134話 決戦も近いので、作戦を立てる。
──レイ──
王都ルクセンとキリガ要塞のほぼ中央に、ルゲンという大平原がある。
メアリの軍勢は、そこまで進軍し、布陣する。コヒム側に揺さぶりをかけるわけだ。
会議室で、そのように説明されたところで、レイは尋ねた。
「コヒムも軍を出して来るのだろうか?」
ベラルーシ団長が答える。
「そこはコヒム王子の性格次第でしょうか。王都の守りは固い。籠城する手もある。我々が、ルクセン市民が傷つくのを恐れ、大がかりな攻撃を出来ないことも計算できるでしょう。ただ、それだと戦いは長引く」
「コヒムがキリガ要塞を攻め立てないのも、こちらの軍が要塞内に籠っていては、攻略が難しいからでしたね」
要塞の中庭は、小さな村といっても良く、自給自足が可能だ。
「その通りです」
レイは考える。
しかしアデリナの力をもってすれば、キリガ要塞ごと吹き飛ばすのも、容易いだろうと。
ただ、これまでのところ、アデリナは動いては来ていない。
問題は、キリガ要塞から軍勢を出すことで、アデリナがどう反応するか。
一つの仮説として、アデリナは何かを待っている、というものがある。
何を待っているにせよ、アデリナが重い腰を上げる前に、決着を付けたほうがいい。
ここで作戦立案者にして、総指揮官が咳払いした。先を進めて良いか、ということだ。
ちなみに、この総指揮官はメアリ王女ではない。
メアリは旗頭ではあるが、すべてを取り仕切るのは、メアリの宰相である。
すなわち、リリアス。
レイは思う。
(この8歳児、出世したなぁ)
いま会議室にいるメンバーは、レイ、リリアス、メアリ、ベラルーシ、ボール侯爵の5名。
リリアスは続ける。
「進軍の目的は、2つある。1つ目は、コヒムが近衛兵団を差し向けてきたら、叩き潰すこと」
レイは聞いた。
「それで、コヒムが軍を出して来なかったら?」
リリアス答える。
「それでもいい。1つ目の目的は、2つ目の目的の、オマケ。重要なことは、敵勢の注目を、ルゲン平原に向けること」
「なるほど。その間に、少数精鋭のパーティが、鉤爪山脈を越えるわけだな。魔王城に乗り込み、アデリナを討つために」
アデリナさえ討てば、後はどうとでもなる。
後ろ盾を失ったコヒムを倒すのは、容易い。
アデリナのもとに集った幹部格たちも、まとまりを欠くだろう。
何といっても、そのメンバーときたら、ヴァンパイア王女に、元・魔王城の大魔導士に、ゾンビ・マスターに、チート犬だ。
アデリナがいなくなれば、解散は確定的。
もちろん、『アデリナを討つ』ことが、簡単ではないのだが。
ここでボール侯爵が、ある提案をした。
リウ国の諸侯たちに、コヒムが魔王と組んでいることを公言してはどうか、と。
レイは、なるほど、と思う。
コヒムに付いている諸侯たちも、そんな事実を知らされれば、メアリ陣営に寝返りそうだ。
しかし、リリアスは却下した。
「リウ国の王族と、魔王が結託しているというのは、客観的に見るなら荒唐無稽。確実な証拠はないため、誰も信じない。最悪、悪辣な虚言を流すとして、メアリ陣営の信頼が失われる」
レイは、話題を戻すことにした。
「で、リリアス。精鋭パーティを魔王城に送るという話だが、メアリ軍にも強者がいないと困るだろ。万が一、アデリナがルゲン平原に出張ってきたら、どうする?」
アデリナは当分のあいだ、魔王城に居座り続けるはずなのだ。
だが、この推測が外れる恐れも、かなりある。
とくにアデリナには、〈ワープ〉がある。
魔王城からルゲン平原に〈ワープ〉して、〈トルネード〉と〈ゴッド・フレイム〉の融合魔法を発動。
メアリ軍を壊滅させたところで、魔王城にまた〈ワープ〉で戻る。
所用時間は5分とかかるまい。
リリアスは、うなずいた。
「だから、メアリ軍には、単身でアデリナに対抗できる者を残す」
「単身でアデリナに対抗できる者?」
レイは考える。
ラプソディ以外に、そんな者がいるのか、と。
リリアスは、平板な胸を叩いた。
「このリリアス!」
メアリが満足げな表情。
「さすが、我がリリアス。わたしと行動を共にしたいのだな?」
「戦略的な理由であり、それはない」
レイは納得できない。
「まってくれ。リリアスの〈タイム〉は、アデリナ討伐パーティにとっても、重要だ」
メアリが、レイを睨んだ。
「スタンフォード殿。冒険者が幼女に頼るとは、情けない」
