144話 『魔王城』攻略戦⑧~狂風がくる。
──レイ──
煉獄の焔に焼かれながらも、レイは状況を追っていた。
サラとアデリナの会話は聞こえなかったが、これはレイ自身の絶叫のせいだ。
いくら脳の一部が冷静だろうとも、全体的にはそうはいかない。地獄のような苦しみに、精神は発狂寸前まで追い込まれていた。
それでも冷静な部分が残っていたのは、これまでも何度も死にかけた経験が、モノをいったのだろう。
(この焔は、おれを殺すことはしないようだ──)
これは不思議なことだ。内臓まで焼かれながらも、命は取り留めているわけだから。
そこは魔法の火焔ならではということだろう。
ただし瀕死の重傷を負わされていることは、間違いない。
瀕死──。
【螺界】施設に監禁されていたときは、瀕死の状態から〈リザレクション〉スキルで全回復した。
今回も煉獄の焔が消えたとき、レイは〈リザレクション〉で全回復するだろう。
しかも、アデリナは〈リザレクション〉スキルの存在を、考えもしていないはず。
ならば、煉獄の焔が消えたとき、アデリナのガードは緩くなっている。
そこに渾身の一撃を放てば、アデリナにダメージを与えられるはずだ。
レイの手持ちの必殺技スキルの中で、最強のもの。
〈翔炎斬〉をも超えるのは、唯一〈山斬り〉だ。
そのときが来たならば、〈山斬り〉を放つ。
刹那、焔が消えた。
生きたまま焼かれる苦しみが終わり、火焔に塞がれていた視界も晴れる。
〈リザレクション〉スキルが発動。
ほぼ同時に、レイは〈山斬り〉を放った。
〈魔装〉は解除していなかったので、闇黒騎士モードでの巨大斬撃が発射される。
それは惜しくも、アデリナの胴体には命中しなかった。
しかし、アデリナの右腕を切り落とした。
現魔王の右腕を。
アデリナの「なぜなの?」という問いかけに答えつつ、レイは2発目の〈山斬り〉を放つ。
「そう、何度も食らわないわよ」
アデリナが魔法障壁を造り出す。アデリナの魔法障壁ならば、〈山斬り〉の巨大斬撃にも持ちこたえるだろう。
瞬間、アデリナの魔法障壁に激突したのは、〈ホーリー・クロス〉の聖なる十字架だった。
サラが放った聖なる十字架が、アデリナの魔法障壁と相殺する。
すなわち、〈山斬り〉の巨大斬撃のため、道を切り開いてくれたのだ。
「こんな、バカなことが──」
魔法障壁が失われたため、アデリナは巨大斬撃をもろに受ける。鮮血が飛び散り──巨大斬撃は城内の彼方へと飛んで行った。
「アデリナは──!」
残ったのは血痕だけだ。
アデリナの姿はない。
どうやら、〈ワープ〉で空間転移したようだ。
ただし巨大斬撃から、完全には逃れられなかった。
アデリナの血痕が、それを物語っている。
「アデリナに、回復魔法は無い!」
厳密には、〈ヒーリング〉は使えるだろう。しかし、二度の〈山斬り〉によって、アデリナは重傷を受けている。
〈ヒーリング〉でできることは、止血くらいなものだ。
「ここで畳みかけるぞ! サラ、アデリナを見つけ出し、トドメを刺す!」
「了解しました!──あの?」
「なんだ?」
「どうやって、アデリナを見つけ出すのですか?」
「それは、探索魔法で──あ」
この場に、探索魔法を使える者はいなかった。
だが、すぐにレイは別の手を考え付いた。
「まて、サラ。君は、回復魔法を必要とする人は、探索できるはずだろ? アデリナはまさしく、回復魔法を必要としているぞ」
もちろん、見つけ出しても回復魔法を使うつもりはないが。
サラはうなずき、〈天使の杖〉を掲げる。
「──2つ上のフロアに、回復魔法を必要とする者が──おそらく、アデリナでしょう!」
「いくぞ!」
レイが走り出そうとしたときだ。
少し離れところから、轟音が轟きだした。
レイは首を捻る。この轟音に、聞き覚えがあったのだ。
激しい風切り音。そして、破壊音。
レイは愕然とした。
「アデリナ──魔王城内で使いやがったか」
これはラプソディがよく使っていた殲滅魔法だ。
しかし、屋内で発動して来るとは、思わなかった。
ましてや、アデリナ自身の根城で。
「レイさん?」
