129話 ぶらり旅④~サラ・ハニvs地雷マスター・キノコ狂い。
──ハニ──
リボルザーグの背後で、空間が裂ける。
裂け目からは、新手が2人現れた。
(巨人も、この空間転移で送り込んできたようだね)
新手は、男と女だった。
男のほうは、一番に目を引くのが、その髪型だ。寸分の狂いもない、マッシュルームカットなので。
ハニは思う。
この男が、キノコ侵食の魔法の使い手でなかったら、それはもう詐欺だよ、と。
女のほうは、20代後半。長身で、金髪は後ろできつく束ねており、眼鏡を着用。
この女が、リボルザーグに話しかける。
「閣下、ご報告いたします。ムジャルが、イーゼルに『荷物』を届けたようです。現在、深度1階層の収容エリアに監禁している模様」
数秒の間があった。
リボルザーグが〈テレパス〉で、眼鏡の女だけに話しかけているのだろう。
やがて女の返答が、ハニの耳にも聞こえた。
「キャリバンとの関わりは、まだ確認できてはいません」
数秒の間の後、女が答える。
「はっ。閣下のペットを痛めつけた不届き者どもは、我々が排除いたします。閣下の手を煩わせるまでもありません」
またも空間が裂けて、リボルザーグがそこに入って、消えた。
ひとまず、ハニはホッとした。
リボルザーグという女児は、手に負えなかっただろう。そこいくと、新手の2人ならば、何とかなるかもしれない。
眼鏡の女と、キノコ頭の男が、こちらに歩いてきた。女が言う。
「どうも、旅人さんたち。私はポリーヌ、彼はカエンタケ。残念ながら、閣下のペットを害した咎で、罰せねばならないわ」
ハニは拳を振り上げた。
「大人しく、やられると思うのかな!」
サラが一歩前に出た。
「この一帯の村々を襲い、人々を誘拐しているのは、あなた達ですか? こんな卑劣なことをする目的を、教えていただけますか?」
ポリーヌが、小ばかにしたように言う。
「質問されたからって、答えると思うの? けれど、私たちを卑劣と言うのは、聞き捨てならないわね。私たちは、イーゼルという変態と取引関係にあるだけ。さらった村人たちは、イーゼルに送っている。イーゼルがどんな実験に使っているかは、私たちの──なにより、閣下が認知されぬことよ」
カエンタケのほうが呆れた様子で言った。
「おい、ポリーヌ。何だかんだと、喋りすぎだ」
「お喋りが好きなのよ」
ハニが、サラの肩をつかむ。
「サラ、こいつらと話し合うのは無理だからね」
サラはうなずいた。
「はい。ただ断片的ながらも、人攫い組織のことが分かりましたね。少なくとも、組織名までは」
「【螺界】だね。リボルザーグという女児が、ご丁寧に名乗ってくれたからね」
さらに、ハニは考える。
さらわれた村人たちは、リボルザーグを経由して、イーゼルという者に渡されているようだ。
またポリーヌの言い方からして、リボルザーグとイーゼルは、必ずしも友好関係ではない。
ほかに名前が出てきたのは、キャリバンとムジャル。双方とも、ハニは聞いたことがない。そもそも、【螺界】という組織も初耳だ。
(まぁ、レーベ国にある組織を、ボクが知っているはずもないんだけどね)
ポリーヌが、妖しく微笑む。
「念のため、言っておくわね。降参するのならば、楽に殺してあげるけど?」
サラが、ハニの耳元で言う。
「ハニさん。どちらと戦いますか?」
ハニは考える。
カエンタケを、キノコ侵食魔法の持ち主と仮定するなら、もう二度とキノコは御免だ。
「ボクは、ポリーヌという眼鏡女を倒すよ」
「了解しました」
「じゃ、ボクから行くよ!」
ハニは地を蹴って、ポリーヌに突撃した。
同時にサラが、〈ホーリー・アロー〉を、カエンタケ目がけて連射。
こうして、ハニvsポリーヌ、サラvsカエンタケの状況が出来上がった。
ポリーヌは跳躍して、ハニから距離を取ろうとする。
ハニは、ポリーヌを追尾した。
「逃がさないよ!」
ポリーヌは両拳を叩き付ける。
「逃げているわけではないのよ。トラップを仕掛けていたの」
