132話 レイ、嫁のやり残した仕事を、終わらせる。
──レイ──
盗賊団〈斬〉の残党が巣食う洞窟へと、レイは単身で突入した。
精霊兵器たる〈竜殺し〉で雑魚どもを薙ぎ払いつつ、進む。
ついに〈斬〉の現・頭領と対峙する。
頭領は喚いた。
「てめぇ、どこの何者だ? ここが〈斬〉のアジトと分かってのことだろうな?」
レイは呆れた。
「〈斬〉は、とっくに壊滅したはずだろ。しぶとい奴らだな。そして、どうでもいい。おれは、あるモノを取り返しに来ただけだ」
レイは、背後から掴みかかってきた盗賊に、裏拳を叩き込んでやった。
「いいか。おれが要求するのは──」
そのときだ。
洞窟の入り口のほうから、歓声がする。盗賊の一人が、頭領に知らせた。
「お頭、『先生』のお帰りだ!」
頭領が明らかにホッとした顔をする。
「てめぇ、何者だか知らねぇが、もうお終いだぜ。『先生』がお帰りになったからな」
レイはさらに呆れた。
「『先生』だって? さては、盗賊団のくせに、用心棒を雇っているのか。情けない」
「うるせぇ! 『先生』、やっちゃってください!」
レイは、入り口のほうを振り返った。
『先生』というのは、40代の禿頭の男だった。魔導士らしく、魔杖を装備している。
『先生』はあたりを見回し、レイに伸された連中を見やる。
それから、レイに向かって言う。
「それなりの手練れのようだが、残念だったな。この私が用心棒として雇われていなければ、死ぬこともなかっただろうに」
レイはウンザリした。
「先生とやら、怪我したくなかったら、いますぐ出て行ったほうがいい」
『先生』は嘲笑った。
「未熟すぎて、実力の違いも分からぬか! ならば、死ね!」
『先生』が連射してきたのは、〈ファイヤ・ボール〉だった。
わざわざ〈竜殺し〉を使うまでもない。
レイは右の拳で、すべての火炎弾を弾いた。
「先生、ウォーミングアップは済んだか?」
「く、それなりにやるようだな。だが私も、何度となく修羅場を潜って来た、猛者だ。よって、これは防御できまい! 〈ファイヤ──」
「話が長い」
レイは地を蹴り、『先生』の間合いに入った。
〈竜殺し〉の柄頭を、『先生』の腹に叩き込み、洞窟の外まで吹き飛ばす。
頭領が逃げようとするので、レイは回り込み、〈竜殺し〉で近くの壁を叩いた。
爆破したように、岩壁が大きく崩れる。
これが人間だったら、跡形もないだろう。
頭領は顔を真っ青にした。
「き、貴様、化け物か!」
本当の『化け物』達を知っているレイとしては、化け物と呼ばれても、溜息をつくしかない。
とはいえ、かつてはこのような雑魚にも、苦戦していたころがあったのだ。
(おれも、それなりにレベルを上げたようだなぁ)
そうは思うが、とくに感動はない。
数日後には、魔王城の攻略に挑む身だ。この程度の盗賊で、苦戦などして良いはずがない。
なぜなら、魔王城に巣食う者たちこそが、真の『化け物』なのだから。
「いいか、盗賊ども。今日を限りに〈斬〉を解体し、全員で憲兵団に出頭するなら、今回は見逃そう。だが〈斬〉を解体せず、近隣の村々に狼藉を働き続けるならば、おれは地の果てまでも追い詰めて、お前らを皆殺しにする」
そんな暇はないので、ただの脅しだ。
だが、効果は抜群のようだ。
頭領がまさかの土下座で、答える。
「わ、分かりました。ですから、お、お許しください」
「よし。じゃ、マルカ村の道具屋から強奪した品を見せろ」
頭領が手下に命じ、洞窟の奥から収納袋を引っ張り出して来た。
強奪品を全て出させてから、レイは視線を走らせる。
求めていた角を見つけたので、拾い上げた。
頭領が狡そうな笑みを浮かべる。
「そ、そんな安い素材で構わないんですかい? もっと高価なものが、沢山ありますぜ」
