133話 魔王城攻略パーティ、着々と揃う。
──レイ──
リガロンの角を取り戻した、翌朝。
レイが目覚めると、顔の上に蟹が乗っていた。
(なんの悪夢だ、これは)
ひとまず、蟹を弾き落としておく。
王都にいたころは、ラプソディが起こしてくれたものだ。それもキスで。
ところが、いまや蟹とは。
レイは思う。これが失われて初めて分かる、幸せというものか、と。
蟹が甲高い声で言った。
「婿殿。メアリ王女のお頼みで、起こしに参りましたぞ。会議室に来ていただきたい、とのことです」
「どうも、ベンゲン伯爵。ところで、まだご健在だったんですね。とっくにミケのご馳走になったものかと」
「猫などには負けませぬ!」
ミケの追跡を逃れ続けるとは、さすがベンゲン伯爵。かつては数多の冒険者を血祭りに上げていただけのことはある。
レイは、部屋を出た。
キリガ要塞は王城並みに広い。また敵が侵入した場合に備えてのことか、内部通路も入り組んでいる。自然と急ぎ足になる。
(こんな朝から会議が必要とは、なにか緊急事態でも起きたのか)
通路を進んでいると、ミケが駆け寄って来た。
「レイ君、レイ君。ミケのご馳走である蟹さんを知らない?」
「さっきまで、おれの部屋にいたぞ。ところで、リリアスは一緒じゃないのか?」
「リリアスちゃんは、まだグッスリと眠っているよ」
リリアスを早起きさせられるのは、メアリくらいなものだろう。
ミケと別れて、レイは先を急ぐ。ようやく会議室に到着した。
室内では、すでにメアリとベラルーシが待っていた。
「おはよう、メアリ王女、ベラルーシ団長。それで、朝から何事だろうか?」
メアリが答える。
「私も先ほど、ベラルーシ殿から報告を受けたのだが。実は夜の間に、キリガ要塞に侵入して来た魔族がいたようだ。ベラルーシ殿の部下が捕らえたという。アデリナの配下かもしれないと思い、スタンフォード殿を呼んだわけだ」
「アデリナの配下?」
レイとしては、信じられない。あのアデリナの配下が、そう易々と捕まるものだろうか。
「捕らえた魔族というのは、いまはどこに?」
これにはベラルーシが答える。
「地下牢に閉じ込めております」
ベラルーシはレイに対して、敬語で接する。
レイの身分が、『一介の冒険者』ではなく『魔王(魔女王)の王配(夫)』だからだ。
ただし、その事実を知るのは、ごく一部だが。
つまり、こういうことだ。
メアリ陣営の中心人物たちは、『正式に魔王位を継ぐのはラプソディ』というスタンスを取っている。
そうでなければ、困るからだ。
メアリがリウ国の王位に就いても、ルーファ国の魔王がアデリナでは、安寧は望めない。
いつ魔王軍が侵攻して来るか、分かったものではないのだから。
だが、ラプソディならば、侵略行為は行わないだろう。
このラプソディの人柄の証明も、複雑なところではある。
まず、近しい者としてレイとリリアスが、ラプソディの人柄を保証。
さらにメアリが、とくにリリアスの言葉を信じる。
メアリは、当然ながらこの陣営のトップであり、その決断は絶大。
こうして、次の結論に至った。
ルーファ国の魔王位をラプゾティが継げば、リウ国も安泰である、という結論に。
そして、レイはそんなラプソディの夫である。
ならば丁重に扱っておこう、ということになったわけだ。
というわけで、今。
レイは、ベラルーシと共に、地下牢に向かった。
一方、メアリはリリアスを起こしに行くため、いったん別れた。
キリガ要塞の地下牢は、その建材に対し、魔法がコーティングされている。そのため、並みの魔導士では破壊できない。
そんな地下牢の中で、一人の男が項垂れていた。長髪の男で、黒一色の服を着ている。
レイは首を捻った。
どこかで見覚えがある。
男も、こちらに気づいたらしく、顔を上げた。
レイの姿を見るなり、なぜか泣き出す。
「おお! 婿殿、ご無事でございましたかぁ! 覚えておりますか、姫様の親衛隊員である、ローペンでございます!」
「あー、ローペンさん。久しぶりだね」
先代魔王の誕生日会のときに、レイはローペンと遭遇している。はじめは、レイを不法侵入者と間違え、攻撃を仕掛けてきたのだった。
ベラルーシが尋ねる。
「レイ殿下のお知り合いですか?」
レイはうなずき、ベラルーシに確認した。
「ローペン、つまり、この魔族を取り押さえるとき、団長の部下で怪我した者は?」
ベラルーシは首を横に振る。
「負傷者は一人も出ませんでした」
「なるほど。では、それこそが、このローペンは敵でない証拠ですよ。ローペンは、ラプソディが信頼する親衛隊の一人。それほどの魔族を捕えるのに、一人も怪我人が出なかったのは、もともと敵対する意志がなかったからだ」
