140話 『魔王城』攻略戦④~クルニアvsポリーヌ。
──クルニア──
クルニアは、素早く状況を考える。
エトセラと、見たことのない眼鏡の女。
女のほうは、人間のようだが、魔力を感じる。
魔王城内にいるのだから、アデリナの配下のはずだ。
だが、エトセラと対峙していた様子でもある。
(仲間割れか? または──)
クルニアは決断した。
後顧の憂いを断つためにも、ここで双方(一人と一匹)とも討つ。エトセラは当然として、眼鏡の女も、のちにラプソディの敵となるかもしれない。
(姫殿下の敵を駆逐するのが、私の役目だ)
「〈天落槌〉!」
〈天落〉による消滅の闇を、戦闘槌〈殲叩き〉に纏う。
一撃でも食らわせれば、敵は塵となる〈天落槌〉の出来上がりだ。
「ジェリコ。貴様は大人しく見ていろ。貴様の呪術は、使い勝手が悪すぎる」
ジェリコは肩をすくめた。
「了解」
クルニアはまず、眼鏡の女へと突撃する。
「エトセラ、手を貸すぞ!」
エトセラが首を傾げた。
「え? アタシの味方をするの?」
瞬間、クルニアは〈天落槌〉を、エトセラへと投擲した。
「うわっ! 騙したな!」
エトセラか紙一重で、〈天落槌〉を回避。
〈天落槌〉はブーメランのようにして、クルニアの手元に戻る。
眼鏡の女が、不愉快そうに言う。
「私を利用しないでもらいたいわね。えーと、あなたは──」
「クルニアだ」
「そう。私の名は、ポリーヌ。別に私たちは、敵対する必要はないのよ」
「では貴様は、姫殿下──ラプソディ様の麾下に入るのか?」
ポリーヌは少し驚いた様子だったが、にこやかに言った。
「私は、人を騙すのは嫌いではない。けれど、そればかりは、真実を言わないわけにはいかないわね。私は、リボルザーグ様の槍であり盾。〈四騎士〉の一人。あなた達を、〈幽獄〉には行かせないわよ」
クルニアは納得した。
「どこの陣営の者が混ざりこんでいるのかと思ったが──リボルザーグということは、【螺界】の者だったか」
ポリーヌは意外そうに言う。
「【螺界】を知っているの?」
「私にも、情報源はある」
その情報源によって、レイが【螺界】施設に監禁されていたことも知ったのだ。
エトセラが吠える。
「こら! アタシを蚊帳の外にするな!」
エトセラが回転し、小型竜巻と化して、移動を始めた。
殺傷力は低そうだが、エトセラもこの竜巻で仕留めようという訳ではあるまい。
一撃必殺のスキルが発動できる範囲まで、接近しようというのか。
(確か──〈零時間の肉団子〉という、ふざけた名のスキルだったな。しかし、名称はともかく、強力なのは確かだ)
エトセラが〈零時間の肉団子〉を発動する前に、〈天落槌〉を振り下ろせるか。
だが、ポリーヌがどう動くか分からない。
クルニアはひとまず、エトセラから距離を取るため、後退した。
ちらっと見ると、ジェリコの姿が消えている。単独行動に移ったようだ。
(邪魔が入らないから、好都合か──)
刹那、小型竜巻で移動中のエトセラが、大爆発に巻き込まれた。爆発の衝撃は凄まじく、フロアの床が抜けてしまう。
クルニアも下層フロアへと落下し、着地。
墜落したエトセラが、転がる。
「ほげっ!」
爆発の衝撃によって、小型竜巻は解除されたようだ。
最後にポリーヌが着地した。
クルニアは一考する。
いまの大爆発は、ポリーヌの仕業のようだ。しかし、攻撃魔法を放った様子はなかった。
すなわち、すでに爆発を起こすものが仕掛けられていた。
「トラップ型の魔法攻撃か。だが、このフロアにはいま落ちて来たばかり。トラップを仕掛けている暇はなかっただろう」
クルニアは、ポリーヌ目がけて、突撃する。
クルニアの唯一の弱みとは、遠距離攻撃を持たないことだ。
ただし、その弱点を補って余りあるほど、〈天落槌〉は強力無比である。
(エトセラの攻略法は、だいたい分かった。だから、まずは得体の知れないこの女を、先に殺す!)
ポリーヌはクルニアを見やって、ウインクした。
「いいの? そんな不用意に走ったりして?」
「なに?」
刹那、突撃する過程で、クルニアが踏みつけた床の一点。
そこから閃光が走り、爆発炎上した。
クルニアは衝撃波で吹き飛ばされながらも、壁に激突するかわりに、その壁を蹴って、跳躍。
床に着地してから、身体に纏わりつく爆炎を振り払う。
(どういうことだ? ポリーヌはいつ、トラップ型の攻撃魔法を仕掛けることが出来た?)
