138話 『魔王城』攻略戦②~誰と戦うかは、くじ運のようなもの。
──ハニ──
ハニが産まれたのは、魔王城の分娩室だった。
城勤めの魔族が両親なのだ。
子供のころ、ハニにとって魔王城は遊び場のようなものだった。
ただし、魔王城内にも身分差は存在する。
あるとき、ハニは城内を探索していて、(しまった)と思った。
どこかで通路を間違えて、高貴な身分の者しか入れないエリアに、迷い込んでしまったのだ。
そんなとき、偶然にも出会ったのが、ラプソディだった。
しかしラプソディは、ハニを咎めることはしなかった。
それどころか、ハニの友人になってくれたのだ。
ハニが思い出に耽りつつ通路を進んでいると、ローラが肩をつかんできた。
「うん、ローラ?」
ローラは、変哲のない剣を、異次元から取り出す。
〈墨〉という『初期剣』で、オールラウンダー・タイプの剣らしい。
「ハニさん。何か、いますね」
ハニとローラのいる通路には、見たところ誰もいない。
そこでハニは探知魔法を広げた。
だが、やはり、何も感知しない。
「ローラ、気のせいだよ。この周囲に、敵はいないよ。さぁ、先に進もう」
ハニは走り出し、突き当りを右に曲がった。
そして──
「えっ!」
立ち止まる。ローラが怪訝な顔をする。
「どうかしましたか?」
「この通路は、いま通ったばかりの場所だよ!」
ローラが小首を傾げる。
「それは、わたしが、『何か』の気配を感じ取った通路ですね──いまも『何かいる』という感覚は消えていませんが」
ハニは、最悪なシナリオを想像した。
「もう一度──」
通路を進み、突き当りを右に進む。
ところが、ハニとローラは先に進むことなく、元の通路に戻っていた。
背筋が寒くなった。
(──このくじ運は、最悪だよ。この魔王城で、アデリナの次に、当たりたくない相手だ)
ローラが尋ねる。
「この現象、心当たりがあるのですね?」
「うん。これはマラヴィータの仕業に違いないよ。マラヴィータの血統魔法さ。時空を歪める魔法、〈リードゥー〉だ」
マラヴィータほどの実力者ならば、ハニの探知魔法で探し出せずとも、意外ではない。
そんなマラヴィータの気配を感じ取っていたのが、ローラだ。さすが剣聖といったところか。
ローラは〈墨〉を片手に、周囲へ視線を投げる。
「侵入に気づかれず、宝物庫に行こうというのは、甘い考えだったようですね。そして、敵はマラヴィータですか。それは幸運かもしれません」
「幸運? あのね、マラヴィータの恐ろしさが分かってないよ、ローラは。王都ルクセンで戦ったときと、同じ敵と思わないことだよ。マラヴィータが真に力を発揮するのは、この魔王城というフィールドなんだからね」
ローラは得心がいったという様子だ。
「なるほど。魔王城内でのみ、〈リードゥー〉という時空魔法は発動できるのですね」
ハニは唖然とした。
「どうして、分かったの?」
ローラは微笑んだ。
「簡単です。時空を歪めるとは、並大抵の魔法ではない。それほどの魔法を使えるのならば、王都の戦いでも発動していたはずです。しかし、王都でのマラヴィータは〈クラウド〉しか使わなかった。その点から推測するのは、難しくはありません」
それから、ローラは続ける。
「あと誤解しないでくださいね。わたしが『幸運』と言ったのは、マラヴィータを過小評価したからではありません。その反対です。マラヴィータが恐ろしい敵だからこそ、幸運なのです。私達で仕留めることができるからです。レイ君とサラさんには、アデリナとの戦いに集中して欲しいですからね」
「けどさ、クルニアさんとジェリコが、マラヴィータと当たっても良かったのに」
ローラは〈墨〉を右手に持ったまま、残り11本の剣を召喚した。
聖剣から魔神剣まで、剣聖が所持するに相応しい剣類だ。
それらの剣類が、〈墨〉のもとに集まる。
そして、〈墨〉の剣身に重なるようにして、溶け込んでいった。
「いま全ての剣を、〈墨〉に吸収させました。これで、剣の切り替え時のタイムロスを省略できます」
それから、ローラは続ける。
「ご安心ください、ハニさん。私は、クルニアとジェリコ少年を合わせたよりも、強いですよ」
ハニは思う
ローラからは傲慢さなど感じられない。
ローラにとっては、単に事実を述べただけ、ということか。
気づけは、ハニはこう言っていた。
「分かったよ。マラヴィータを討とう。ボクとキミで──というか、ほとんどキミで」
※※※
──レイ──
レイは、通路を駆けながら、両手に持つ〈竜殺し〉の振動を感じた。
並走するサラが尋ねる。
「レイさん、どうしました?」
「いや、何でもない」
〈竜殺し〉は、少し前までは、ローラの剣だった。
以前の『主』であるローラが臨戦状態に入ったのを、〈竜殺し〉は感じ取ったのだろう。それが今の振動だ。
サラがふしぎそうに言う。
「魔王城とは、こんなにも敵がいないものなのですか?」
「……」
レイも、サラと同じく拍子抜けしていた。
以前、ルードリッヒのパーティに参加して、魔王城の攻略に挑んだときは、もっと頻繁に敵と遭遇したものだ。
それに比べて、いまは──。
まだ侵入に気取られていないから、とも解釈できるが。
「もしかすると、アデリナもまだ、完全には魔王軍を統率できていないのかもしれないな」
レイは思う。
考えてみると、意外なことではない。
いくら弱肉強食が掟という魔族でも、先代魔王を殺して玉座を奪った者に、そう簡単には従えまい。
少なくとも、心情としては、そういうものではないか。
「いずれにせよ、好都合だ──」
ふいに不協和音が、至るところに鳴り渡る。
警報魔法のようだ。
「などと話していたら、侵入に気取られたようだな」
「レイさん、前方です!」
通路の前方から、武装した魔族が6体、向かって来る。
レイは素早く考えた。
可能なかぎり、MPは温存したい。
(ならば、ここは必殺技は無しでいくか!)