どうやら、レイを買収するつもりのようだ。
レイはうなずいた。
「そうだな。なら、これも貰っておこうか」
レイは〈竜殺し〉を地面に突き刺し、代わりにミスリルの短剣を抜いた。
そして頭領の右手の指を、短剣で切り落とす。
「う、うがぁぁああぁ!」
「いや、やはり角だけでいい。お前の汚い指など、生ゴミになるだけだ」
それから、頭領のまわりにいる盗賊どもを、睨みつけた。
「繰り返すが、出頭しろよ。二度と、人さまを襲うな。おれは見ているぞ」
レイは腰に下げた収納ボックスに、角を納めた。
盗賊の一人が、恐る恐ると聞いてくる。
「あの、旦那。その角は、何か特別な素材なんですかい?」
レイは答えた。
「友人の形見だ」
※※※
前日のことだ。
レイは一人、王都ルクセンの近くまで足を運んだ。
ルクセンの偵察ではない。
リリアスを通して、クルニアから、リガロンの死を知った。
クルニアは死に場所も教えてくれたので、そこに行ってみることにしたのだ。
すでに死体はなかった。野生動物が糧としたのだろう。
レイは何もない場所に、言った。
「リガロン。ラプソディを抜かせば、お前が最初のパーティ・メンバーだったな。あの世で、また会おう」
その帰り、レイは街道沿いの宿で、一泊した。
宿の食堂で、行商人たちと談笑する。これもルクセン関連の情報収集のためだ。
行商人からの情報では、いまのところ、ルクセンで混乱は起きていないようだ。コヒムは正式に即位していないので、悪政も振るいようがない。
そんな会話の中で、行商人がある世間話をした。
王都ルクセンで騒乱があった日──つまり、討伐パーティがレイたちを襲撃してきた日だ。
王都に続く街道から外れた場所で、リザードマンの死体を見つけたという。
レイは、ハッとした。
それはリガロンの死体に違いない。
行商人は、死体から角を採ったという。
リザードマンの角は、素材として取引されているのだ。
行商人はその角を、マルカ村の道具屋に卸したそうだ。
翌朝。レイはさっそく、マルカ村に向かった。
もちろん、リガロンの角を取り戻すためだ。
ところが、マルカ村に到着してすぐ、新事実を聞いた。
数日前、マルカ村は盗賊団の襲撃を受けたというのだ。
道具屋も襲われて、素材などを全て強奪されたという。
その盗賊団が〈斬〉と名乗ったと聞き、レイは驚いた。
〈斬〉といえば、かつてラプソディが滅ぼした盗賊団である。
その残党がいて、しかも〈斬〉を立て直していたらしい。
〈斬〉のアジトを探り出すのは、そう難しくなかった。
そして、その夜。
レイは単身、〈斬〉アジトの洞窟を襲ったのだった。
※※※
レイはキリガ要塞に戻り、リリアスとメアリに出迎えられた。
メアリが聞いた。
「スタンフォード殿、旅はどうだった?」
レイは、リガロンの角を取り戻した話をした。
「リガロンの母国に行って、あいつの家族に渡そうと思う」
「リザードマンの国は遠いぞ」
「ああ。だから、ぜんぶ終わってからだ」
つまり、ラプソディを救い出し、メアリが玉座に就いた後のことだ。
それからレイは、ルクセンの状況などを話した。
さらに行商人から聞き出した、別の話題も口にした。
「おれ達とは関係ないんだが、レーベ国で領民の叛乱があったそうだ。いまも拡大中だとか」
メアリは得心がいった様子だ。
「あの国は、領主が領民から搾取していると聞く。こうなるのも時間の問題だったな」
「噂じゃ、叛乱を指揮しているのは、ヒーラーだとか」
リリアスが首を捻る。
「それは、サラお姉ちゃん?」
レイは笑った。
「まさか。サラは、反乱を指揮するタイプじゃない。何より、サラがどうして、レーベ国にいるんだよ」
それから、ふと不安になった。
「サラじゃない……よな?」
 




