148話 『魔王城』攻略戦⑫~レイvs黒龍ムシャムシャ。
──クルニア──
ポリーヌを仕留めたクルニアは、エトセラのもとに戻った。
すっかり元気になったエトセラは尻尾を振りまくりながら、はしゃいでいる。
「やったね! やったね! 地雷女を倒したね!」
「ああ。我々のチームプレイの勝利だ──」
クルニアは考える。
エトセラはいま、ポリーヌ撃破の余韻に浸っているため、重要なことを失念していると。
すなわち、クルニアとエトセラが敵対していることを。
よって今のうちに、エトセラも片付けてしまうのが良いだろう。
ただ困ったことに、クルニアは(エトセラという駄犬は憎めない奴だ)と、思い始めていた。
殺したくはない。
そこで──。
クルニアは手招きして、エトセラを呼んだ。
「こっちに来てみろ、エトセラ」
エトセラは弾む足取りでやって来る。
「なに、なに?」
「そこにいろ。よし、まぁ、悪く思うなよ。〈ティー・ショット〉!」
クルニアの戦闘槌は、すでに〈天落槌〉は解除済み。
純粋な高出力エネルギーだけを纏い、フルスイングした。
そしてエトセラを打つ。隣国で流行りのゴルフというスポーツの要領で。
戦闘槌で打たれたエトセラは、壁をぶち抜き、そのまま魔王城の外へと飛んで行った。
クルニアは壁の穴から、打球の如く飛んで行くエトセラを見届ける。
「許、さ、な、ぁぁぁぁ───………!」
というエトセラの雄叫びが、遠のいていく。
ついにエトセラは空の彼方へ消えて行った。飛距離500キロというところか。
クルニアは満足そうに呟いた。
「ナイスショット」
エトセラを戦線離脱させたところで、クルニアは魔王の間へ向かった。
しかし、そこは蛻の空だった。
アデリナの姿も、先行したはずのジェリコもいない。
何より、ラプソディが封じられている〈無限の棺〉は、ここにはない。
誰も座らぬ、魔王の玉座があるだけだ。
数秒のあいだ、クルニアは玉座を見つめた。
(姫殿下こそが、相応しい玉座だ──)
クルニアは身を翻し、魔王の間を後にした。
クルニアは確信していた。
レイの読みこそが正しかった、と。
すなわち、〈無限の棺〉はアデリナの手元だ。
アデリナの異次元スペースに保管されている。
ならば、アデリナを殺しさえすれば、自動で〈無限の棺〉は出てくるというわけだ。
クルニアは壮絶に笑った。
(一石二鳥だな。姫殿下の敵を潰すことで、姫殿下をお救いできるのだから)
──ローラ──
魔王城の宝物庫は、文字通り金銀財宝で溢れていた。
ローラは、ある絵画を手に取った。
魔王の肖像画のようだが、途轍もなく下手くそなのだ。
だが、こういう下手に見える絵画こそが、名のある巨匠の作品だったりする。
ローラの審美眼が、そう言っていた。
そばを通りかかったハニが、ローラの持つ絵画に気づいて、言う。
「あ、その絵は懐かしいね。ラプソディ様が、父上──つまり、魔王様を描いて、誕生日にプレゼントしたんだよ」
ローラは考える。
(……魔王の娘さんが描いた絵ですし、やはり価値はありますね。壊滅的に下手くそでも)
「ラプソディさんが3歳のころの絵でしょうか?」
「13歳のときの絵だけど」
「……冒険者ギルドの職業に、『絵描き』がなかったのは、幸運でしたね」
Fランクでは済まなかっただろう、と内心で付け足すローラだった。
宝物庫を探し回ったハニが、諦めた様子で言う。
「やっぱり、〈無限の棺〉はないよ。魔王の間にあるのかな?」
ローラは答える。
「わたしは、レイ君の考え方が正解だったと、いまは思いますよ。アデリナは、ラプソディさんに執着している。だからこそ、ラプソディさんを封じた〈無限の棺〉も、常に手元に置いておくでしょう。アデリナの異次元スペースに」
「だとしたら、厄介だよね。異次元から〈無限の棺〉を出せるのは、保管したアデリナだけだもの。アデリナに頼んで、出してもらえるわけがないしね」
「ハニさん。そう難しく考えずとも、簡単に〈無限の棺〉を出させる方法がありますよ」
「え?」
「アデリナが命を落とすことです」
ハニは固唾を呑む。
「ということは──?」
ローラは静かに告げた。
「アデリナを討伐するとしましょうか」
──レイ──
魔王城の上空。
グリに騎乗したレイは、〈竜殺し〉の柄を握りしめる。
黒龍ムシャムシャを倒すには、この精霊兵器だけが頼りだ。
標的であるムシャムシャは、さらなる高みで羽ばたいていた。