「備えろ、サラ! 〈トルネード〉だ! 竜巻が来るぞ!」
レイが警告したのと、ほほ同時だ。
レイとサラのいるフロアに、竜巻が到達。
闘技場クラスの建物も吹き飛ばす、最悪の狂風が巻き起こる。
すぐにレイの視界は激しく揺れ、猛烈な風の音しか聞こえなくなった。直径数百メートルの竜巻に飲み込まれたためだ。
魔王城内を叩きまわされ、最後にはどこかのフロアに投げ出される。
「くそっ──」
レイは立ち上がろうとして、その場に片膝を突いた。右足が骨折している。
それに痛みからして、肋骨も何本か折れているようだ。
レイは周囲を見回した。
サラの姿はない。サラとは別の場所に吹き飛ばされたようだ。
竜巻自体は消滅していた。
長く出し続けなかったのは、アデリナも魔王城を壊滅させたくはなかったからか。
殲滅魔法は恐ろしいが、破壊規模が広すぎるという弱点がある。
たとえば小惑星を落とす〈アステロイド〉など、そうそう使用する機会はない。
(……いや、アデリナなら、追い込まれたら発動しかねないか。小惑星を落とすとしたら、リウ国か……)
レイは短剣〈プリンセス〉を、鞘から抜いた。その切っ先で、己の頸動脈を切った。
鮮血が飛び散る。すぐにレイは、出血多量で死にかける。
とたん〈リザレクション〉スキルが発動し、全回復が起きた。
つまり、右足や肋骨の骨折も、頸動脈の傷と共に、治ったわけだ。
近くにサラがいたなら、こんな荒療治は行わない。負傷の回復のために、自ら死にかけるなど。
何より、〈リザレクション〉スキルも無限に行えるわけではない。一度使用するたび、ちゃんとMPは消費しているのだ。
あと何度、瀕死から自動で全回復できることか。
ただそれを言うならば、サラのMPにも限界はある。
最低でも〈リザレクション〉1回分のMPは、取っておいてもらわねばならない。
もちろん、ラプソディに使う分だ。
同じ〈リザレクション〉でも、サラの魔法による〈リザレクション〉は、他者に使うことができる。
一方、レイの特殊スキルによる〈リザレクション〉は、レイ限定だ。
(おれの〈リザレクション〉も、他者にも使えることができたらなぁ。おれが、ラプソディの負傷を癒してやれるのだが。まぁ、無いものねだりをしても仕方ないか)
サラと合流するため、レイは移動を開始した。
──クルニア──
エトセラと共闘を始めたとたん、竜巻に巻き込まれた。
アデリナによる〈トルネード〉は、様々なフロアに被害を与えていたのだ。
(この犬と出会ってから、ロクなことがないな)
クルニアはそんなことを考えながら、竜巻の狂風に巻き上げられる。
クルニアの防御力をもってすれば、竜巻ごときでは傷一つつかない。
一方、一緒に巻き上げられているエトセラも、同様のようだ。
(やはり、エトセラを倒すには、〈天落槌〉の一撃しかあるまい)
竜巻から投げ飛ばされるようにして、クルニアとエトセラは、別フロアに転がり出た。
クルニアは素早く戦闘体勢に入る。
「眼鏡女はどこだ?」
「死んだかな? 死んだかな?」
「竜巻ごときで死ぬことはないだろう。しかし、奴の防御力によっては、大ダメージを受けているかもしれないな」
トラップ魔法を多用するタイプは、打たれ弱いと相場は決まっている。
クルニアが一歩踏み出す。
エトセラが鋭く言う。
「あー、そこ踏んじゃダメ!」
しかし、手遅れだ。
クルニアは、新たな地雷を踏んでしまった。
刹那、クルニアは片膝を突く。
「この駄犬が──警告が、遅い」
全身が重い。まるで数百トンもの重しを、乗せられたように。
(重力負荷を与える地雷だったか──くっ、身動きが取れん)
ポリーヌの姿は、どこにもない。
「エトセラ、ポリーヌを探せ。どこか近くに潜んでいるはずだ。視線を向けなければ、地雷は設置できないのだからな──エトセラ?」
ふとクルニアは気づいた。
エトセラが、キラキラと輝く目で、クルニアを見ていることを。
「優先順位は低いけど──いまなら、オマエを楽々とミンチにできる? ミンチにして、アタシのお昼ご飯にしてもいい?」
クルニアは結論した。
(やはり、こいつは駄犬だ)