レイは速度を上げて、向かって来る魔族どもに、突撃する。
そして、〈竜殺し〉を水平方向に一閃。
一気に3体の魔族を、横方向に一刀両断した。
さらに流れるような動きで、〈竜殺し〉を振り上げ、振り下ろす。
これで4体目を、唐竹割りにした。
ここで5体目の魔族が、長剣を振るってきた。
レイは、左手でミスリルの短剣〈プリンセス〉を抜き、長剣を弾く。
さらに〈プリンセス〉を素早く動かし、5体目の頸を切り裂く。
最後の6体目が、〈ファイヤ・ブラスト〉を発射してくる。
レイは〈嵐戮剣〉の斬撃を放って、〈ファイヤ・ブラスト〉と相殺。
さらに短剣〈プリンセス〉を投擲し、6体目の顔面に突き刺す。
仰向けに倒れた6体目の死体から、〈プリンセス〉を引き抜いて、鞘に納めた。
サラが駆け付けてくる。
「見事な戦闘でした、レイさん」
「ありがと」
レイとしては、不満は残る。
〈嵐戮剣〉一発分のMP消費は、余計だった。
(あと1秒早ければ、敵が〈ファイヤ・ブラスト〉を放つ前に、〈プリンセス〉投擲で片付けられな)
「先を急ごう。雑兵でも大量に来られると、厄介だ」
「はい」
通路の角を曲がり、100段はある長い階段を駆け上がり始める。
しばらくして、サラが警告の声を上げた。
「レイさん! 後ろから犬が追ってきています!」
「なに、エトセラとかいうチート犬か!」
レイ自身は、エトセラと対戦したことはない。
だが話を聞くかぎり、エトセラはかなり危険そうだ。
アデリナの忠犬なので、ミケのように寝返ってくれることもないだろう。
だが犬違いだった。
後方から階段を駆け上がってくるのは、魔獣ケルベロスだ。敵勢が解き放った番犬か。
(魔獣ケルベロスが相手では、MPを温存しようとすると、痛い目を見そうだな)
「これ、頼む」
レイは〈竜殺し〉を、サラに預けた。サラは全身で支えるようにして、〈竜殺し〉を保持。
身軽になったところで、レイは階段を駆け下りる。
冒険者に成りたてのころ、先輩の冒険者から聞いたことがあった。
ケルベロスの三つの頭のうち、中央の頭がリーダーだと。
リーダーを伸せば、残り二頭は戦意を喪失するとも。
レイは、ケルベロスへと飛びかかる。
「久しぶりだな──!」
レイは〈魔轍〉を発動。
高出力エネルギーを纏った右拳を、ケルベロスの中央の一頭に叩き込んだ。
一撃で気絶させる。
その結果、ケルベロスは回れ右して、「キャンキャン」鳴きながら、逃げていった。
レイは、サラのもとに戻り、〈竜殺し〉を手に取った。
「悪いな」
「いえ。それより、いまのケルベロスに『久しぶり』と言っていましたね?」
「ああ。ルードリッヒのパーティに参加していたときも、ケルベロスと遭遇したんだ。厳密には、さっきのとは、別の個体だったがな」
そのときは、パーティ・メンバー8人が総がかりで戦い、何とか勝利したのだった。
(ケルベロスか。あのときは、中ボスというイメージだったが──実際は、違ったな。ケルベロス如きに苦戦しているようじゃお話にならない、ということか)
「レイさん、ここまでは順調ですね」
「ここからが、本番だ」