ハニの話では、ローペンの実力は親衛隊員の中で、最下位らしい。
それでも、一般の騎士団員くらいなら、何十人いようとも無双できただろう。
ベラルーシは腕組みし、困った様子だ。
「ですが、レイ殿下。この男は無断で、我が要塞内に侵入しました。その事実は、見過ごせません」
レイの言葉だけでは、ローペンの釈放は難しそうだ。
そこでレイは、こう提案した。
「なら、リリアスを呼んでください」
リリアスなら、ローペンの身元を保証してくれる。
そしてリリアスの言葉ならば、メアリが信用するわけだ。
10分後、リリアスがメアリと共に、地下牢に降りてきた。
リリアスは眠そうに目をこすっている。
レイは、ローペンを指差した。
「リリアス、この男の身元を保証してやってくれ」
リリアスは、ローペンを眺める。
それから、小首を傾げた。
「コイツ、誰?」
レイは唖然とした。
「誰って、ローペンだろ。6人目の親衛隊員」
リリアスは欠伸して、興味なさそうに言う。
「親衛隊メンバーは、6人。リリアス、ハニお姉ちゃん、クルニアお姉ちゃん、人狼のおじさん、生意気な少年、凡人」
「……」
レイは考える。
人狼のおじさんとは、バルバ。
生意気な少年とは、いまだレイが会ったことのない、最後の親衛隊員のことだろう。
とすると、消去法でいくならば。
「リリアス。思うに、『凡人』というのが、ローペンのことじゃないか?」
「う~ん。リリアスは、『凡人』の名前も顔も知らない。こういう記憶なら、ある。魔王城の屋根裏部屋で、引きこもっていたころ。ハニお姉ちゃんが、遊びに来た。そして、リリアスに言った。『親衛隊員が増えたよ。6人目がね。けどさ、新入りは凡人だからね、すぐに殺されちゃうよ。だからリリアスは、顔も名前も、覚えなくていいからね』と。よってリリアスは、6人目の親衛隊員は、顔も名前も覚えていない。ただ凡人とのみ」
その話を聞いていたローペンが、
「うぉぉぉ、ハニめぇぇ!」
と怨嗟の声を上げた。
「……」
レイは思う。これは万策尽きたな、と。
「というわけだ、ローペン。悪いな」
「婿殿ぉ! 見捨てないでくださぁぁい!」
レイは手を振って、地下牢からの階段を上っていった。
(まぁ、魔王城に向かうときは、出してやろう。戦力としては申し分ないだろ)
1階に上がると、メアリとベラルーシは、現れたボール侯爵に呼ばれた。そのまま3人は、会議室へと向かう。
このときボール侯爵は、レイと目をあわせなかった。
リリアスは3人を見送ってから、不思議そうに言う。
「レイお兄ちゃんは、ボール侯爵に嫌われている様子。なぜ?」
「……なぜだろうなぁ」
レイが思うに、ベルグの闘技場を破壊したからだろう。
(ほとんど、クルニアの責任なんだがなぁ、あれは)
「よし、リリアス。朝飯にしよう」
食堂には、長テーブルが並べられている。
その中で、一人の見知らぬ少年が、朝食をとっていた。
年齢からして、誰かの従者だろうか。
しかし、それにしては、雰囲気が異質だ。
(まさか──)
レイは、少年の向かいの席に座った。
「おれは、レイ・スタンフォードだ。単刀直入に聞くが、少年。お前は、敵か味方か?」
少年は興味深そうに、レイを見た。
「敵か味方かの質問には、何かしら前提があるはずだね」
「お前は魔族だろう?」
なぜか、少年は嬉しそうに笑った。
「なるほど。ラプソディが夫に選んだだけのことはある。あなたは、少しは見所があるようだ」
リリアスが、朝食のお盆を持って、レイの隣に座った。
さっそく、食パンにバターをたっぷり塗って、そこにベーコンエッグをのせる。そして美味しそうにパクつきながら、少年を見た。
「……ぺリコ?」
少年が訂正する。
「ジェリコだ」
「ふむ。ジェリコ。そう、思い出した。『百万呪いのジェリコ』」
ジェリコが、レイに向かって、片手を差し出して来た。
「スタンフォードさん、先ほどの質問の答えだ。僕は、ラプソディの親衛隊員が一人。よって、あなたの味方だ」
レイは、ジェリコという少年と握手した。
「それは良かった。ところで、どうやってこの要塞に侵入したんだ? しかも、朝食にまで有りついて」
「騎士団員の一人に死病の呪いをかけ、『解除して欲しければ、僕を従者にしろ』と脅したのさ」
絶句するレイ。
ジェリコは愉快そうに笑った。
「ご心配なく。実際にかけた呪いは、死病の呪いではなく、肌にブツブツが出る呪いだ。ブツブツは無害だけど、人によっては、死病にかかったと心配するかもしれないね」
レイは思う。
(ラプソディ、また癖が強いのを、親衛隊員にしたものだな)