ポリーヌは艶然として微笑んだ。
「あなたのような魔族、私はよーく知っているわよ。脳味噌まで筋肉だから、まともな戦略を練ることもできない。だから、私の〈ランド・マイン〉による地雷からは、逃げられないわ」
クルニアはニヤッと笑った。
「それは、随分と過小評価されたものだな」
内心で考える。
(トラップ攻撃魔法〈ランド・マイン〉か。聞いたことがない魔法だ。血統魔法か? とにかく、この〈ランド・マイン〉が造り出しているものが、地雷という名のトラップか。この地雷が、先ほどから大爆発を起こしている。では、どうやって、地雷を設置しているのか?)
エトセラが吠えながら、意味もなく歩き回りだした。そこは犬だからか。
「ムカつく、ムカつく! アタシはいま、凄くムカつ、」
とたん、またもエトセラの足元で爆発が起きる。
クルニアは考える。
少なくとも、地雷が起爆する条件は分かった、と。
床に仕掛けられた地雷を、踏みつけたときだ。
だが、肝心の地雷は不可視であり、しかも設置方法はいまだ不明か。
(ならば──)
クルニアは戦闘槌を、振り上げる。
「仕掛けられた地雷ごと、このフロアの床を吹き飛ばしてくれる!」
最強の攻撃力を誇る〈崇爆斬〉を発動。
超高密度エネルギーを纏った戦闘槌を、床に叩き付ける。
クルニアの考えでは、これでフロアの床が吹き飛ぶはずだった。
ところが、解き放ったはずの超高密度エネルギーは、クルニア自身に跳ね返って来た。
「なに──!」
〈崇爆斬〉そのものの一撃を、クルニアは自身の胸部に受ける。その衝撃は、クルニアを吹き飛ばすほどだ。
ポリーヌの声が聞こえる。
「残念。私の地雷は、爆発するだけが能ではないわよ」
クルニアは背中から、床に落ちた。
(こちらの攻撃を跳ね返すタイプの地雷だったのか──)
とたん、背中の下で地雷が起爆し、大爆破が巻き起こる。
これの爆発のダメージを食らいながらも、クルニアはあることを決めていた。
(このクソアマは、必ず、殺してくれる)
──ジェリコ──
ジェリコは通路を走りながら、激しく思考を回転させていた。
エトセラと対峙していた女は、『リボルザーグの〈四騎士〉の一人』と名乗っていた。
ジェリコの心臓は激しく跳ねていた。
(そうか。ラプソディの親衛隊員になったのも、全てはこのときのためだったのか)
〈四騎士〉を、ジェリコは知っている。
かつて、ジェリコの暮らしていた村を滅ぼした男──ジェリコの家族を皆殺しにした男。
あの男も、そう名乗ったのだ。
ジェリコの記憶は、3年前へと戻る。
魔族という種族だからといって、全ての者が好戦的というわけではない。
ジェリコの生まれた村は、平和的な魔族の集まりだった。それが徒となった。
あるとき、行き倒れた旅人を見つけ、村で介抱した。
その旅人が、悪鬼だとも知らずに。
数日後、ジェリコを抜かした村人全員は、苦しみながら死んでいった。旅人が解き放った、死の呪いによって。
ジェリコだけ生き延びたのは、呪術師の素質があったからだろう。
つまり、呪術に対して、免疫があった。
それでも自身では解呪できず、ラプソディに救われたわけだが。
いまジェリコが目指すのは、地下監獄〈幽獄〉だ。
ポリーヌという〈四騎士〉は、『〈幽獄〉には行かせない』、と言った。
すなわち、〈四騎士〉の仲間が、〈幽獄〉に降りたということだ。
ジェリコは、家族たちを殺した仇の名を、口にした。
旅人だった男の名だ。
「〈四騎士〉の一人──イーゼル」
刹那、ジェリコは立ち止まった。
(空気が変だ)
後ろへと跳躍しながら、周囲を観察する。
一見、おかしなところはない。
だが──。
ジェリコは〈顕微〉スキルを発動する。
呪術師は、細菌を培養することもあるので、視力を超強化する〈顕微〉スキルを会得する者が多い。ジェリコもその一人だ。
細菌の大きさは、1マイクロメートル。それを見ることができるのが、〈顕微〉スキルだ。
〈顕微〉スキルを発動したとたん、ジェリコにも見えた。
周囲を漂う、大量のあるものを。
「これは──胞子か」