「よし、グリ。さらに上昇だ。ムシャムシャの高度まで上がるぞ」
グリは気乗りしなさそうに鳴く。成体になったとはいえ、過保護に育てられたところは抜けていないらしい。
「これもラプソディを助けるためだ、勇気を出せ」
アデリナの脅威に比べれば、いまさら黒龍などたかが知れている。
とはいえ、雑魚ではないことも確かだ。
アデリナとの戦闘も大詰めというところでムシャムシャに乱入され、ひっくり返される危険はある。
だからこそ、この場面で、討たねばならない。
「グリ、魔王城を背にして飛べ。そうすればムシャムシャは大技を使えない。魔王城に当たってしまう危険性があるからな──」
とたん、ムシャムシャが〈熱線〉を放ってくる。
「回避しろ、グリ!」
グリが急旋回して、〈熱線〉を避ける。
レイはさすがに振り落とされそうになったが、なんとかグリの羽毛を掴んで、踏みとどまった。
グリが、羽毛を引っ張られたことに、抗議の声を上げる。
「悪かった。手綱がないんだから、許してくれよ。それにしても──」
振り返ると、魔王城の一部が損壊している。
〈熱線〉の直撃を受けたのだ。
魔王城に当たることなど、ムシャムシャには関係がないらしい。
レイの見たところ、ムシャムシャはアデリナに忠誠を誓っている。
ただ、アデリナがそばにいないと、これだ。すなわち、ムシャムシャは頭が良くない。
(魔王城は、ラプソディの城でもある。これ以上、破壊させるわけにはいかない。それにムシャムシャの攻撃が、魔王城内で戦っている仲間に当たってしまうかもしれない)
「グリ、作戦変更だ。魔王城から離れろ。魔王城が戦いに巻き込まれないようにするんだ」
グリが羽ばたき、空を猛スピードで駆ける。
ムシャムシャが〈地獄無斬〉を発動し、真空刃を乱射してくる。
ムシャムシャの脅威は、『広範囲攻撃+一つ一つの破壊力の高さ』にある。
とくにこの真空刃は、直撃を受けたら致命的だ。
「回避だ、回避!」
レイが指示すると、グリが鳴いた。
言われずとも分かっている、と答えたかのようだ。
グリの飛翔速度は、ムシャムシャを上回っていた。つまり、ある程度の距離さえ取っていれば、ムシャムシャの攻撃を回避することは余裕だ。
問題は、距離を取っていては、レイも攻撃することができないこと。
(どうしたものか──)
そのときだ。
テグスが、そばまで飛翔してくる。
テグスは、ある申し出をするため、来たのだ。
レイには、魔獣使いの才はない。だが、テグスには何度か騎乗している。どうやら、少しは心が通じていたらしい。
というのも、テグスが何を申し出てくれたか、分かったからだ。
「なるほど。では頼む、テグス」
それからレイは、グリに指示する。
「グリ。おれの第一の合図で、ムシャムシャに突撃しろ。そして第二の合図で、急降下するんだ──おれを信じろ」
グリが、『了解』を知らせるため鳴いた。
レイは、全体を俯瞰する。
ムシャムシャ、テグス、グリ、それぞれの位置を。
そして、ここぞというタイミングで、合図を出した。
「いまだ、グリ!」
グリが急加速し、ムシャムシャ目がけて突撃する。
ムシャムシャが怒りの咆哮とともに、〈地獄無斬〉を発動しようとした。
刹那、テグスが、ムシャムシャの死角より迫る。
そして、〈竜の息吹〉の火炎を、ムシャムシャの顔めがけて噴いた。
〈竜の息吹〉では、黒龍にダメージは与えられない。
だがその火炎を顔に噴きかけられれば、視界は塞がる。
ムシャムシャの視界を塞ぐこと。
それがテグスの狙いだった。
視界を塞がれながらも、ムシャムシャは〈地獄無斬〉を発動する。
レイは、第二の指示を出す。
同時に、グリの背から跳躍した。
結果、グリは急降下し、レイは高く飛翔。
その間を、〈地獄無斬〉の真空刃が、通過していく。
高く跳んだレイのもとに、テグスが飛んで来る。
レイは、テグスの背中を蹴った。人間のために足場となってくれるワイバーンは、世界広しといえど、テグスくらいだろう。
テグスの背を蹴ったレイの先にあるのが、ムシャムシャの首だ。
このときムシャムシャの視線は、下方を飛ぶグリへと向けられていた。
そのため、頭上から向かってくるレイに、すぐには気づかなかったのだ。
事態に気づいたときは、もう遅い。
「食らえぇぇぇ!」
レイは、〈竜殺し〉を振り下ろす。
ムシャムシャの首を、一気に断ち切った。




