に、ヒーラーは4人いた。
これを少ないとみるか、充分とみるかは、指揮官の考え方次第だろう。
4人のヒーラーは別々の場所に配置されているため、ハニは〈スピード・スター〉で移動。殺すのは忍びないので、次々と気絶させていく。
ここの加減が、それなりに難しい。あまり軽すぎると、すぐに目覚めてしまう。逆に、強くやりすぎると命を取りかねない。
(うーん。しかし、これはボクだからこそできる仕事だね。ローラは非戦闘員のヒーラーを傷つけることに、躊躇いがあるだろうし。一方、クルニアさんあたりじゃ、加減を間違えて殺しかねない)
3人目のヒーラーまで、テンポ良く気絶させ、ラストの4人目となった。
サラのように戦えるヒーラーがいたら厄介だと思ったが、これも杞憂だった。
もともとサラは、特殊といえる。
〈リザレクション〉クラスの回復魔法を使えるヒーラーは、一定数いる。
だが、攻撃型の白魔法を使えるヒーラーとなると、数えるほどしかいない。
しかも、普通その手のヒーラーは、回復魔法が下手という、本末転倒なタイプばかり。
よって、〈リザレクション〉と〈ホーリー・クロス〉を両方使えるサラは、かなり稀有といって良いのだ。
これは先代〈聖なる乙女〉のミストから、直に教授を受けたからでもあるし、もともと才能があったためでもある。
ハニは通路を駆け抜け、4人目のヒーラーの居室に辿り着いた。
(これまで通り、パンチを食らわして、眠ってもらおうか)
念のためハニは、探知魔法を使い、室内に標的のヒーラーしかいないことを確認。
ドアを蹴破って、室内に飛び込んだ。
4人目は、十代の女のヒーラーだった。心臓が止まりそうなほど驚いている。
ハニはその反応に、満足する。というのも、この反応だけで、このヒーラーが戦闘はできないことを物語っているからだ。
「キミには悪いけど、眠ってもらおうか」
ハニが右拳を繰り出そうとしたときだ。
背後から、刺すような殺気を感じた。
とっさに振り向きざま、〈ファイヤ・ブラスト〉を連射する。
アデリナが、魔法障壁を纏った左手で、〈ファイヤ・ブラスト〉を弾いていく。
「なかなか重たい〈ファイヤ・ブラスト〉ね、ハニ」
ハニは、〈ワープ〉してきたアデリナの姿を見て、息を飲んだ。
アデリナの右腕が、肘のところで切断されているのだ。
アデリナがすでに戦闘に入っていたことは、魔王城内を竜巻が通過したことから、想定していた。
しかし、まさか右腕を失うほどのダメージを受けていたとは。
(レイの手柄かな? だとしたら、たいした成長だね。ラプソディ様の夫に相応しい。そして──)
ハニの意識は、ヒーラーへと向けられる。
(せっかく右腕を奪ったんだ! こんなところで、回復させるわけにはいかない!)
気絶させるという加減は、できそうにない。ハニはそう素早く判断した。
このヒーラーには悪いが、命を取らせてもらおう、と。
ハニは無用な殺生は好まないが、必要ならば躊躇いはしない。
「〈ファイヤ・ブラスト〉!」
しかし、火炎弾は発射されない。
「なぜ──!」
驚愕するハニ。
一方、アデリナは悠然として、ヒーラーのもとまで歩いていく。
「遊びは終わりということよ、ハニ。〈聖白石〉は手に入れたし、もう頃合いでしょう」
「そうか。〈パーフェクト・キャンセル〉──それなら!」
通常攻撃で、ヒーラーを殺すしかない。
だがハニが動く前に、アデリナの左手が一閃。
〈インフィニティ〉の銀糸が、ハニの首に捉えようとする。
(まずい。このままじゃ、首を斬られ──)
 