「なにを訳のわからないことを──!」
瞬間、ハニが着地した地面が、大爆発を起こした。
「くっ!」
爆風に吹き飛ばされたハニは、地面を転がり──
転がる地面から、さらなる大爆発が、連続して起こった。
「うぁぁあ!」
ポリーヌの笑声が聞こえる。
「気をつけてね、お嬢さん。ここら一帯は、トラップの散布済みよ。私の魔法〈ランド・マイン〉によってね──私は、それらを地雷と呼んでいるわ!」
ハニは大地を蹴って、近くの建物の屋上まで跳んだ。
「この、ろくでもない魔法を──」
「そこもね」
「えっ?」
とたんハニは、着地した建物ごと、激しい爆炎に飲み込まれた。
──サラ──
カエンタケもお喋りが好きらしく、話し出す。
「オメーさん、キノコっていうのが何なのか、知ってるか?」
サラは、腕組みした。
改まって問われると、答えられない。
キノコ料理なら、いける口だが。
「植物の親戚ですね」
「バカか。間抜け、阿呆、無能、クズ、つーか、死ね」
「ええ! そこまで言われなきゃいけませんか?」
「キノコっていうのは、菌類だ」
サラは唖然とした。
(菌類ということは、カビの親戚では? カビの親戚って、食べられるのですね……キノコを最初に食べた人は、偉いと思います)
「いえ、キノコ講座とかはいらないのですが」
「まぁ、聞けよ。キノコっていうのは、胞子を飛ばすことで、子供を残していく。胞子は風などで運ばれ、新たな地で発芽するわけだ──んで、質問だが。オメーさん、オレっちの風下にいるが、大丈夫かぁ?」
サラは、ハッとする。
敵に指摘されるまで、風下にいることに気づかないとは、迂闊だった。
カエンタケが、キノコの胞子を飛ばしていたとしたら、すでにサラの皮膚に付着し──
「──ぐっ!?」
唐突にサラは、息苦しさを感じた。
それは急速に悪化し、ついに呼吸困難に陥る。空気を求めて、口をパクパクさせても、呼吸はできない。
(い、一体、なにが──)
カエンタケが勝ち誇って言った。
「胞子を吸ったんだよ。すでにオメーさんの肺の中で、キノコが発芽したんだ。そして、自然界では有りえぬ速度で、にょきにょきと育っているのさ。オメーさんの肺を取り出したら、キノコで埋め付くされているだろう! これが、改変胞子をまき散らす、オレっちの〈茸事変〉だ!」
サラは素早く考える。
このまま呼吸ができない状況が続けば、意識を失うだろう。
その先に待つのは、窒息死だ。
どれくらいの猶予があるのか?
一つ確かなのは、肺からキノコを取り除かねば、事態は改善されないということ。
だが、〈ゴッド・ヒーリング〉では、キノコは排除できない。
なぜか? キノコだからだ。
シンプルながら、盲点ともいえる回答。
すなわち、〈ゴッド・ヒーリング〉は、負傷を癒すものだ。肺で生えようが、キノコは負傷とは言えない。
たしかに〈ゴッド・ヒーリング〉の副次効果には、呪いの解除はある。ただし、〈茸事変〉というのは呪いではなく、魔法。
よって〈ゴッド・ヒーリング〉での回復は不可能。
否、方法はある。
ハニの右腕がキノコで埋め尽くされたとき行ったことと、同じことをすれば良い。
ただ、果たして可能なのだろうか。
だが迷っている時間はない。
サラは〈ホーリー・ブレイド〉を発動。
聖なる刃を、自らの胸部に向ける。
(キノコに満ちた肺を取り出し、新たな肺を〈ゴッド・ヒーリング〉で作り出します!)
聖なる刃で、自ら胸部を切り裂く。
激しい出血の中、さらに刃を深くまで押し込み、まずは右肺の摘出を──
刹那、サラは後方に跳んだ。
カエンタケが短剣で斬りつけて来たためだ。
「キノコを採るには、これくらいの短剣があると、便利なんだぜぇ」
サラは〈ゴッド・ヒーリング〉で、胸部の傷を癒した。
もちろん、肺にはまだキノコが残ったままだ。
もともと困難な肺の摘出である。
それが敵に妨害されている中では、まず不可能だ。
(ほかの方法を見つけ出さなくては──)