「……幼女を宰相にした人に言われてもなぁ。だが、了解したよ。リリアスは、メアリ軍にこそ必要な人材だ」
リリアスは会議を続ける。常に冷静なのがリリアスだ。
「ではアデリナ討伐パーティのメンバーを、発表する。レイお兄ちゃん、クルニアお姉ちゃん、ハニお姉ちゃん、サラお姉ちゃん、生意気な少年、以上」
『生意気な少年』とは、ジェリコのことだ。
「まった。質問したいことが2つある。とりあえず、1つ目。ローペンは、どうするんだ?」
リリアスは小首を傾げる。
「ローペン誰?」
「……地下牢の凡人だよ」
ハニが変なことを吹き込んだため、リリアスの中では、ローペンは今でも『凡人』だ。
「ふむ。パーティ・メンバーを増やしすぎると、敵に発見されやすくなる。凡人はたいした戦力になりそうにない。よって、現状維持」
「……せめて地下牢から出して、メアリ軍に入れてやったらどうだ?」
「では、リリアスの盾要員として、徴収する」
「……まぁ、いいか」
レイが思うに、地下牢から出したことで、最低限の義理は果たした。
「では、もっと重要な質問だが」
「ふむ」
「パーティ・メンバーに仮決定している、サラとハニのことだ。確かに、2人は必要な要員だ。だが──いまだに行方不明なんだが」
リリアスの回答は、シンプルなものだった。
「作戦決行までに、必ず捜し出すこと!」
※※※
──ローラ──
キリガ要塞内の訓練場。
ローラが目指したのは、そこだ。
冒険者ギルドと王国騎士団は犬猿の仲。
とはいえ、いまは国家有事のため、対立の感情も脇に置いてある。
だからこそ、冒険者ギルドのローラが、キリガ要塞に滞在することもできているのだ。
決戦のとき、メアリ軍に力を貸すことを条件に。
ローラとしても、それは問題ない。
リウ国を任せられるのは、コヒムではなく、メアリ王女だ。
だが、ローラは一つハッキリさせておきたいことがあった。
そのため、作戦会議の終わった午後に、この場に足を運んで来たわけだ。
訓練場の戦闘フィールドでは、ベラルーシが模擬戦を行っていた。
ローラは、〈墨〉を召喚。
〈墨〉とは、12本の剣(以前は13本だったが、〈竜殺し〉をレイに譲っている)のうち、『初期剣』と言えるものだ。
というのも、〈墨〉は特殊能力を有していない。
〈墨〉は、ただの剣であり、同時に剣というものを最上級まで極めた逸品だ。
つまり、扱う剣士の技量によって、〈墨〉の価値は大きく変わる。
ローラは〈墨〉を右手にして、戦闘フィールドへと飛び込んだ。
「ごめんなさい」
まず、ベラルーシと対戦していた騎士団員を、〈墨〉を振るった風圧で、吹き飛ばす。
それからベラルーシへと、〈墨〉の切っ先を突き付ける。
周囲にいた騎士団員たちが、殺気立つ。
展開によっては、ローラは〈跳躍剣〉を使うつもりだ。
〈跳躍剣〉の力によって、自身とベラルーシのみを、300メートル先まで空間転移させる。
だが、その必要はなかった。
ベラルーシが鋭く言う。
「寄さんか! この方は、俺の大切な客人だぞ!」
騎士団員たちに釘を刺したところで、ベラルーシも剣を構える。
「剣聖と手合わせできるとは、願ってもない」
ローラは小首を傾げる。
「私のことをご存じでしたか。冒険者ギルドでは長らく、私たちGODランクは極秘事項としていたはずですが」
「我々は、あなたがた冒険者ギルドと拮抗する、唯一の組織だ。間者の一人や二人は、送り込んであって、当然ではないか?」
「なるほど。そこまでご存じでしたら、私が何を求めているのかも、お分かりでしょう?」
ベラルーシの顔に、何らかの感情が過った。
それは罪悪感にも見えた。または後悔の念か。
ローラは畳みかける。
「ベラルーシさん。私の記憶が確かでしたら、同じ時期でしたね? エリカが失踪したのと、先代の団長が病死し、あなたが団長を引き継いだのは? なにか、意味はあるのでしょうか?」
刹那、ベラルーシが剣を一閃させる。
ローラは紙一重で避け、〈墨〉の剣身を走らせる。
切っ先がピタッと止まったのは、ベラルーシの頸から1ミリの位置だった。
ベラルーシは笑った。
「さすが剣聖だ」
ローラは剣を下した。
「エリカに何が起きたのか、教えてもらいますね?」
「もちろんだ。だが、メアリ王女が玉座を奪還するまで、待って欲しい」
「分かりました。ですが、なぜ今ではないのですか?」
ベラルーシは不可解な表情を浮かべた。
「いま聞けば──あなたは、俺を殺すかもしれないからだ」




